第十三幕:滝の落下
空中、侍大は士武を背負ったまま光竜の滝を落下中。士武は目を閉じ、必死にしがみついている。落下中、侍大は滝つぼに無数の岩が転がっているのを確認する。
『まずい…あそこに落ちたら確実に死ぬ』
侍大は刀を鞘から素早く抜き、鞘を腰に固定。右腕を最大限に後方へ伸ばし、刀を構える。巨大な岩に激突寸前、侍大は一瞬も瞬きせず、岩めがけて全力で斬撃を放つ。水しぶきと共に岩が粉砕され、破片が飛び散る。
数秒後、二人はびしょ濡れながらも無傷で水中から這い上がる。士武はまだ震えながら侍大にしがみついたまま。
「離れろよこのビビリ!サルの子みてえにしがみついてんじゃねえ!」
侍大は士武を水中に放り投げる。士武は慌てて立ち上がる。
「生き…生きてた…?」
「お前のおかげじゃねえぞ!俺が全部やったんだ!お前は文句しか言わねえくせに!」
士武が砕かれた岩を見上げる。元々1メートルはある巨岩が粉々に。滝の高さは10メートル以上ある。
『ま…まさか!こんな高さから落ちて無傷だなんて…奇跡か?』
滝の水音を背に、士武は思考を巡らせ始めた。
『いや…侍大の斬撃が衝撃を吸収したんだ。落下の力を利用して斬撃の威力を増幅させた…計算ずく?それとも本能?』
「おいボーッとしてんじゃねえぞ!紋章探すぞ!邪魔したらぶっ飛ばす!」
二人が川から上がると、侍大が滝の裏側に何かを発見する。
「おいアホ!あれ見ろ」
滝の裏側に洞窟の入口が見える。
「先生が昨日話してた場所だ。特定の場所で、紋章が失われる心配もねえ…つまり…」
二人は滝を迂回し、洞窟へ向かう。薄暗いが、かすかに視界がきく。そこには巨大な白蛇の妖怪が岩に巻き付き、眠っている。
士武が囁く。
「やばい…あの大きさ!戻ろう、侍大!」
「戻るわけねえだろ!あれ見ろ」
侍大が指さす岩の上に、小さな白い物体が。
「間違いねえ…紋章だ」
「まさか!あの距離じゃわからない。蛇の卵かも」
「でえええ?蛇が岩の上に卵産むかよ?それにあのデカさで卵がそんなちっこいわけねえだろ!」
「でも侍大、あの怪物に殺される…毒牙もあるかも」
「また俺をバカにしてんのか?蛇のことはわかってんだよ!俺はアホじゃねえ!」
「で…どうするつもりだ?また衝動的に無茶をするのか?紋章かどうかもわからないもののために危険を冒すのか?」
「くそったれ!!祈跡先生の罰の意味がわかったぞ。お前のようなうるせえ野郎と組まされるなんて、地獄の苦しみだ!」
侍大は刀を抜き、鞘を士武に投げ渡す。
「先生は俺らに協力させたかったんだろ?侍ってのは敵とでも協力しなきゃいけない時がある!俺は親父みたいな侍になる!その証明だ!お前みたいなクズとも必要なら組めるってな!」
侍大は蛇に向かって歩き出す。士武は躊躇う。
「そ…それは良くない考えだ」
「ああ、お前みたいな役立たずと組むなんて最悪だ。だがな、立派な侍なら領地の弱い奴らを守らなきゃならねえ。お前じゃない誰かを守ってると思えばなんとかできる」
士武は諦めたように頭を垂れる。
「ついて来い。鎖を引っ張るなよ、刀が使えねえからな。後ろに付いて邪魔するな。あの白いのを取ったらすぐ撤退だ。必要なら蛇と戦う。わかったか、このやろう!」
「わ…わかった」
侍大は恐れず前進し、士武はおずおずと続く。蛇は二人の気配ですぐに目を覚ます。
蛇は素早く襲いかかる。侍大は逆手に刀を持ち、蛇に突き刺そうとするが、巨体ながらも蛇はかわし、刀は地面に刺さる。
蛇の頭が士武の背後に回り込み、口を大きく開けて襲いかかる。士武は気づいて避けようとするが、侍大が鎖を強く引っ張り、士武を地面に倒す。
侍大は逆手の刀を左手に持ち替え(鎖のついてない方)、蛇の舌に深く突き刺す。蛇は痛みで頭を振り上げるが、侍大は間一髪で刀を引き抜く。
「今だ!行け!あの白いのを取れ!お前もたまには役に立てよ」
士武は立ち上がり岩に向かって走る。侍大は後ろ向きでフォローする。蛇が再び襲ってくるが、侍大は刀で受け止める。
刀の先を蛇の下顎に、柄を上顎に当て、口をこじ開けたまま押しとどめる。蛇の突進で侍大は後退を余儀なくされる。
士武は鎖を気にせず全力で走る。岩の上の白い物体を見つける―紋章だ。早光一族の家紋に似た形状だが、異なる印が刻まれている。何か文字らしきものもあるが、確認する暇もなく拾い上げる。
「侍大!紋章みたいだ!取ったぞ!」
「よし、こっから脱出だ!」
その瞬間、蛇の長い体が洞窟全体を取り囲み、天井まで覆うように迫ってくる。逃げ場は完全に封じられた。
「侍大!もうダメだ!!」
「ふざけんな!逃げるもんか!」
侍大は素早く士武から鞘を取り戻し、蛇の口に突っ込んで開かせたままにし、刀を引き抜く。しかし鞘だけになった口は閉じ始め、鞘を真っ二つにしそうになる。
その瞬間、侍大は自ら蛇の口に飛び込み、両手で刀を握り直し、刃を上に向けて渾身の力を込めて振り下ろす。斬撃は蛇の下顎を切断し、蛇は苦痛で暴れだす。洞窟の壁に体を打ち付け、岩を崩落させ始める。
暗闇の中、崩れゆく洞窟から脱出する道は見えない。侍大は士武を背負い、左足を前に踏み出して構える。
「侍大!どうするんだ!逃げ場もないし、この巨体を刀で切り裂くなんて無理だ!」
「うるせえ!黙ってろ!」
侍大は左手に刀、右手に鞘を持ち、暴れる蛇の体を払いのけながら、ある瞬間―閃光のようなものを見る。まるで稲妻が目に見えない道筋を示すかのように。
躊躇なく、侍大は全力で跳躍する。
「疾歩!!」
士武を背負ったまま、侍大は巨大な蛇の体の間を縫うように飛び回る。蛇の激しい動きで生じるわずかな隙間を、空中で次々と切り抜けていく。まるで空を飛んでいるかのようだ。
洞窟を脱出し、滝の水流を突き破り、さらに5メートル先の川中の岩に着地。右足の一踏みで岩を砕きながらもバランスを保つ。全ての動作がたった1秒で完結した。
士武は目を見開いたまま、すべてをスローモーションのように見ていた。
『信じられない…あの一瞬で全てを判断し、実行した。力と速さだけじゃない。思考の瞬発力…計画なんて立てる暇もなく、即座に行動したんだ』
「いつまで背負ってるんだよこのやろう!降りろ!」
士武が降りると、侍大は刀を鞘に収める。士武は紋章を詳しく見る―白い台座に「勇気」と記されている。読み終えると、士武はこの試練の意味を悟り、頭を垂れる。
侍大が紋章を読み上げる。
「『勇気』?つまりこの試練はお前のためだけか?この腰抜けめ。先生は言ってるんだ、『勇気がなければ真の侍にはなれない』って。俺みたいな勇気が必要だってな」
士武はうなだれながら川岸へ歩き出す。侍大は自信に満ちて後を追う。
「ああ…君の言う通りだ。私はただ邪魔してただけだ。最初から君が正しかった。私は…ただの臆病者だ。未来も、失敗も、他人を失望させることも…全てが怖い」
侍大は士武の言葉に喉を鳴らし、少し後悔の念を覚える。
「君は言葉じゃなく行動で勇気を証明した。侍大…君こそが父上の後継者にふさわしいんだ」
侍大は士武の言葉に胸を打たれつつも、すぐにごまかすように士武の肩を小突く。
「そんな弱音ばっか吐いてんじゃねえ!俺はお前を真っ向から打ち負かしたいんだ!敵は己の手で倒すもんだ!逃げ得で負けやがって…!」
紋章を士武の顔に押し付けながら怒鳴る。
「先生はな、立派な侍となるためこの試練を授けたんだ!お前の腑抜け根性を叩き直すためにな!でなきゃ俺と組ませねえよ!」
「泣き虫めから一人前の武士になれ、この腑抜けが! 変われよ! でなきゃその刀で腹を切れ! ぐだぐだ泣き言ばっかほざいてんじゃねえ! 癪に障るんだよ!」
侍大は「勇気」の紋章を士武に押し付け、背を向けて両手を頭の後ろに組む。しばらく沈黙した後、声を低めて話し始める(顔は赤く、士武には見えない)。
「……先生はよ、この滝の話を前に…俺が『短気で猿みてえだ』と申したゆえ…滝行を命じやがった…心を鎮めよと…」
士武は侍大の声の震えに気づく。
『こいつ…今、地獄の恥ずかしさに耐えながら話してる… 大蛇より苦しそうじゃないか…』
「あとよ…鯉の滝登りの話もした…俺のようなならず者でも…修羅を超えれば龍になれると…故に…」
刀の鞘をぎゅっと握りしめる。
「…お前もな、『できぬ』と諦めてりゃ一生の雑魚だ!変わらねえならいっそ死んだがましだ!次またそんなこと言いやがったら…ぶちのめすからな!」
士武は悟る。
『こいつも…私と同じ劣等の念を抱えてたのか。強がりと荒事で覆い隠してるだけだと…先生はその同じ傷を見抜き、私に教えさせたのだな…』
『──侍大と私は、本当に似ている。面影だけでなく、心まで。
違うのは、これまでどう生きてきたかだ。
あいつは、その不安や恐れを乗り越えるために、ああなるしかなかった。
俺みたいに諦めて膝をつくんじゃなく、立ち向かうしかなかったんだ』
『祈跡先生はきっと、それに気づいていた。
私と侍大は、根本では同じ人間だと。
だから先生は、侍大を通して【同じ問題にどう向き合うか】を教えようとしてくれたんだ。
──【勇気】をもって』
士武は微笑み、少し自信を取り戻す。
「ありがとう、侍大… お前は本当に…良い弟だ。」
侍大は突然の言葉に驚き、顔を真っ赤にして士武の顔面を殴る。
「バ…バカ!何言いやがる!俺は…お前のこと大嫌いだって言ってだろ!?ヘ…ヘタレ!アホ!デブス!」
「痛てえ!傷つけたら試練失敗だぞ!?」
「お…お前が悪いんだよ!敵を褒めるなんて…頭がおかしいんじゃねえのか!?」
「はあ!?敵じゃねえ、兄弟だろ!馬鹿を言うな!」
「うるせえええええ!!!」
侍大は恥ずかしさのあまり顔を覆い、叫びながらその場を跳ね回る。