第一幕:早光(はやみつ)一族
時は戦国。武蔵の地にて、青葉藩は繁栄を極めていた。
その首都たる緑環都は、森の中心に円形に築かれた城下町であり、当時最大級の規模と力、そして富を誇る藩として知られている。
藩の武士や忍びたちは、敵対するどの国からも恐れられ、敬われていた。さらには、この地に跋扈する妖怪たちすら、住人たちに手出しすることを控えるほどであった。
青葉藩に属する城下町の一つ、黄昇は、藩の五大名家の一つである早光一族が治めている。
町は高台に築かれ、朝日が真っ直ぐに差し込む場所に位置する。段々畑に囲まれ、収穫の季節には金色に輝くその景色は、まさに絶景と言えよう。
早光家の屋敷の庭では、一人の少年が木刀を握り、稽古に励んでいた。
彼の名は早光士武。早光家の嫡男であり、十二歳。
中肉の体格にして、逞しい筋肉を持ち、黒ではなく茶色く波打つ髪が特徴的である。
彼の父は、青葉藩における八人の上士の一人にして、四人の大士の座に最も近い男とされている。
士武は上半身裸で、汗だくになりながら、家伝の剣術「雷鳴 瞬光刃 流」の基礎を黙々と修めていた。
その表情には張り詰めた緊張と、どこか焦燥の色が浮かんでいる。
『くそっ! 私は落ちこぼれだ……。武士学園じゃ全然目立てないし……。
領内で一番強い十二人の侍の一人の嫡男だってのに、こんなに弱くてどうすんだよ……!』
木刀を握る士武は、怒りをぶつけるように空を斬った。
一太刀、また一太刀と、激しい連撃を繰り出しながら、学園でのふがいなさを払拭しようとする。
『……私は……恥をかかせたくないんだ、お父様に。
あの人の後継に相応しい武士になるために……。
誇りに思ってもらえるように……もっと、もっと鍛えなきゃ……』
遠くの植え込みの陰から、一人の少年がその様子を見つめていた。
士武はすぐに気づく。
「ん?雷士くん、剣術の稽古、やりたいの?」
その少年は早光雷士、十歳。
黒髪に整った顔立ち、細身で背の低い少年だ。士武とは異母兄弟であり、現妻・望巳との間に生まれた子供である。
雷士は何も言わず、そのまま立ち去った。
『……雷士のこと、いまいちよく分からないんだよな。
時々、近づこうとしてくれてる気もするけど……。
でも、急にそっけなくなったり、やたら競ってきたり……。
私のこと、どう思ってるんだろう……嫌いなのか、それとも……ただ我慢してるだけなのか……?』
──その頃、黄昇の城下町の外れ、都の門へと一人の少年が歩み寄っていた。
裸足で、ぼろぼろの衣服。片手には一本の刀。
その姿はまるで、貧しい百姓の子か、野盗のようにしか見えなかった。
だが、門番の足軽たちは警戒の色を見せず、少年をじっと見つめた。
茶色に波打つ髪、鍛えられた身体、平均的な背丈——それが、彼らに見覚えを呼び起こす。
やがて、門が静かに開かれた。
「おはようございます、士武様……ずいぶんと……その、お召し物は……?」
少年は足軽を睨みつけた。
その視線に気づいた足軽は、慌てて頭を下げた。
「し、失礼しました、若様! 無礼なつもりはございません!
ただ、お召し物が……いや、余計なことでした!」
「……屋敷まで案内しろ。気分が悪い」
「は、はいっ! かしこまりました、若様!」
「駕籠に乗せろ。こんな姿を城下町の連中に見られたくない」
「かしこまりました! すぐにご用意いたします。
どうぞ、こちらでお待ちくださいませ。町民の目に触れぬようにいたしますので」
若い足軽はすぐに駕籠を準備し、少年を中に乗せて早光家の屋敷まで案内した。
わずか三分ほどで、駕籠は屋敷の門前に到着した。
「お着きでございます、若様──」
言い終えるよりも早く、少年は駕籠から飛び出し、庭の方へと駆けていった。
庭では士武が黙々と修練を続けていた。
雷鳴 瞬光刃 流の型を繰り返していたそのとき——
不意に、背後から殺気を感じた。
振り返った刹那、あのぼろぼろの少年が目前に現れ、刀を振り下ろしてきた!
咄嗟に木刀で受け止める士武。しかし、その衝撃で武器が弾かれ、
木刀は宙を舞い、地に落ちる前に真っ二つに斬られた。
士武は咄嗟に飛び退いて間合いを取る。
だが、少年はただ静かに剣を構え、士武を指し示していた——。
「これがそうか……? お前は何もかも与えられて——飯も、着物も、屋敷も、家族も、剣術の稽古までも……それでいて、ただの弱虫だと!?
こんな奴のために、俺は捨てられたってのか!?
俺が受けるはずだった全てを、お前みたいな甘ったれが受け継いで……!」
少年の声には、怒りと憎しみが滲んでいた。
士武は何が何だか分からず、ただ戸惑うばかりだった。
しかし、それ以上に衝撃だったのは──
その少年の顔が、自分とまったく同じだったこと。
似ているというレベルではない。まるで鏡の中の自分を見ているかのようだった。
顔立ち、体格、声、高さ、全てが一致していた。
そこへ、あの足軽が血相を変えて駆け込んできた。
彼は刀を抜き放ち、少年に向かって走り出す。
その顔には、自らの過ちに気づいた恐怖と覚悟が滲んでいた。
「申し訳ございません、若様!! あの服装を見た時に気づくべきでした……こやつは偽物に違いありません!
どうかご安心を! この命に代えても、お守りいたします!
私の過ちで早光家の嫡男に傷がつくことなど、絶対にあってはなりません!!」
その言葉を聞いた少年は、怒気を含んだ声で鋭く言い放つ。
「俺が早光一族の正統な後継者だ!!」
士武と足軽は、その迫力と内容に言葉を失った。
次の瞬間、少年は懐から何かを取り出し、士武に突き出した。
それは——
早光一族の家紋が刻まれた本物の印籠だった。
「俺の名は、早光侍大。
上士早光勝侍の次男、そして——
俺はこの家の後継者だ!
俺はただ、自分のものを取り戻しに来ただけだ。
この俺に刃を向けるというのなら、お前の首を落とすまでだ!」
士武は目の前の現実を信じることができなかった。
その印籠は確かに本物で、偽造など不可能。
少年は父の名も、地位も、家の名も知っていた。
名前も、自分と似通っている……そして何より、姿が同じだ。
混乱しきった士武は、どう反応すべきか分からない。
足軽は刀を下げ、士武の前に立って彼を守る姿勢をとった——。
「若様、この少年の言葉に惑わされてはいけません。この世に、貴方様と全く同じ容姿の者など存在するはずがありません。
きっと妖怪の企みか、他国の忍者が早光家に潜入しようとしているのでしょう」
「…それはおかしい。妖怪ならわざわざこんなことをする必要はない。夜に都へ忍び込んで、私を殺して入れ替われば済む話だ。
忍者でも同じだ。最低でも、『本物はどちらか』という混乱を起こすはずだ」
「でも、彼は正面から門を通ってきて、自分の話を堂々と語った。
どう考えても、完璧に私になりすませる存在が、わざわざ複雑な話を作る必要なんてない」
――その時、士武の継母である早光望巳が、侍女たちとその息子・雷士を連れて庭へ現れる。
「何の騒ぎですか?」
「望巳様! この少年が屋敷に入り込み、旦那様の第二の息子だと名乗って、若様を殺そうとしたのです!」
「それなら、なぜまだ生かしているの? 衛兵たち、斬りなさい!」
「待ってください、望巳さん! 彼の言っていることが本当かもしれません!」
「つまりあなたは、お父様があなたの母上様がご存命だった時に、他の女と関係を持っていたと信じたいの?
仮にそうだったとしても、その子は認知されていないでしょうし、この屋敷に住んでもいない。
そんな話を信じるならどうかしてるわ。彼はきっと詐欺師か、悪戯好きな妖怪よ」
――その言葉を聞いた侍大は、苛立った目で望巳を睨み、嘲るような口調で言った。
「なら、父上をここに連れて来いよ。俺の話を認めてくれるに決まってる!
あんたたちが言うように俺が詐欺師なら、父上がそう断言すれば一瞬で俺を斬れるだろうが!」
そう言い放つと、侍大は腰の刀を鞘に収め、地面に置いた。そしてそのまま胡坐をかき、腕を組む。
「上士である父上には、俺が妖怪でも忍者でも到底敵わねえよ。でも、父上が俺の言葉を信じた時……お前ら全員、俺を疑ったことを後悔することになるぜ。」
「――この私の屋敷で、命令するつもりかしら? 無礼者!」
望巳は声を荒げた。
「衛兵! 今すぐその子を斬りなさい! それとも、都と我が家に怪しい者の侵入を許した罰として、あんたも一緒に死にたいの?」
衛兵の足軽は真っ青な顔をして固まる。どう動いても、自分の命が無事では済まないと悟っているのだ。
その時――
「待ってください、望巳さん!」
士武が侍大の前に立ちふさがるように、両腕を広げて叫んだ。
「この少年が、ほんの少しでも私の弟である可能性があるのなら、彼を殺すわけにはいきません! 彼の話が嘘だと父上が言うなら、私はどんな罰でも受け入れます!」
その言葉に、侍大はわずかに目を見開いた。だが表情は変えず、相変わらず不敵に腕を組んでいる。
雷士の目が潤んでいた。兄の言葉に、胸を打たれたのだ。
だが――望巳の心は、1ミリたりとも揺らがなかった。
それどころか、ますます険しい表情を浮かべる。
「士武さん……あなた、本当に父上の跡を継ぐおつもりなの? 命の危機も、家の名誉もかえりみず、そんな無茶な判断を下すなんて。正気の沙汰じゃないわ。」
「怪しい者がこの家に入り、馬鹿げた話を語り、しかも刀を持って若様を殺そうとした。それを許すなんて……跡継ぎとして、あまりにも愚かです。」
「……それはそうかもしれません。でも、もし彼が本当に父上のもう一人の御子だったら……この言い訳で乗り切れるとお思いですか?」
士武の静かな問いかけに、望巳の顔が明らかに強張る。
だが、彼女も分かっていた。
いくら忠義に篤い上士である勝侍であっても――
もしその少年が本当に自分の子であり、それを自分が殺したとなれば、望巳を許すはずがない。
計画が、水の泡になるかもしれないのだ。
望巳がその場にいる者たちの前で本心を認めるはずもないと理解した士武は、代わりに自らが責任を背負うように話し始めた。
「足軽殿、すぐに父上をお呼びしてくれ。緊急事態だと伝えてくれ。私と――父上の妻が、共にお待ちしていると。事情は道中で話してくれて構わない。それと……心配はいらない。何が起きようとも、君がこの者を通したことで死罪になるようなことは、私が決して許さない」
その言葉に、足軽の男は目を見開き、深く頭を下げて全力で走り出した。
感謝と安堵が混ざったその背中を見送りながら、場の空気はしばし静まり返る。
だが、その中で一人、目を血走らせて士武を睨みつける者がいた。――侍大である。
彼は唇を噛みながら士武に視線を投げ続けていた。
怒りに満ちたその眼差しには、助けられたことへの感謝など一片も見えない。
士武がゆっくりと歩み寄る。
「……君の刀、預かってもいいか? 父上が来られるまでの間だけでも」
「『俺たちの父上』だろ。勝手にすればいい。……別にお前を殺そうとは思ってないさ。俺がしたいのは……屈辱を与えることだ。父上がどうしてお前なんかを選んだのか、俺が証明してやる。これから毎日、お前に恥をかかせて、いずれ自ら切腹するしかなくなるまで……な」
その声音は静かだったが、そこに込められた憎悪は濃く、重く――
そして、紛れもなく本物だった。
士武は目を見開き、侍大の言葉に心を深く傷つけられた。
彼は悟った――この弟とは、簡単に会話などできないと。
何も言わず、ただ静かに縁側に腰を下ろす。
その手には、侍大の刀。
父――勝侍の到着を待つ間、じっとそれを見つめながら時を過ごす。
望巳は無言で屋敷の中へと戻っていき、庭には兄弟だけが残された。
『……もしかして、彼は……本当に私の……弟なのか? でも、だったら……どうして今まで何も知らなかった? どうして、ここで暮らしてなかったんだ? それとも、やっぱり偽物か……? 何かの罠……?』
士武の胸中には、疑念と戸惑いが渦巻いていた。
一方――侍大もまた、怒りの裏に別の感情を隠していた。
高鳴る鼓動。張りつめた神経。
彼の中にあるのは、決して冷静さではなかった。
『……もう完全に詰んだ。あのクソガキに俺の刀まで取られた。
ここから先は、全部賭けだ。……けど、死ぬとしても、俺は……』
この作品(『天上戦隊シェンレンジャー』と同様)は、昨年小学館ライトノベル大賞に応募するために執筆したものです。残念ながら、こちらも最終選考には残りませんでした。
元々は2020年に描いた漫画のコンセプトを再利用した作品で、その漫画は今でもpixivに掲載しています。ただし、今回の小説では舞台も設定も大きく変更しています。
物語の中心となる家族のドラマが自分でも気に入っていて、特に侍大というキャラクターは執筆を進めるうちにどんどん好きになっていきました。
この物語を他の人にも読んでもらいたいと思い、「小説家になろう」で公開することにしました。
自分が書くことを楽しめたように、読者の皆さんにも楽しんでいただけたら嬉しいです。
僕はブラジル出身で、今もブラジルに住んでいます。この作品は、日本の読者の皆さんにも読んでもらえるように、日本語に翻訳しました。そのため、登場人物のセリフに不自然な表現やミスがあるかもしれません。事前にお詫びしておきます。
実はまだ日本語は初心者レベルで、JLPTのN4の範囲を勉強しているところです。でも、少しでも読みやすく自然な日本語になるように、全力で翻訳しました。
もし文法の間違いやおかしな表現などに気づいたら、遠慮なくご指摘ください。僕はかつて漫画家を目指していましたが、画力がプロのレベルに遠く及ばず、夢を諦めました。
その分、小説では本気で「質の高い作品」を皆さんに届けたいと思っています。
時差の都合で返信が遅れることもあるかもしれませんが、できるだけコメントにはきちんとお返ししたいと思っています。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。
もしこの物語を楽しんでいただけたら、ぜひ続きを追いかけていただけると嬉しいです!