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双子の剣  作者: LÉO LIMA
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第二幕:暴露

青葉藩十二大侍の一人が駆けつけるまでに、十八分――。

早光(はやみつ)勝侍(かつじ)は馬を飛ばし、屋敷に到着した。


伝統的な装束に身を包み、茶色く逆立つ髪とひげのない若々しい顔立ち。

実際の年齢より十歳は若く見え、知らぬ者なら少年と見紛うほどである。


勝侍(かつじ)は庭へ急ぐ。縁側に座る士武(じん)と、庭の中央に座り、彼に背を向けたままの、髪型が彼とよく似た少年の姿を目にした。


「……侍大(じお)か?」


その声を聞き、少年は振り向く。勝侍(かつじ)が微笑みかけると、侍大(じお)は我慢できず、泣きながら駆け寄った。勝侍(かつじ)は膝をつき、しっかりと抱きしめる。


士武(じん)はその様子を眺め、侍大(じお)の嗚咽に胸を締め付けられる。

左の頬を一筋の涙が伝った。


「……本当に、弟だったんだ。かわいそうに……ここまで来るの、大変だったよね」


数分後、早光(はやみつ)家の奥座敷にて。

士武(じん)侍大(じお)望巳(のぞみ)雷士(らいと)勝侍(かつじ)を囲む。扉は閉ざされ、誰もいない。


勝侍(かつじ)侍大(じお)の隣に座り、静かに口を開いた。

侍大(じお)の件……驚いただろう。だが、わしから説明させてほしい」


侍大(じお)の肩に手を置くと、彼はわずかに頬を染め、俯いた。


「儂の最初の妻、早光(はやみつ)美神(はるか)は双子を身ごもっていた。当時、桜神社の巫女が『早光(はやみつ)家と青葉藩のため、片方は殺すべし』と告げた。二人が揃えば不幸が訪れると」


「立場を守るため、儂は後に生まれた子を森へ連れて行き、殺そうとした。だが……いざとなれば、我が子を殺せなかった」


早光(はやみつ)一族の祖は神々の導きで家を興した。父も儂もその教えを守ってきた。だからあの時、神に誓ったのだ。『もし侍大(じお)の存在が早光(はやみつ)一族を滅ぼすなら、自然が彼の命を奪うだろう。だが、もし予言が誤りで彼が必要なら、天が彼を儂のもとへ返す』と」


「そこで儂は、青葉藩東端の森の祠に、家紋と『侍大(じお)』の名を刻んだ印を残し、彼を置いた。そして誓った。『生きて戻るなら、たとえ慣例に反しようとも、我が子として迎える』と」


勝侍(かつじ)侍大(じお)の肩に手を置く。


「そして今、彼はここにいる。強く、生きてな」


侍大(じお)の頬が赤く染まる。必死に無表情を装おうとする。


望巳(のぞみ)が冷たく口を開いた。


「旦那様。桜神社の巫女様が『不吉』とまで言った子を、なぜ屋敷に? 命を奪わずとも、ここに住まわせる必要など……」


「もし予言が正しければ? この子のために早光(はやみつ)一族が滅んでも良いと?」


望巳(のぞみ)君……儂の先妻・美神(はるか)は出産の際、儂の腕の中で息を引き取った。最期に、『士武(じん)侍大(じお)を守ってくれ』と頼んだのだ。それでも儂は……青葉藩の上士(じょうし)としての務めを選んだ」


「十二年間……この胸に後悔を抱えて生きてきた。だが、天が答えを示すと信じていた。もし侍大じおが死んでいれば、儂は運命を受け入れただろう」


「今、こうして彼が生きて帰ってきた――これも武蔵の神々の導きだ。早光(はやみつ)一族は神々の加護なくして存在しない。たとえ争いが起ころうと、儂は祖先の道を歩む」


望巳(のぞみ)君も、早光(はやみつ)家の一員として神意を信じてほしい。我が家の繁栄を願うなら……たとえ苦難に見えようとも、神が与えた試練と受け止めてくれ」


望巳(のぞみ)は歯を食いしばり、反論を飲み込む。立ち上がり、無言で部屋を出て行った。雷士(らいと)は困惑した様子で母を追う。


勝侍(かつじ)は再び侍大(じお)に向き直り、両手でその肩を包む。


「……お前が生きていてほしいと、何度願ったことか。

生きているとは思っていなかったが……儂と桜神社の予言が間違っていてほしいと、心の底ではずっと願っていた」


侍大(じお)……よく帰ってきた。ここがお前の家だ。士武(じん)雷士(らいと)と共に、立派な侍になってくれ」


侍大(じお)は頭を深く下げた。涙を堪えながらも、声は震えていた。


「……はい、親父様。どんなことがあっても……必ず……誇れる息子になってみせます。この選択を後悔させません」


「心配するな、侍大(じお)。この決断を後悔することなど、決してない」


勝侍(かつじ)は静かに立ち上がった。


「では、仕事に戻るとするか。上士(じょうし)の務めは多い。士武(じん)侍大(じお)を屋敷に慣れさせてくれ。風呂と着物、そして後継者に相応しい食事を用意せよ」


「わかりました、父上」


勝侍(かつじ)が部屋を出ると、士武(じん)侍大(じお)に向き合う。相変わらず怒りの視線を向けられる。口を開こうとするが、侍大(じお)が先に言葉を吐いた。


「いいか、親父様に誓ったからって、てめえと仲良くするつもりはねえぞ。年上だとかで俺が従うと思うなよ。俺は俺の道を行く。邪魔すんなよ、ぶっ飛ばすからな」


士武(じん)の表情が曇る。


「どうして…私にそんなに怒っているの? 会ったばかりじゃないか」


侍大(じお)は立ち上がり、鼻先が触れるほど士武に詰め寄る。


「てめえが俺の生きてきた地獄を知ってみろよ。苦しみも、悔しさも全部味わってみろ!そんでもって、運だけでぬくぬく育った兄貴が、父上から信頼されてる姿を見てみろ!きっと同じ気持ちになるさ!」


「弱え息子を選ぶために、俺を犠牲にしたんだ。

てめえが捨てられてた方が、みんな幸せだったんじゃねえのか?

てかさ、もしかして…予言の『不吉』ってのは、俺じゃなくててめえのことだったんじゃねえの?」


士武(じん)は返す言葉もない。喉が詰まり、魂を貫かれたような表情になる。


ふと振り返り、使用人を呼ぶ。


「小夜!来てくれ!」


瞬く間に若い使用人が現れた。


「何のご用でしょうか、若様?」


士武(じん)は小夜に淡々と指示を出す。


「こちらは我がお父様の息子、侍大(じお)です。風呂と着替え、部屋の準備を。食事も後継者に相応しいものを。他の使用人にも、彼が早光(はやみつ)家の嫡子の一人であることを伝え、然るべき待遇をするように」


そう言い残すと、士武(じん)はさっと部屋を出て自室へ向かう。


丸くなって座り込み、士武(じん)侍大(じお)の言葉を反芻する。


『……私はどれだけ武士学園で努力しても……父上や早光(はやみつ)家を継ぐのに……何一つ突出していない』


『剣術、弓術、馬術、はたまた軍略の授業さえ……平凡な成績だ。五大名家の嫡子であり、上士(じょうし)の息子に……平凡は無能と同じなのに』


床に寝転がり、額に手を当てる。


『祖父様は曾祖父様を超え、父上は祖父様を超えようとしている。だが私は……父上の十二歳の時より、遥かに劣っている』


様々な武家の子弟が集う学園で、「劣等生」の烙印を押される日々。

その屈辱に耐え、必死で努力しても報われない現実。

たった一時間前に会った弟に、心の奥底をえぐられるような言葉をぶつけられた痛みは――

刀で刺されるより深かった。



湯船に浸かる侍大(じお)


『……熱い湯……気持ちいい……生まれて初めてだ……』


揺れる水面を見つめ、呟く。


『……ずっと……前から……こんな暮らしができたはずなのに……』


使用人が新しい着物を着せようとすると、侍大(じお)は不機嫌そうな顔をしながらも、頬の赤みを隠せないでいた。


使用人が仕上げに帯を締める。


「これで完了です、若侍大(じお)様。立派な武家の御子息らしく、清潔で美しくございます」


侍大(じお)は顔を背け、頬を赤らめたまま呟く。


「……ありがとよ」


部屋を出ると、誰もいない廊下でそっと着物の袖を嗅ぐ。



雷士(らいと)が「持」の字を練習していると、突然扉が開く。


着替えた侍大(じお)の姿は――もはや士武(じん)と見分けがつかない。


「おい、あんたさっき母屋の部屋にいたよな? てめえ、誰だ?」


雷士(らいと)はその話し方で侍大(じお)と気づき、顔色が変わる。


「ぼ、僕は……早光(はやみつ)雷士(らいと)勝侍(かつじ)様の三男でございます」


「はぁ~? あの女のとこのガキか。士武(じん)より甘やかされてそうだな」


侍大(じお)雷士(らいと)の髪を掴み、顔を引き寄せる。雷士(らいと)は目を泳がせ、視線を合わせようとしない。


「いいか、俺が父上の後継ぎだ。今は士武(じん)をぶっ潰すのが目標だが……」


髪を放すと、背を向けて言い放つ。


「ま~あ、お前も挑戦してきたら、その可愛いボンボン顔じゃ許さねえからな」


雷士(らいと)は震える手で立ち上がり、俯いたまま目を閉じる。


「父上は……力だけじゃなく……全てにおいて……最適な方を選ばれるはず……」


侍大(じお)は振り返り、薄笑いを浮かべる。


「へえ~? じゃあお前、俺に勝てるもんでも持ってんのか?」


そう言い残し部屋を出て行く。雷士(らいと)は拳をギュッと握りしめた。

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