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双子の剣  作者: LÉO LIMA
18/30

第十八幕:滝を登る鯉は、龍となる

夜が明ける。

太陽はまだ地平線に沿って昇りはじめたばかりで、小鳥たちがさえずっている。


侍大(じお)は、まるで深い眠りから引き上げられるように、ゆっくりと目を覚ます。

大きくあくびをしながら、まるで自宅の布団の中にでもいるかのように上体を起こすが――そこでようやく、自分たちがまだ森の中にいることに気づく。


「……ん?」


周囲を見渡すと、数メートル先に注連縄が張られ、その内側に小道が続いているのが見える。

そのすぐ近くで、士武(じん)がぐっすりと眠っていた。

口を少し開け、まぬけな寝顔で寝息を立てている。


侍大(じお)は、自分がひどく体調を崩していたことをうっすらと思い出す。

記憶は断片的で、「信頼」の紋章を手に入れたあたりから、何があったのかよく覚えていない。


だが、微かに感じる記憶がある――兄が自分を背負っていたこと、そして何かから助けてくれたような感覚だけは、心の奥に残っていた。


『……何があったんだ……。でも、記憶がないってことは、やっぱり……』


その時、頭の中に兄の声がふと蘇った。


――【ダメだ、侍大(じお)。お前は死なない。私がそばにいる。絶対に見捨てたりしねえ】


その声に、侍大(じお)は少しだけ胸を締めつけられるような感情を覚えた。


胸の上には、自分の刀と、三つの紋章が置かれている。


「……三つ?」


三つ目の紋章を手に取り、刻まれた文字を見つめる――


「忍耐」


侍大(じお)は、すぐに察した。


『……あいつ、月下楓(つきしめぎ)のこと言ってたよな。

たぶん、そこに最後の紋章があるって……いや、あったのか?』


自分の周囲を観察する。

今寝ている木は、大きな楓で、その葉は周囲にも服の中にも散らばっている。

注連縄もすぐそばにあるため、自分たちが今月影の森の中にいるのか外なのか判断できない。


『……ってことは、ここが月下楓(つくしめぎ)か。

ってことは……士武(じん)がひとりでここまで来れたってことになる。

つまり、月下楓(つくしめぎ)の葉にはほんとに守りの力があったんだな』


侍大(じお)は、今もすやすやと眠っている兄の顔を見つめる。

どこか悔しいような、でも不思議と心があたたまるような感情が込み上げてきた。


「……お前、ほんとに助けてくれたのかもな。

何がどうだったかは覚えてねえけど……そう感じる。

もしかして、やっぱり……お前のほうが親父を継ぐにふさわしいのかもな」


その瞬間、士武(じん)が寝言をつぶやいた。


「う〜ん……橘子(きつこ)……」


侍大(じお)の眉がピクンと動いた。


「……はぁぁぁ!?この……変態め!!?」


ごつん!


「うぎゃぁぁぁぁっ!? いってぇぇぇぇっ!! なんだよ今の!!?」


「……お前ってやつは、ほんっと救いようがねぇな!

寝てる間に、橘子(きつこ)でいやらしい夢見てやがったな!!」


「ち、ちがう!違うって言ってるだろこのバカ!!

誰がそんな夢……見てるか!!」


侍大(じお)は無言で、士武(じん)の股間を指差す。


士武(じん)は顔面蒼白――いや、真っ赤になり、バッと後ろを向く。


「い、い、違うからな!? こ、これは……その……自然現象ってやつだ!!」


「ふーん、そう……スケベ兄貴!」


士武(じん)はくるりと振り返る。


「……今、なんて言った?」


「すけべ」


「いや、その前」


「変態」


「……『兄貴』って言ったな」


侍大(じお)は一瞬固まり、顔を真っ赤にして立ち上がると、くるっと背を向けた。


「い、いいだろバカ! 俺たちの賭けだったんだからな……!

……お、俺は……侍だ。嫌でも……一度口にしたことは、守る……!」


侍大(じお)が顔を赤くしながら言うと、士武(じん)は後ろからそっと抱きしめた。


「……もう、あんな無茶はしないでくれ。お願いだから……」


侍大(じお)は一瞬戸惑いの表情を浮かべ、どこか後悔しているような顔を見せるが、すぐに振り払うように士武(じん)の腕を押しのけた。


「や、やめろって、バカ兄貴!! 気持ちわりぃんだよ!

俺は兄貴って呼ぶって約束したけど、抱きついていいとは言ってねぇ! 離れろ!」


士武(じん)はしばらく黙って侍大(じお)の顔を見つめていたが――ふっと、嬉しそうに微笑んだ。


「……わかった」


ふたりは並んで、都へ戻る道を歩き始める。

侍大(じお)はどこか落ち着かず、士武(じん)の後ろをちょこちょことついていく。

何か聞きたいことがあるようだが、なかなか言い出せない。


「なあ、バカ兄貴……そのさ……紋章、どうすんの?」


「ん? どういう意味?」


「だからよ、三つあるだろ?

半分こできねぇじゃん。誰かが二つ持つしかねぇんじゃね?」


「別に、全部君が持ってもいいよ」


「……え、なんで? お前、気にしねぇの?

それじゃまるで、俺が全部やったみたいじゃん」


「気にしすぎだよ、侍大(じお)

見せるのは門番にだけだし、それで城下町に戻れれば十分だ。

誰が何枚持ってるかなんて、どうでもいいじゃないか」


侍大(じお)はしばらく黙って考え込む。

確かに――なぜ、そんなことで悩んでいたのか、自分でもよくわからなくなってきた。


「……でよ、あのさ……

その『兄貴』って呼ぶの、他のやつの前でも言わなきゃダメか?

……それとも、俺たちだけの時だけでいい?」


「君が他の人の前で呼ぶ勇気がないなら、それでもいいよ。

……私としては、それでも十分嬉しいから」


「……は? 『勇気』? 俺に度胸がないって言ってんのかよ!? 」


士武(じん)は立ち止まり、じっと侍大(じお)の目を見つめる。

無言のままニヤリと微笑むと、また前を向いて歩き始めた。


「……はあ!? なんだよ今の顔!? 馬鹿にしてんのか!?

おい、無視すんなよっ!!」


「……言っても、また怒るだけだろ?

昨日あれだけ苦労したんだ、今日は喧嘩したくないよ……」


その言葉に、侍大(じお)はぐっと言葉を詰まらせる。


『……確かに。

兄貴は、昨日の夜ずっと俺のために動いてくれてたんだよな……

飯も水も、どうやって手に入れたんだ?

あの状態で俺を抱えて森を移動したのか……

ひょっとして、動物か妖怪にでも襲われたのか……?』


侍大(じお)は言いかけて、少し間を置いてから口を開いた。


「……教えてくれ。マジで、気になる」


「……君が、私を殴らない・怒鳴らない・罵らないって誓ってくれるなら話すよ。

誓う?」


「……ああ、誓うよ」


「……母上に誓って?」


その一言で、侍大(じお)の動きが止まった。


彼はまだ母のことをほとんど知らない。

けれど、「母が自分のことを捨てるなと父に願った」と聞かされて以来、彼の中には彼女への理想的なイメージが根付いている。

そして――夢の記憶は曖昧でも、彼の胸には今なお温かな何かが残っていた。


「……誓うよ!」


「ふふっ、知ってたよ。

どうせ君は、みんなの前で『兄貴』なんて言うのは恥ずかしくてムリなんだろ?

だから、特別に君だけには、私の前だけで『兄貴』って呼んでいい権利をあげる。

……君ってさ、意外と照れ屋で、そういうの苦手だよね?」


「~~~~っ!!」


侍大(じお)の顔が真っ赤になり、怒りでピクピク震える。

だが、先ほど交わした誓いを思い出し、ぐっとこらえる。

顔をそむけ、士武(じん)の顔を見ないようにする。


士武(じん)はその反応を察して、そっと先に歩き出した。


しばらくして、侍大(じお)が少し落ち着いた様子で口を開く。


「……兄貴。昨日は……悪かった。あと……ありがとうよ」


士武(じん)は振り向かずに、にこっと笑う。

彼にはわかっていた――弟がこういう時、顔を見られたくないことを。


そして、やがてふたりは光竜の滝へと戻ってきた。


「……さて、どうする? 登るのか? それともなんか天才的な策でもある?」


「いや、登るしかないよ。

昨日この辺りをぐるっと回ったけど、ここ以外に道はなかった」


「……で、怖くねえの?」


「もう慣れたよ。

昨日は君を背負って死ぬかと思う目に何度も遭ったし……この崖くらい、楽勝だ」


その言葉に、侍大(じお)がやや不安げな顔をする。

それに気づいた士武(じん)は、優しく言った。


「……でも、君にとっても楽勝でしょ?

だって君の方が、私より勇敢で、強くて、器用なんだから」


「~~~っ!!」


侍大(じお)は顔を真っ赤にしながら、勢いよく士武(じん)の頬をつねり、そのままそっぽを向く。


「……も、もうやめろよ!

そういう突然の褒め言葉、ほんとウザいんだってば、バカ兄貴!!」


士武(じん)はつねられた頬をさすりながら、苦笑を浮かべた。


ふたりは、いよいよ崖を登りはじめた。


崖は急勾配で、足場も少なく、登るにはかなりの技術と力が必要だ。

だが――ふたりの顔には、不安はなかった。


侍大(じお)、君は私のそばを離れすぎないで。

鎖が引っ張られて、釣り合いを崩すかもしれないから」


「わかってるよ、バカ兄貴! 俺を誰だと思ってんだ!」


ようやく頂上が近づいたところで、足場がなくなった。


「……どうする?」


「いい案がある。刀貸せ、兄貴」


士武(じん)が黙って刀を手渡す。


「……今から勢いつけて飛ぶから、しっかり鎖を持っとけ。

お前は片手で崖に掴まって、もう片方の手を精一杯伸ばしててくれ」


「……わかった。任せた」


侍大(じお)は一瞬だけ士武(じん)を見つめる。


「……な、なんだよ?」


「な、なんでもねーよバカ! 今から集中すんだろーが!

俺はこれから危ねぇことやんだぞ!? 間違えたらふたりとも死ぬんだぞ!」


「そ、そうだけど……なんか、君、ずっと見てたような……」


「うるせえっつってんだろ! 黙ってろ、このくそアホ兄貴!!」


侍大(じお)の顔は真っ赤だ。


『……あのバカ。

俺が何するか、一言も言ってねえのに、全部任せてくれてる……

昨日はあんなに疑ってたくせに……』


侍大(じお)は刀を鞘のまま口にくわえる。

両手と両足を使い、渾身の力でジャンプ――


だが跳躍は大きすぎてはならない。鎖に引っ張られてしまうからだ。


宙に舞った侍大(じお)は、空中で刀を抜き、両手でしっかり握り――


ガッ!!


刀を岩の割れ目に深く突き刺した!


その刀にぶら下がるようにして、体を止める。


下を見ると、士武(じん)の顔が真っ赤になっていた。

鎖は限界まで伸びており、士武(じん)の片腕には明らかに重力がかかっていた。


必死で崖にしがみつきながら、士武(じん)は弟の姿を見上げた。


「兄貴、俺はもうやることやった。

次はお前の番だ。刀を踏み台にして、一気に飛べ!」


「なるほど……君が上まで届いたら、鎖で君を引き上げるってわけか。

いい作戦だな。私には思いつかなかったよ」


「……いちいち褒めんな、バカ!!

さっさと行けよ!!」


士武(じん)は小さく笑いながら、侍大(じお)の刀を足場にして大きく跳躍する。

その勢いで、頂上のすぐ手前まで到達する。


侍大(じお)は刀の鞘に両手でしがみつき、タイミングを見計らう。

士武(じん)の体が、鎖の限界まで届いたその瞬間――


侍大(じお)は刀の上に飛び乗り、左手で鞘を握り、右腕を精一杯伸ばす!


士武(じん)は片腕で崖の縁をつかみ、なんとか体を支える。


「……どうだよ、バカ兄貴!?

いけそうか!?」


「片腕で自分の体引き上げて、さらに君の体重まで引っ張る……

……ムリだね」


「よし、じゃあここからは俺の出番だ」


侍大(じお)は鞘の上でバランスを取りながら、刀を抜き、口にくわえる。

そのまま鞘を踏み切って跳び上がり、見事に崖の頂上へと着地!


着いた瞬間、口から刀を吐き出すように地面に放り投げ、即座に士武(じん)の腕を掴む。


「……ほらよ、兄貴」


士武(じん)は引き上げられながら、じっと侍大(じお)の顔を見つめる。


「……なあ、感謝の一言くらい言っても……

いいよな?

それもダメなのか?」


侍大(じお)はぷいっと顔をそらす。


「……いらねぇよ。

だって、俺たちは一緒にやってんだろ?

感謝なんて必要ねぇ」


士武(じん)は静かに笑い、そっと弟の背中を軽く叩いた。

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