第82話 きょうだい
「……世の中は権力と同時に、生活に必要な以上の金を欲する物が多い。これは何故だか分かるか?」
「えっと……。贅沢な暮らしをしたいからですか?」
「金についてそう考えているうちは、50点もやれんな。一般の職業で生きるには良いが、一流開拓者のように大金を稼ぐ者の使い道としては、不合格だ」
「う……。それなら、合格の答えはなんなんですか?」
「無数にあるが――金とは、人間社会で自分の守りたい何かを守る為の武器弾薬だ」
「ぶ、武器弾薬?」
「そうだ。……実際に今回、私は金を武器弾薬として使用した」
「え? い、いつ? どこで、ですか?」
「声優、俳優の卵や駆け出し、養成所の生徒などの中から信用が置ける情に厚い者を選抜して――サクラのような者たちを雇ったのだ。アルバイトとしては破格の大金という対価を渡してな。……特捜部が動いたのも、こちらがメインだろう。世に蔓延るサクラだが、口コミなど商品価値を誤認させ顧客に商品を販売するなどすれば、詐欺罪に問われかねない行為だ。或いは、良いコメントを書くよう強要すれば、脅迫罪だな。……今回はそうならないよう、法の専門家に相談して上手くお願いしている。あくまでコメント内容は個々人の意思に任せた。私がお願いしたのは、『可能ならばコラボ配信を視て積極的に、自由に思った事をコメントして下さい』というお願い。……配信者や企業ならば誰でもやっているような、お願いだけだ。別に1コメントも書かなくても、配信を視に来なくとも構わないし罰則もない。……分かりやすいようにサクラとは言ったが、厳密には違う名目だ」
「お、俺への詐欺疑いでも、特捜部が動いてたのでは?」
「向琉に関しては……複雑怪奇な事情がある。実は地上へと戻ったその時から、国家として底知れぬイレギュラーな存在を持て余していた。……老獪な者たちは、見せかけの飴を用意し、私以上に非人道的な処遇や人間兵器としての利用をしようと動いていたがな」
「や、やっぱり、そう言う意見もあったんですね。……予想はしてましたけど、実際に言われると怖くもなりますね」
「そこを強引に、同門の身元引受人――Aランク開拓者であり、ダンジョン庁長官である私へ一任するという話に落ち着かせたのだ。警察庁も検察庁も含め、それは納得済みだった。それでも常に、公安が私と向琉を監視していたがな」
俺、公安にも監視されてたの?
公安って……国家の安全を脅かす存在に対応する組織だよね?
うん、まぁ……Sランクダンジョンで10年間も生き抜いた、思想不明の人間だもんな。
姉御とのダブルチェックという意味でも、それぐらいはするか~。
「詐欺疑いの件でも、一応は特捜部が調べ直したようだが……。現時点で金の流れは、私から向琉へ一方的に投資名目の大金が流れてばかり。事務所の契約書類も正式なもの。――ギャラの取り分が9対1の芸能事務所など、世の中には超大手も含めてゴロゴロと存在する。……向琉には残念だろうが、正式に踏み込んだ捜査をすると公表も出来ない、空振りに終わったようだな」
「そ、そうですか……」
「借金を盾にしている件は、裁判の上で罪に問えるかもしれんぞ? 脅迫や恐喝……やってみるか? 審判は甘んじて受け入れるぞ」
「遠慮しておきますよ。俺は姉御を訴えたくなんかありません。……それより、そのサクラみたいな人は平気なんですか? 情報漏洩とか……」
「漏れて困るお願いはしていない。私はどうコメントしろとは、一切注文していないのだからな。そもそも、募集は私の知人で誰を紹介してもらったか分かるようになっている。仮に、私から無理やり言わされた、と誰かが声を上げて裁判となった時……どうなると思う?」
「それは……その人を紹介してくれた人の顔が潰れますね」
「その通りだ。業界人の面子を潰し、信用を失えば……今後、割りの良いバイト先を得られなくなるだけではない。――ともすれば、業界にいられなくなるのではないか? 己の夢を、実力以外の原因で叶えられなくなるのではないか?……こちらが何を言った訳でもない。仮にされたとて、何をするつもりも私にはない。――それでも……勝手に疑心暗鬼へ陥り、自ら言動を制限するのだ。……そうなる状況を予見した上で、汚く姑息な金の使い方と『お願い』をした私だからこそ……。サクラのような者たちも――2人ではなく、私へと猛烈な批判をしてくれたんだ」
全ては……姉御の掌の上だったのか。
俺が地上へと上がった瞬間から――仕込みは始まっていたんだ。
「簡単だったよ。……人は自分を中心とした損得勘定で動く生き物だからな」
姉御の利益ではない。
俺が最大限に望む利益――美尊と過ごす日々を手に入れられるように。
姉御は大衆の怒りの受け皿となるべく、人の心理を利用して動いて来たんだ……。
「無論、人の口に戸は建てられない。だが少なくとも、大々的に『大宮愛に2人の配信を視て思った事をコメントするよう頼まれた』と声を発するリスクは減る。……精々《せいぜい》が仲の良い友人へ愚痴を吐く程度だ。それぐらいなら、計画を覆す大きな波紋なぞ起き得ない」
「姉御……。ありがとうございます。でも、そう上手く行きますかね?」
「上手くいくさ。世の中、確固たる自分の意思を発信する者は少ない――マイノリティだ。たとえば……先ほどの配信でも1人で何十回とコメントをしていた、極少数の過激な断固反対派。そして少数の熱烈擁護派。……残りの大多数を占めるのが――声を発する程ではない消極的な見守り派と擁護派だ。それ等はどちらにでも転び得る可能性を秘め、情勢を見極めている者たちでもある。――果たして自分はどちらの意見を応援するべきなのか、正しいのはどちらなのか、とな」
「……つまり、世の中には日和見や強い関心を持たない人の方が多い、と言う事ですか?」
「ああ、よく覚えておけ。人の世には、そうした積極的に強い言葉を発信しないマジョリティと、声のデカい極一部のマイノリティが存在する。声のデカい極一部を場当たり的に排除する措置を講じても、別のアカウントや端末を使って加熱した攻撃を続けたり、私たちの目に見えぬ所で何をでしかすか未知数だ。最悪の場合、ネットに留まらず逆恨みからリアルへの突撃や陰湿な嫌がらせも起こり得る。……ならば、どちらにも成り得るマジョリティを味方へと誘導する必要がある。――正義はこちらにある、こちらに着くべきだ、とな。耳当たりの良い言葉、実の伴ったアピール……その結果が、マジョリティを創り出す。異論を唱えようにも、極一部の反対派は大多数に膨れ上がった意思の前に黙殺されるか声に押され、居心地が悪くなる。いずれ不貞腐れて熱も冷め、別の対象を見つけて自ずと去る。マジョリティを2人に味方する正義へと誘導する為に背を押す役割が――私の用意した、声の大きいサクラのような者達だ。――無論、お前らが義に背く行いをしていれば、大義の名の下に反対派の流れを減らし、私への攻撃で事態を収める事も叶わなかっただろうがな。……予想外のパーティ解散。予想外のイレギュラーボスの出現には血の気が引いたが、本当によくやった」
だから姉御は、ミーティングの時にパーティとして当たり前の行動を取るよう念を押していたのか……。
ドッペルゲンガーも、姉御のレポートに書いていなかったからには予想外だったんだろう。
本当に未発見で……姉御もさぞ、焦ったことだろうな。
きっとあのバトルがなくとも、パーティの絆を見せる程良い場面があれば――マジョリティが俺たちの仲を叩くのは悪。
姉御こそを叩くべきだと上手く誘導する手筈だったんだと思う。
「……人の世で生きるには、綺麗な部分だけでは儘ならない陰も受け入れねばならない。――怜悧狡猾な者と対抗して自由に生きたくば、こちらも対抗する手段を講じねばならん。それが汚く道義に反する手口だろうとな。……それが人の社会で縛られず、搾取されずに生きるというものだ。――社会においても常在戦場の意識を忘れるなよ?」
「世の中が綺麗事ばかりじゃないのは分かります……。でも、なんで姉御はそこまでしてくれるんですか? 道義に反すると分かっていても手を汚したのは――俺の為、ですよね?」
「……向琉自身が、その答えは美尊に言っていただろうが」
「え、俺が?」
「美尊が――妹が幸せになる為ならばなんでもやる、と」
「……姉御、それはつまり――」
「――私は大切な弟弟子が幸せになるためならば、なんでもやる。たとえ自分がどうなろうと、何も構わない」
なんで、なんで……。
そんな――当たり前のように、サラッと言えるんですか?
普通はもっと、格好付けて言うようなセリフでしょ?
お前を守る為に、私は傷だらけになろうと構わんって……。
ヒーローの決めセリフみたいにさぁッ!
そんな当たり前みたく言われると――涙が滲んでる俺が、おかしい奴みたいじゃないですか!?
「……姉御。でも……。もっと、上手いやり方もあったんじゃないんですか? 姉御が手を汚して、悪にならなくても済むような……」
「あったのかもしれんな」
「じゃあ、なんで――」
「――あったのかもしれんが……。頭の悪い私には、思いつかなかった。向琉も知っての通り、私は武術にばかり生きて来た人間だ。……力尽くで強引なやり方ばかりしか思いつかん、愚か者なのだ」
本当にだよ。
本当に強引で……。姉御はアホだよ……。
「元より武術とは、護りたい大切な何かを守る目的を遂げる為の――破壊の手段だ。……今回、向琉と美尊の仲を守るべく用いた力が――拳なのか、それとも金と権力なのかの違いだけ。……法整備がいくら進もうと、この世は戦いの手段が変わるのみ――『常在戦場』だ」
「姉御……」
こんなの、姉御にはなんの利益もないじゃないか。
自分の名声、金、地位――姉御は、失うばかりだろう?
なのに――……。
「――向琉は必ず生きていると、私も美尊も信じていた。だから死亡届も出さなかったし、生存してる者として扱うよう手も回した。美尊の後見人として、残った大神家の資産も私が維持管理出来るようにしたのだって事実だ。……世界中を襲った災厄で、役所も戸籍情報もボロクソ、生死に関する情報も錯綜している中……10年間、行方不明」
ああ、改めて聞いても……凄惨な状況だ。
残された人たちの混乱や絶望は、計り知れないものがあったんだろう。
「冥府行きのダンジョンに、私は何度も開拓へと乗り出した。道場のあった地を1人、食糧と体力が尽きる程に深い闇を降り続けた。今度こそ、今度こそ……見つけてみせると意気込み挑んで来た。単独到達領域、世界記録となる地下35階層――気付けばAランク開拓者となる程に、な。……己の無力さに、私は絶望したよ。このダンジョンには――まだ下がある。そこで向琉や師範は生きているかもしれぬのに、私の力では辿り着けなかったのだから……」
「災害発生から7年間が経過した時……。開拓者も含めた調査の統計から――初代ダンジョン庁長官は、行方不明者の生存は絶望的と発表した。その結果……猛烈な非難を浴びて辞任にまで追い込まれた。強権を与えるからと強引かつ逃れようのない狡猾な手口で、私は現場を良く知る開拓者として長官へと据えられたのだ。だが……直ぐに、これは好機だとも思った。そうした政府見解で被災者の生存を否定されても尚――私たちは信じていたから。……鍛錬を積み重ねていた向琉は特別だと――少なくとも私は、微塵も信じて疑わなかった」
忙しない復興の中で、一縷の望みに縋りたい思いと……突きつけられる現実。
それは、俺には想像も付かない心の痛みなんだろう。
「個人の力量で届かぬならば、組織力で辿り着けるようにと国内開拓者の成長と発展、ダンジョン内を配信して生存者の痕跡を発見出来るようなシステム作りにも心血を注いだ。そして――限りなく0に等しいと告げられた被災者の生存可能性が、あの日に打ち破られた。……この身は歓喜に胸が詰まった、昂った、打ち震えたのだ」
その時を思い出しているかのように、弾むような姉御の声音……。
こんなにも――俺は姉御に想われていたのか。
「……暗く険しいダンジョンを10年間も生き抜き、やっと陽の下へ辿り着いて再会を果たした兄妹なんだぞ? 強引で汚い手口とは知りつつも――一刻も早く太陽の下で、大手を降りながら好きに過ごさせてやりたい。人に恐れられ迫害される事もなく、肉親である妹と人目を気にせず街を歩かせてやりたいに決まっている」
ああ、もうダメだ……。
口元がジンジンと痺れる、目頭が熱い……。
「そう願うのは――姉弟子として当然の感情だろうが。――この目的を果たす為にならば、私はどんな強引な手段を使う事も躊躇わん。……どんな悪になるのも、批判も望む所だ」
こんなにも不器用で、手荒だけど……。
口先ばかりじゃない。求め続けた真の優しさを人から向けられたら、俺は――……。
抵抗も虚しく一滴の涙が頬を伝い、分厚い絨毯を濡らした――。
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