第十一幕:試練の罰
夜明けの太陽が昇り始めたばかり。空はまだ完全に明るくなっていない。
黄昇周辺の森で、士武、侍大、大師堂祈跡の三人が何かのために早起きしている。
侍大はまだ眠そうにあくびを連発し、士武はこの早朝に二人が一緒にいる理由に不安げだ。
「さて、ここでよい」
「祈跡先生、なんでこんな朝早くから...朝飯もまだ食ってないのに...」
「昨日のことを忘れたわけではあるまいな、侍大殿」
侍大は眠気が覚め、思い出す。
『ああ、そうだ!士武を殺そうとした罰を受けるんだ。それに橘子を屋敷に置いてもらうために、罰は三倍だ』
侍大は士武を横目で見ながら言う。
「で、なんでこいつも来てんだ?」
士武は「こいつ」と呼ばれて悲しげな表情になる。
「早光様のお話では、士武殿にも非があったと。お前の友人に無礼を働き、怒りを買わせた。自ら罪を認めた以上、彼も罰を受ける。さらに...」
祈跡は刀を抜き、二人の間に構える。
「どう見ても事態は深刻だ。使用人たちはすでに二人の確執を噂し、早光家の未来を憂いている。このまま対立が続けば、噂は都中に広まろう。勝侍様より、二人の不和を解くよう命を受けた」
侍大は明らかにイライラし、防御的な姿勢を見せる。
「だが祈跡先生! あいつが俺の兄だってだけで、好きになれってのかよ!? 俺らどっちも望んでねえんだぞ! それに先生は知らねえだろ、こいつが陰で何をしやがるか――」
士武は会話の流れに焦り、侍大の声をかき消すように叫び、素早く彼の口を塞ぐ。その後、耳元で囁く。
「……お願いだ。『あのこと』は誰にも言うな……!」
侍大は士武の手を払いのけ、侮蔑と悪意の笑みを浮かべて見下す。
「はぁ~? 『あのこと』は秘密ってか? つまりバレたらお前が困るんだな? 評判が地に落ちるんだろ?」
士武は不安げに拳を固く握り、言い返せずに少し赤面する。
「そ、それに……私は昨日、お前をかばったぞ。命を狙われたのに……。それくらい、返してくれても……『あのこと』を忘れるとか……」
侍大は冷淡に鼻で笑う。
「助けを求めた覚えはねえ。てめえの自己満足だ。それに、おかげで俺の罰が軽くなったわけでもねえし」
士武は侍大の無関心な態度に激高し、初めて彼に向かって声を荒げる。
「そ……そんな……! なぜだ……! なぜそこまで私を憎む!? 私はお前に何もしていない……!」
突然、刀の一閃が二人の間を切り裂く。祈跡は厳しい表情で二人を見下ろしていた。二人はその斬撃に凍りつく。
「……これが問題だ。お前たちが理解し合わぬ限り、屋敷への帰還を禁ずる。これが罰である」
二人の少年は祈跡の宣告に顔面蒼白となり、声を揃えて叫ぶ。
「はああああああっ!?」
「はっ!? 祈跡先生、一体どういうことだ!? まだ朝飯も食ってねえぞ! それに…まさか…俺を屋敷から追い出すつもりか? 親父様は知ってんのか!?」
「勝侍様にはこの件をわしの判断に一任されていた。わしの仕事を信頼しておられる」
「ですが…祈跡先生。先生のことは存じ上げております。先生は常に最も賢明で創造的な方法で問題を解決されます。私たちを和解に導き、この御策が果たして有効であったと、いかにしてお示しになるおつもりですか?」
「単純なことだ」
祈跡は刀を鞘に収め、地面に突き立てる。そして袖から鎖を出し、一方を侍大の右腕に、もう一方を士武の左腕につける。侍大はこれを見て大騒ぎする。
「なにいいいいっ!?祈跡先生、これ何のつもりだ!? まさか…俺を『こいつ』と繋ぐ気か!? これが罰ってわけ!?」
「静かに!」
侍大は祈跡の厳しい態度に恐れをなして頭を下げる。
「これより、お前たちは三つの異なる紋章を集めた時のみ黄昇に戻ることを許す。これらの紋章には侍にとって極めて重要な印が刻まれており、見つけ次第すぐにわかるだろう」
「で…それらはどこにあるのですか?」
「自分たちで探せ!」
「はあああ!? どういうことだよ!? 森中探し回らないと見つからねえじゃねえか!」
「授ける手掛かりはただ一つ。。紋章の在処はすでにお前たちそれぞれに一つずつ、そして最後の一つは二人共に教えてある。昨日のうちにな」
二人の少年は混乱し、考え込む。
『どういうことだ?昨日教わったというのに、試練は今日始まったのだ。それに、教えてもらったのは...私たちの衝突の前、つまり試練が必要になる前のことではないか』
「この刀はお前たちの唯一の武器として与える。食料も水も自分で調達せねばならん。都の門番にはすでにこのことを伝えてある。たとえ早光勝侍の息子であろうと、三人の紋章を一緒に門番に見せねば都に入ることは許されぬ」
侍大が刀を受け取る間、祈跡は話し続ける。
「さらに、お前たち二人とも無傷で戻らねばならぬ。傷一つでも負えば、たとえそれが小さな擦り傷であっても、全ての成果は無効となる」
「待て待て!つまりこの弱虫が転んで膝を擦りむいただけでも、紋章を三つ集めててもダメってことか!?」
「その通り。これは究極の協力を試す試練だ。お前たちは互いを守り、傷つかぬようにせねばならん。そして刀は一本しかないのだから、極限の連携も必要となる」
侍大は怒りに頭を垂れる。士武はそれに気づき、不安げになる。
「最後に一つ。この試練には三日の期限がある。三日経っても紋章が揃わないか、どちらかが傷を負った場合、わしが迎えに行き試練は終了する。だが失敗した場合、さらに厳しい罰が待っている」
祈跡は士武を指差す。
「士武、もし失敗すれば、お前は父上の後継者としての優先権を失う」
士武はこの言葉に衝撃を受け、青ざめ、一言も発せない。侍大は思わず嬉しそうに笑みを浮かべ、士武を侮蔑した目で見る。
「そして侍大、お前が失敗した場合、橘子は屋敷から追放され、青葉藩全体から追放される」
侍大はこの宣告にパニックに陥る。
「はああああ!? で…でも…親父様があいつを…!」
「そしてこの試練で失敗した場合の処罰権限をわしに与えておられる。お前たちは父上の後継者として訓練中だ。父上は近く大士に昇格するかもしれぬ。その息子として、最低限父上と同じレベルに達することが求められている」
「青葉藩の偉大な侍は、日本全土の精鋭侍としての名誉と、領民全ての命と領地の繁栄を守る義務を背負っている。義務を果たせぬ侍は、守るべき者たちをも見捨てることになる」
「この試練に失敗するようでは、どうして侍としての義務を果たせようか?どうして早光家の当主としての期待に応えられよう?橘子はおろか、領民全てを守れるとでも思うのか?」
侍大は祈跡の言葉は理解するが、それでも試練の条件と橘子が追放される可能性に激しくいらだっていた。
「ではこれにて。試練を完了できるのは木曜日の夜明けまでだ。なぜこれをやるのかを忘れるな。父上がどんな男になることを期待しているかを思い出せ。そうすればきっと試練を乗り越え、勝侍様の許しと尊敬を得られるだろう」
祈跡は静かに森を去り、二人の少年を残していく。
士武はじっと立ち尽くし、侍大が何か言うか動くのを待つが、侍大も背を向けたまま黙って立ち続ける。
しばらく沈黙が続いた後、侍大は怒りに任せて速足で歩き出す。その力で士武の腕の鎖が強く引っ張られ、痛みを感じた士武は痛みが増さないよう、同じ速さで侍大についていかざるを得なかった。
二人はしばらく歩き続けた。士武は侍大がどこへ向かっているのか理解できず、声をかけるのを躊躇っていたが、鎖の痛みと協力が必要な現実に、思い切って声をかける。低く躊躇いがちな声で。
「じ…侍大…」
侍大は歩き続け、無視する。士武はもう一度試みる。まだ躊躇いながら。
「じ…侍大…」
侍大は相変わらず無視。士武は緊張し、さらに声をかけるのを恐れるが、それでも食い下がる。
「じ…侍大…」
侍大は突然止まり、振り向くと、森中に響き渡るほどの怒声で士武に怒鳴りつける。目には激しい怒りが燃えていた。
「黙れクソ野郎!!! 何が欲しいんだよ!? うるせえんだよこのゴミが!! お前は俺の人生の邪魔でしかねえ!! 重いだけのクソ荷物が!! どうしててめえなんかが生まれてきたんだよ!?」
士武は侍大の狂暴なほどの怒りにひるみ、侍大は怒りで荒い息を吐く。士武は固唾を飲み込み、それでも会話を続けようとする。
「ど…どこへ向かってるの?」
「知るかよ!」
「で…でも協力しなきゃいけないんでしょ?」
侍大はこの言葉に激怒し、頭を激しく掻きむしり始める。そして森全体に響き渡るほどの絶叫を上げる。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
士武はそのあまりの大声に耳を塞ぐ。侍大は深く息を吸い、威嚇するように士武を見下ろす。
「知らねえよ!!」
「え…?」
士武は侍大の視線から、行き先がわからないことを嘲笑われまいとする威圧を感じ取る。士武は状況を利用し、地面に座り冷静に話し始める。
「聞いて…祈跡先生は昨日、紋章の場所を教えてくれたって言った。まずは昨日先生と話したことを全部思い出して、いつ教えてくれたのか考えないと」
侍大は答えるまでに時間がかかり、士武の前で平静を保つため深く呼吸する。
「昨日…俺は…読みの練習…『一寸法師』を…読んでた」
侍大はこれを言うのが恥ずかしそう。士武は弟の反応が可愛らしく思え、つい微笑んでしまう。侍大はこれを誤解し、嘲笑と捉える。
「こ…この…! 俺を馬鹿にするな!!」
「馬鹿にしてないよ! 誓って!」
二人は再び落ち着き、士武は提案を始める。
「ねえ、君はまだ祈跡先生をよく知らないから。先生は『比喩』を使って教えるのが好きなんだ」
「『いい湯』? 何の話だ? 先生と一緒に風呂にも入ってんのか?」
士武は顔を赤らめ、侍大に怒る。
「ひ・ゆ(比喩)だよ! 別の例えを使って物事を説明する方法だよ! 先生と風呂なんか入ってない!」
冷静さを取り戻した士武は説明を続ける。
「つまり、祈跡先生は何かについて話しながら、全然関係ない別のことを教えるのが好きなんだ。例えば感情の抑え方を教える時、穏やかな川に例えたりするでしょ」
「ああ、それか。まあ…」
侍大は腕を組み、昨日祈跡に教わったことを思い出そうとする。
「確か…先生は『一寸法師』が小さくても強くて勇敢だったって話してたな。針を刀代わりにしてたとか…」
士武は頷き、侍大の回想を促す。
「『強い奴が使えば針一本でも鬼を殺せる武器になる』とか言ってた」
「先生はそれ以外に具体的なこと言ってなかった?」
「…『見た目は関係ねえ、男の価値は心で決まる』とか。『俺がまだ庶民みてえな振る舞いしてても、心が正しけりゃ侍としての価値は証明できる』とか…だが! それがこの森で紋章を探すのと何の関係が…? 一寸法師でも探せってのか? それとも針の紛失物か?」
「多分…ねえ侍大、私も比喩は苦手なんだ。小さい頃から先生に教わってるのに、まだ全然理解できない。でも先生は私のことを知ってるし、君が比喩を知らないこともわかってる。きっともっと簡単な手がかりだと思う」
「そうでもねえだろ。だって三日も期限くれたんだぜ」
士武は侍大の指摘に不安げな表情になる。
「でも…きっと理解できるものだよ。『森で小さいものを見つけろ』とか『弱そうに見えるけど役に立つもの』とか…」
「…てめえみてえな?」
士武はこの比喩に衝撃を受け、ムッとして背を向ける。
「…もう私たち、終わりかもしれないね」
突然、侍大の腹から大きな鳴り声が。士武は信じられない表情で、人間の腹がこんな音を出すのかと驚く。
「まずは食い物探さねえと、紋章より先に餓死すっぞ」
すると今度は士武の腹も同じように鳴る。士武は慌てて自分の腹を隠し、赤面する。
「…と、とりあえず川を探そう」