第十二幕:光竜の滝
数分歩いた後、双子は小川にたどり着いた。士武はそこに魚がいることに気づく。
「え…どうやって捕まえるの?それに、どうやって焼くつもり?」
「まったく…甘ったれのボンボンめ。一人で何もできねえのか?」
侍大は上半身の着物と草履を脱ぐ。
「来いよ、鎖で繋がれてんだからお前も来い」
二人は小川の真ん中に立つ。流れは強く、士武は魚が近くを通り過ぎるのを見る。
「いいか、この役立たず。そこで一ミリも動くなよ。邪魔するんじゃねえぞ。それと、手を伸ばしてくれよ。お前を引っ張らずに俺の手が自由に使えるように」
「まさか素手で魚を捕まえるつもり?」
侍大は自信たっぷりに嘲るような笑みを浮かべて士武を見る。彼は両腕を曲げ、魚を捕まえる瞬間を待ち構え、士武は左手を前に伸ばし、侍大が動けるようにした。
士武は侍大の集中力の高さを観察し始める。侍大はあまりに集中し、静かだったので、士武は隣にいるのに彼の存在を感じにくいほどだった。
『す…すごい! なんて驚異的な集中力だ。私にはなかなかできない…』
ほぼ10分間動かずにいた後、士武はじっとしているのが難しくなってきた。しかし突然、瞬く間に侍大は手を水に動かした。水を激しく跳ね上げ、士武をびしょ濡れにしながら、侍大は暴れる魚を捕まえようともがく。
しっかりと魚を掴むと、侍大は両腕で大きな魚を持ち上げ、得意げで自信に満ちた笑みを浮かべた。
「わあああ!でっかい!そんなに時間かかったのは、こんな大物を狙ってたから?」
「当たり前だろ! てめえのせいで何匹も釣る気ねえよ。それに、ちっこい魚じゃ腹の足しにならねえ!」
二人は川岸に座る。侍大と士武は小枝や枯れ葉を集め、焚き火の準備をする。焚き火の周りに腰を下ろした。
士武は侍大がどうやって火をおこすのか興味津々だった。侍大は二つの大きな石を取り出し、力強く打ち合わせ始める。小さな火花が散り、それが枝や葉に落ちる。何度か繰り返した後、息を吹きかけ、仰いで炎を大きくする。
士武はまばたきも忘れ、弟の技術に感嘆する。大きな魚を焼き終えると、双子は刀で魚を真っ二つに割り、食べ始めた。目を輝かせた士武は侍大の方に向き直り、言う。
「侍大、君は本当にすごい! 私には…君みたいなこと絶対できない。君の能力は本当に驚くべきものだ!」
侍大は目を閉じ、鼻をこすりながら、傲慢で自信に満ちた笑みを浮かべる。
「へへへ! 俺のすごさがわかったか!」
「うん、本当に感心した。君は森の中で一人で生きていけるし、並外れた集中力を持ってる。魚を捕まえる時の速さも信じられなかった。この調子なら、雷光斬もすぐにマスターできるよ」
突然、侍大は気づく――士武に褒められて喜んでいる自分に! 顔を赤らめ、心臓が高鳴る。慌てて乱暴な態度に戻ろうとする。
「ちょ…ちょっと待て! おだてりゃいいと思ってんじゃねえぞ! 俺…俺はてめえのことまだ大嫌いだ!」
士武は侍大の言葉に少し落胆するが、話を続ける。
「私は…君のことを嫌いじゃない。だって弟だもの」
侍大はさらに照れくさくなり、どう反応すればいいかわからず背を向ける。士武の言葉は全く予想外で、侍大の心の準備などなかった。混乱しながら考える。
『な…何だこりゃ? なんで俺、このバカにそんな気持ちになってんだ? 落ち着け侍大! この間抜けに褒められて喜ぶくらいなら死んだ方がましだ! でも…こいつは…俺を嫌ってないのか?』
一方、士武は侍大との穏やかな会話が終わったと判断し、紋章を見つける方法を考え始める。昨日祈跡から教わったことを思い出す。
『昨日先生は戦術と雷光斬の基本を教えてくれたけど、森で紋章を見つける手がかりには全然関係なさそうだ』
何も思いつかないと悟り、侍大に再び話しかけることにした。
「侍大、もし君が森に紋章を隠すとしたら、どこに隠す?」
侍大は振り向き、少し落ち着いていたが、また褒められるのを恐れ、疑い深い口調で答える。
「もう比喩の話は諦めたのか? それとも今度は俺の知能を試してるつもりか?」
「君はどうか知らないけど、私は森で一晩も寝たくない。ましてや三日も。今日中に紋章全部見つけたいんだ。そうすれば先生も父上も驚いて、また信頼してくれるかも」
侍大はこの考えに納得する。特に自分がより不利な立場にあるからだ。
「ああ、悪くない考えだ。だがなんで俺に聞く?」
「だって、この広い森で小さな紋章を三つも探すなんて無理だよ。きっと特定の場所に置いてあるはず。動物に取られたり飲み込まれたりしないような場所に。それに、祈跡先生が正確な場所を知ってるからこそ、こんな課題を出せたんでしょ?」
「ふん…確かに。目立つ場所で、簡単に見つかるようなとこか」
突然、侍大は何かを思い出したように目を見開く。
「何か思いついた?」
侍大は立ち上がり、士武の腕を引っ張って走り出す。二人は川の流れに沿って進み、川幅が広がる地点へ向かう。進むにつれ、士武はこの場所を認識し始める。
「あっ、この先に滝があるんだ!」
「ああ、祈跡先生が昨日教えてくれた…いや、なんでもねえ」
「え?先生が何を?」
「余計なお世話だこのバカ!!」
「でも…もし試練に関係あるなら?」
「知るかよ!!黙ってろ!!」
士武が急に立ち止まる。鎖が引っ張られ、侍大はバランスを崩して顔から地面に倒れる。
「痛てえっ!!このクソ野郎!!急に止まるんじゃねえ!!」
「侍大、この滝は急勾配で危険だ。それに滝つぼは月影の森に近い。知ってるか分からないけど、危険な妖怪がうようよしてる森だ」
「だから何だよ、このボケが!!」
「だから?妖怪が出てきたらどうするつもりだ?刀は一本しかない上、鎖で繋がれてるんだぞ?」
「へえ~、そうなんだ~!全然気づかなかったよ~!」(皮肉たっぷりに)
士武は皮肉に顔を赤らめ、当惑する。
「そ…それに、滝は高すぎるよ。下りる方法もないし…君、どうするつもりなの?」
「祈跡先生は昨日、紋章の場所を教えてくれたんだ。『光竜の滝』って名前まで言ってたぞ。森の中の特定の場所で、簡単に見つけられるって。お前がさっき言ってた通りだ。間違いない、ここだ」
士武は躊躇う。
「で…でも、滝の底に紋章を隠すかな…?」
「知るかよ! 行って確かめるだけだ! 占い師でも呼ぶか? さっさと行くぞ、時間の無駄だ!」
二人はさらに数分流れに沿って進み、滝つぼに到着する。水が落ちる崖は非常に険しい。周囲の木々を調べ、紋章の痕跡を探すが、何も見つからない。
「ここにはない…先生が置いたのが流されてしまったのかな?」
「下にあるに決まってる。降りよう」
「ええええ!? この滝を!? 高さを見たか? それに下は岩だらけだ。一人が滑れば二人とも落ちる。生き残れないよ」
「じゃあどうするんだ、この腰抜けが! 階段を作るか? 飛ぶ術でも覚えるか? 諦めるのか?」
「も…もっと考えないと…」
「考えてる暇ねえ!こんなちっぽけな滝だぞ、この腰抜けが!先生も親父も、俺らが親父を超える侍になるのを期待してんだ!こんな滝も降りれねえんじゃ、どんな侍になるつもりだ!?」
「侍大、そうじゃない。分別を持つべきだ。分別のない勇気は自殺行為だ」
「ぶ…『分裂』!?俺と別れたいってか!?」
侍大は突然怯えたように、妙に傷ついた表情で固まる。士武は状況が理解できない。
「バカヤロー!!アホ!!ドジ!!お前なんかいらねえよ!一人でやる!お前は邪魔でしかねえ!信用できねえってわかってた!」
侍大は崖際に進み、滝つぼを見下ろす。士武はパニックになる。
「侍大!正気か!?やめて!ご…ごめん!でも飛び降りないで!」
「黙れ!お前はいつもぬるま湯につかってた臆病者だ!命を懸けたことなんて一度もねえだろうが!」
侍大は士武の方へ振り向き、激しい勢いで自分自身を指差す。怒りに歪んだ顔には、わずかに涙が浮かんでいた。
「俺は…俺は毎日命を懸けてきた!そうしなきゃ死んでたんだ!今だって同じだ!親父をがっかりさせるくらいなら、今ここで死んだ方がましだ!橘子が追放されるのを見るくらいなら!」
「でも…そんな危険を冒さなくても。落ち着いて方法を考えよう…」
「お前はただ怖気づいてるだけだ、この弱虫!人生の挑戦に立ち向かう勇気もねえのか!大事なものを守るには、時には行動するしかねえんだ!」
侍大は士武の着物の襟を掴みながら叫ぶ。
「お前が親父の後継を諦めるなら勝手にしろ!俺は諦めねえ!後継も、橘子を失うこともな!お前が腰抜けの子供みてえに邪魔してくるなら、無理やりでも連れていくぞ!この刀で気絶させて、森中引きずり回してでも、一人でこの試練を突破してやる!」
士武は侍大の刀を掴み、奪おうとする。
「馬鹿な弟のせいで死にたくない!他の方法がある!何の得があって飛び降りるんだ!?怪我したら試練失敗だって忘れたのか!?紋章が見つかっても意味がなくなる!」
「あるものでなんとかするしかねえんだよ、このやろー!!」
侍大は刀を握りしめ直す。
「先生は一寸法師の話で教えてくれた!小さくても、弱そうに見えても、盗っ人でも、大事なのは心だ!夢に向かって突き進む勇気だ!手にあるもの全てで戦うんだ!針一本でも、椀の船でも!」
侍大は士武から刀を取り返すと、背後に回り込み、無理やり背負い上げた。
「俺は侍になる!親父の後継になる!もうただの盗人じゃねえ!!夢のために命をかけるからこそ、俺はやり遂げる!お前みたいにビビって躊躇するような奴じゃねえんだ!」
士武は抵抗をやめ、反論の言葉を失う。まるで侍大に心の弱さを突かれたようだった。
『侍大は…正しいのかも…私は…ただの腰抜けだ。いつも理由をつけて諦め、敗北を受け入れてきた…最初から負けを認めてるようなものだ…』
侍大は士武を背負ったまま崖へと走り出す。崖際で全力で飛び降りる。士武は必死に侍大にしがみつき、目を閉じた。