第十四幕:一歩前へ、二歩後ろへ。一歩後ろへ、二歩前へ
双子は滝つぼの川岸に立ち、びしょ濡れのため、衣服を脱ぎ、ふんどし一丁になる。
「まずいな… このままでは着物が乾かぬ。体も冷える。病むぞ」
「へっ! お前だけだろ! 俺の体は強くて丈夫だ! こんなもんで風邪ひくわけが… ハクション!」
士武は鼻水を垂らす侍大をじっと見る。侍大は慌てて袖で拭い、言い訳する。
「…誰かが俺の悪口言ってたんだよ! お前だろ、陰でけなしてたな!?」
二人は再び枯れ葉と枝を集め、前より大きな焚き火を作る。体と衣服を乾かすため、日が暮れる前に急ぐ。士武は侍大の体に残る無数の傷痕に目を留める。
「これらは… 全て命懸けの戦いの跡か?」
「あたりめーだろ! 子供が一人で食い物を手に入れると思うのか?」
士武は悲しげな表情になる。
「私… すまなかった」
「はああ!?聞きたくねえぞ!黙れ!」
「なぜだ?」
「…分かってるだろ!俺は侍の息子だ!てめえよりずっと強いんだ!同情なんか要らねえ!」
「そうだ。君の言う通りだ。私より強いし、勇敢だ。経験もある…」
侍大は士武の頭を横拳で殴り、耳まで真っ赤になる。
「…また褒めやがったな!てめえ…俺の怒りを和らげようとして……そんな手に乗るか!この…バカ!アホ!ドジ!」
士武は悟った。(弟は褒められるのが苦手で、隠せないほど照れるのだな…)
悪戯心が湧き、初めて意図的にからかう。
『兄弟なら、こんなものか?』
「心配するな、侍大。君が雷光斬を習得するまで、私が先を行ってやる。それに… 字を読むのに四苦八苦してるようじゃ、雷鳴瞬光刃流の奥義を覚える前に、私が全部制覇してしまうな」
侍大は烈火のごとく怒る。
「ふざけんな!一週間で全て読んでやる!絶対に!絶対に負けねえ!この俺が!」
昼過ぎ、衣服が乾き、川魚を食べた後、二人は森を歩き続ける。刀は依然として侍大が所持したまま。
「…結局、今まで全部俺がやってんだぞ。滝の謎も解いたし、大蛇も倒した。焚き火も魚も二回も取った。『協力しろ』って試練なのに、お前は何もしてねえじゃねえか!…父上に報告したら、俺だけ褒められるんじゃねえの?」
士武は地面を見つめ、侍大の言葉に聞き耳を立てていない。侍大は無視され、さらに癇癪を起こす。
「おい!無視すんじゃねえ!」
士武は依然として考え込んだまま。侍大は業を煮やし、頭突きを食らわす。
「聞いてんだろこの野郎! 無視するな!」
「いてええ!何すんだよ!?」
「話してんだろうが!聞こえてんのか!?返事しねえとぶっ飛ばすぞ!」
「傷つけたら試練失敗だぞ?」
「股間への蹴りなら痕残らねえだろ」
士武は目を見開き、恐怖で震えながら股間を覆う。
「そ、そんな卑怯で…不名誉なことを…!?」
侍大は完全に無関心な顔で、士武の大袈裟な反応を鼻で笑いながら答える。
「…すんねえよ、アホか」
士武は森の中を歩き続ける。今度は侍大が後ろからついていく。先頭を行くのに飽き、士武に主導権を取らせようとしたのだ。侍大は士武が木々を注意深く観察していることに気づく。
「何してんだ? 紋章探すの諦めて、カブトムシでも探してんのか?」
士武は驚いた顔で振り向き、急いで侍大に近づく。
「君、カブトムシ捕ったことある!?」
目を輝かせて、答えを期待して見つめる。
「ああ! 去年の夏に三匹同時に捕まえたぜ!」
侍大は得意げに鼻をこすり、自慢する。
「すごいな! 私はクワガタを捕まえたことあるよ!…でも逃がしちゃったけどね」
「マジで!? クワガタなんか見たことねえよ!」
「ほんとだよ!緑色に光るやつで、ハサミがこんくらいデカかった!」(手で大きさを表現)
二人は甲虫談義に熱中するが、侍大は突然我に返り、士武の頭を殴る。
「バカ!虫の話してる場合か!紋章探すんだろ!」
「いてっ!意味なく殴るなよ!何が問題だ!?」
「問題はお前が何もせず、虫探して話してばっかで時間潰してることだ!バカか、お前は!?」
「誰が虫なんか探してるんだよ、バカ!私は木を探してるんだよ!」
侍大は怒りを爆発させる。士武が初めて侍大の言葉に反論したからだった。
それがどれほど弱いものであっても、侍大は侮辱に対して極端に敏感なのだ。
「ば、バカって呼ぶな!この…アホ!マヌケ!スケベ!うどん頭!」
「私はうどん頭じゃない!お前こそだ!」
「はあ!?俺ら顔同じだろが!」
「じゃあお前もうどん頭ってことだな!」
「『も』って…!?」
二人は火花を散らしながら睨み合う。侍大はむくれ、士武は少し落ち着いて話し始める。
「聞け、侍大。先生が君に滝の話をしたのは『我慢』を教えるためだ。でも、あれは『勇気』の紋章とは関係なかった。だから思ったんだ…」
「先生は昨日、君が俺を殺そうとする前に言ってた。『剣術の上達には忍耐が必要だ』って」
「だから?」
「だからだよ。先生が『二人に教えた紋章』って言ってたろ? 君には『冷静さ』、私には『忍耐』の話をした。それが手がかりかもしれない」
「違うだろ。先生は紋章の場所を教えてくれたんだ。偶然の一致だ。そもそもお前、昨日滝の話なんか聞いてないじゃねえか」
「昨日は聞いてない。でも黄昇に住んでるから、光竜の滝の存在は知ってた」
「知ってたなら最初から考えろよ!馬鹿か?」
「先生が『昨日教えた場所』ってはっきり言ったからだ。光竜の滝の話はしてない」
「じゃあそのうどん頭を働かせろ。俺の紋章は見つけた。次はお前の番だ。失敗したらぶっ殺す」
「先生の話で手がかりになりそうなのは、剣術の上達に『忍耐』が必要ってことだけだ」
「…それが木と何の関係ある?」
「先生が『月下楓』の伝説も話してた。物事には時期があるって」
「『着く締めき』?なんだそれ、締め切りギリギリに駆け込んで間に合うっていう伝説かよ?」
「違う。『月下楓』は木だ。大きな根が波みたいに地面から出てるカエデの木。満月の夜、葉が銀色に光る。その葉を取れば願いが叶うらしい」
「は?紋章探すの諦めて願い事でもする気か?」
「違う。先生がカエデの木の近くに紋章を隠したのかもしれない。この森で目立つからだ」
「で、『忍耐』と?」
「満月の夜に自然に落ちる葉だけが願いを叶える。無理に取るとダメだ。『待つ忍耐』が必要なんだ」
「…まさか本気で信じてんじゃねえよな」
「本当かどうかより、先生の手がかりだ。木の特徴が手がかりかもしれない」
「じゃあ最後の紋章は?先生は『二人に教えた』って言っただろ」
「もし先生が最後の紋章を別々に教えてたら…私たちで昨日の話、ぜんぶ思い出して確かめ合わないとダメになるな…」
その口ぶりに、侍大は違和感を覚える。
「…は?どういうことだ?お前が俺と話したくねえんだろ?」
「はああ!?何言ってんだ!君こそずっと無視してたじゃないか!」
「…まさか、お前…前に俺と話そうとしたことあんのか?」
「当たり前だろこのバカ!!何度も試した!でも君は話すたびに俺を罵倒するか殴るか!!罵倒して殴るか!!!」
士武は振り向き、再び月下楓を探し始める。侍大は少し衝撃を受ける。確かに、士武が近づく度に自分はすぐ激昂していた…
ふと、ある考えが頭をよぎる。
(もし士武がずっと…兄になりたかっただけなら?)
侍大はむっと顔を顰め、その考えを振り払う。
『…だから何だ!どうでもいい!俺はあいつが大嫌いだ!この甘ったれボンボンと仲良しごっこなんて絶対にすんねえ!このクソ試練が終われば元通り敵だ!…だが、最後の紋章のためには話さなきゃいけねえのか…』
侍大は士武の背中をじっと見つめる。数分観察していると、士武が月下楓を探す姿が真剣そのものに見えてくる。再び嫌な考えが浮かぶ。さっき褒められたことを思い出し、思わず頬が赤らむ。
『…考えるんじゃねえ、侍大!あいつは敵だ!全部あいつのせいなんだ!いい顔してるだけだ…油断させるためだ!』
その時――
二人から約200メートル離れた木の上に、不気味な影が現れる。