第83話 俺が思う、正しいお金の使い方
「そう泣くな、向琉」
無理に決まってるでしょ……。
自分の為に、自分の大切な人がボロクソになっているのに……。
道理が通らない借金とか滅茶苦茶な理由を付けて、自分が守る場所に――生活基盤を整え、迎えてくれたのに。
狡猾な人たちが手を出せない――自分が守れる場所へ、強引に押し込んだだけなのに……。
俺が人の世で生きられそうな力とファンを得たら――あっさりと自分の手から離れていく道まで、用意してくれていたのに!
そんな事にも気が付かず、まんまと騙され――姉御は俺を裏切って金儲けに利用しているのかもと疑い続けていたなんてさ!
姉御は、わずか数日でこんな……。
世間を敵に回して、大病を患っているかのように痩せこけてしまうぐらい、ストレスを感じて迄、悪役を演じてくれてたんだぞ⁉︎
感謝の気持ちと、のうのうと暮らしていた自分の情けなさが相まって――感情がグチャグチャだよ!
「……全く。泣いていては、戦えないだろう? ここが戦場なら、何もかもを失う事になるぞ?」
そう言って乱雑に涙を拭う姉御の指は、記憶にある状態よりも――骨張っている。
でも――確かに、幼い頃から何度も俺の頬を拭ってくれた温かい指だ。
不器用な優しさを込めたセリフ、乱雑な拭い方。
修練が辛くて涙を流していた俺を励ましてくれた子供の頃から――何一つ、変わってない……。
こんなの……返って、涙が溢れ出すに決まってるじゃないか……。
「涙を流す事など、私は求めてない。向琉は人々の希望の星なんだ――笑え。そうでないと、夜闇のように暗い私という存在が報われないだろう? 夜闇は星を映えさせる――必要悪だ」
なんで自分を必要悪だなんて言えるんだよ。
普通は、誰だって嫌われたくないだろう?
俺たちの――弟弟子なんかの為に、なんでそこまで徹底して、辛い道を行こうとするんだよ……。
「……姉御は、辛くないんですか?」
「悪を行った者が叩かれるのは、道理だ。だから――私はなんの痛痒さも感じない」
「――そんな訳、ないじゃないですか!」
「…………」
「……お金が武器弾薬になるというのは勉強になりました。でも、お金を武器として使用するのは――人間。……つまり、姉御じゃないですか? 武器として使用して、誰かを撃った人間が……辛くない訳がないでしょう? まして自分の身を守る為にやむを得ずに撃った状況でもない、俺と美尊を守る為……。誰かを守る為に人へと武器を向ける決断、苦渋を味わうに決まってますよ! それも、その罪悪感は戦いが終わった今も尚、姉御の心を蝕んでる。世の炎上の声は、誹謗中傷の声は、心を蝕み続ける。――違いますか!?」
「……関係ない。罪悪感などは無い。――結局、引き金を引いたのは私だ。私は間違いなく、悪行を働いた。そしてこれからも、悪行を重ねる。被害者ぶるつもりなど、欠片もない。……こんなオーナーにはもう、付いて行けないだろう? 許せないだろう?」
「……許せないですよ」
姉御の問いに、俺はボソリと答える。
それを聞いた姉御は、一瞬だけ表情を悲痛に歪め――直ぐに、凜とした顔付きへと戻した。
なんで……。
「……そうか。そうだろうな。――オーナーの意思に従えないならば仕方ない。手切れ金代わりに借金は免除。迷惑料もすぐに振り込む。それをもって大神向琉は、今日付けでシャインプロを解雇と――」
「――違う! 俺は、俺自身が許せないんですよ!」
なんで姉御は――俺に弱味を見せてくれないんだ!?
不器用な愛に、不器用な優しさばかり!
もっと素直に、本音を曝け出してもらえない自分の不甲斐なさが――許せない!
「……何?」
「姉御が少し歳上の大人だからって、手を汚させて良い訳がない! 姉御が引き金を引かざるを得なくさせた俺の弱さが――俺は許せないんです!」
「……私が勝手にやった悪を、貴様が気にする必要は――」
「――気にします! するに決まってるでしょう!……姉御が本当に手を汚している事に罪悪感を感じていないと言うなら! 世間に叩かれようと、なんの痛痒も感じていないと言うなら、そのストレスで痩せこけた姿はなんですか!? 辛くて悲しくて頬を伝う――その涙は、なんですか!?」
「――なっ!?」
姉御は慌てて自分の頬に手を当て、掌を確認している。
そして、掌には何も付いてないのを確認すると――俺を睨みつけてきた。
「引っかけですよ。……姉御、引っかかりましたね?」
「……やってくれるじゃないか」
獰猛な肉食獣のような笑み、それでいて……何処か嬉しさも含んでいるように感じる笑みだ。
常に警戒している姉御から一本取れるなんて……今の姉御、やっぱり弱ってるんだな。
「これで姉御の真意を確証出来ましたよ。……本当は辛くて仕方ないのに、未熟な俺たちの為に心を軋ませながら――無理して手を汚して強がっているんだって」
「動機や心などは関係ない! やった結果が全てだ!」
あくまで姉御は、自分が全ての悪だと声高に主張してくる。
威風堂々《いふうどうどう》と一点を見据える眼光には、有無を言わさぬ圧力があるけど……。
俺だって――ここは引けない! 引きたくない!
「そうですね。だから俺は――強くなります! 武力だけじゃない! お金の正しい使い方を覚えて、自分の身を守る最強の防具にします! もう姉御が心で涙を流さなくて済むように……社会的地位も、お金も手に入れてやりますよ! そうして、姉御と比肩出来るような強者になります!」
「……向琉」
俺の宣言に、姉御は目を丸くして声を漏らした。
そして、ふっと口角を緩め――更に言葉を紡ぐ。
「……そうか。その覚悟だけで十分だ。貴様は年齢こそ大人だが、社会経験的にはまだ未熟な高校生と同様、子供だ。そして宗家の血を引く……私の大切な弟弟子でもある。成長を促し見守るのは、大人たちと元師範代の責務でもある。……今回、暗い部分は私が担当した。向琉はその分、光を満喫して笑え。銭闘力を稼ぎ、あらゆる戦場で負けないように強くなり――向琉は、人の世に愛されて生きろ」
光差す所には影が生まれる。
眩い光が何者かを映し出せば、相応の濃い影が刻まれる。
太陰対極図にもある、万物のバランスを顕す分かりやすいものの捉え方だ。
姉御は――なんで俺だけを、光り輝く幸せな道に行かせようとするんだろう?
暗く汚い部分は自分が担当するから、と。
俺には光差す道を生きろと――なんでそう強調するんだろうな、この人は?
「今に見ててください! 姉御が暗い闇を抱えて陰から俺たちを守らなくて済むようにします! 姉御が誰にも見えない所で泣かず、素直に明るく笑えるようになります!――吹っかけた62億円? 美尊と大手を振って過ごせるようにしてくれたお礼に、これからランクを上げてそれ以上のお金を喜んで差し出しますよ! 家族と笑って一緒にいられるのは、お金以上の価値があるんですから!」
俺の言葉を聞き終えた姉御は、息を飲むように停止した。
そうして俺から視線を逸らし――窓から夜空を眺め出す。
腕を組むその姿は、何か思い詰めているのか。
或いは遠い何処かを見詰めているように映る。
星々と月明かりに照らされる姉御の横顔は、病的に痩せ細っても尚――凜々《りり》しく、美しかった。
「……ふんっ。道場へ入れてもらえず、夜な夜な泣きながら稽古をしていた小童が……言うようになったな」
「ええ、人は成長しますから。……それと姉御、お金の使い方ですがね? 武器弾薬以外に、もう1つ――俺は使い方を知ってますよ?」
「……ほう? なんだ、言ってみろ」
視線は外へと向けたまま、姉御はそう言う。
その声は、少々上擦っていた。
「お金は――人を幸せに出来る環境を作る為に使うんです! 姉御が偽悪的に、用いた手段を説明してもですね――今回は俺も美尊も、割りが良いアルバイトをした人だって幸せになっています! 被害者は悪意の声に晒されている姉御だけ。だから――これからは姉御にも、幸せを感じて欲しいんです! 俺が姉御を、陽の当たる場所まで連れて行ってみせますから!」
サムズアップしながら言い放つ。
そんな俺に目もくれず、姉御はしばし考えるように片手を顎に当てて沈黙し、口を開いた。
「……ふん。守ると奪うは表裏一体。悪くない答えだ。……だが幸せとは、実体を持つ物ではない。10円の菓子でも食べられて幸せと思う者も居れば、こんな安い物しか食べられないと不幸を嘆く者もいる。金額の多寡では簡単に幸不幸は語れん」
「そうですね、結局は受け取り方次第だと思います。だから俺は――お金を使って不幸になってる姉御の暗い性格も、きっと直してみせますよ! 大金だろうと端金だろうと、大切な人と過ごす時間に使えば幸せだと俺は思います! 手を取り合い、共に成長する。それも家族の形ですから! ちなみに、その家族の輪には姉御もバッチリ入ってますからね!」
俺の言葉をゆっくり咀嚼し飲み込むかのように、何度も頷いてから――。
「――……そうか」
姉御は顎に当てていた手を開き、そのまま顔の下半分を覆い隠しながら――言葉短く返した。
声のトーンが揺れ、籠もって聞こえるのは――覆っている手のせいか。
それとも――。
「――あれ、姉御……泣いてるんですか?」
「わ、私は泣いてなどいない!」
「す、すんません!」
振り向きながら大きな声を出す姉御に、驚いて腰を抜かすかと思った……。
無意識で、声に神通力を込めてた?
天心無影流は、あらゆる物を武器にするけど……。
姉御は声すらも高度な威圧の武器に高めるのか……。
相変わらず、規格外の人だなぁ~。
「……用が済んだなら、早く美尊の元へ行ってやれ」
スッと、視線を切り――姉御は俺に背を向けた。
折角、姉御がその身を犠牲にしてまで整えてくれた環境だ。
しっかり美尊との時間も楽しまないと失礼、だよな?
「はい! 自分を中心とした損得勘定で動く人が多い中、俺たちの得の為に手を汚してくれて、ありがとうございます! 姉御、怖いけど――大好きです!」
「……馬鹿者めが。己の発言に責任も持てない小童が――……」
最後、背から聞こえた尻すぼみに小さくなって行く姉御の声は――潤んで俺の鼓膜を揺らした。
本作をお読みいただきありがとうございます┏○ペコッ
この物語に少しでもご興味を持って頂けたら……どうか!
広告の下にある☆☆☆☆☆でご評価や感想を頂けると、著者が元気になります。
また、ブックマークなどもしていただけますと読んで下さる方がいるんだと創作意欲にも繋がります。
どうか、応援とご協力お願いします┏○ペコッ




