第66話 織り込み済み
突然のスポンサー契約オファー……それも、俺でも知っている大きな企業の名前に驚愕が隠せない。
唯、俺よりも驚いていたのは――。
「オ、オーナー!? それは本当なんですか!?」
俺を担当するマネージャー社長の、川鶴さんだった。
川鶴さんにも、姉御は報告していなかったって事?
「ああ。時間の関係で、先に川鶴へ報告が出来なかったのは、すまなかった」
あ、姉御が――頭を下げた!?
ヤバい、雨どころか槍でも降ってくるんじゃないかってぐらい衝撃的な光景だ!
「い、いえ! 謝罪が欲しいとかではなくて、ですね!? 私は一応、雇われ社長でマネージャーもあるので……。そういったスポンサー契約オファーの話は、まずオーナーではなく、私に来るのではないかと思いまして……」
姉御が頭を下げているのに、まるで川鶴さんの方が悪い事をしたかのようにペコペコと何度も頭をさげて尋ねている。
うん、気持ちは分かりますよ~。
生物として直感するぐらい圧倒的強者が頭を下げて来ると、動揺もしますよね!
「あの……つまりですね? まず会社を通したオファーじゃないという事は、オーナー個人が直接マルチバース本社に大神さんを売り込んで来たという事では?」
頭を下げつつ、川鶴さんは上目遣いで恐る恐るといった様相で尋ねた。
え、姉御が直接?
そういえば……マルチバース本社はアメリカにあるって前に聞いたな。
丁度、姉御もアメリカに行ってたという話しだったから……。
マジで、俺の為に売り込んで来てくれたの?
姉御が、シャインプロの――自分の手元から、俺が離れかねないような話を?
「……偶々、本社の上役と話している時にそういう話題になっただけだ」
いやいや、好感触とか言ってたじゃん?
少なくとも茶飲み話で偶然、俺やスポンサーの話が出ました~なんて軽い感じじゃないよね?
実現の感触を確かめるぐらいなんだから!
「あの……お兄ちゃんは、シャインプロを退所――クビになるって事ですか?」
当人である俺が色々と驚愕し過ぎで閉口していると、美尊が聞きたかった事を尋ねてくれた。
そうだよ!
なんか退所して個人としてもやっていけるぞ、みたいに言ってたじゃん!?
俺もその言葉で――姉御に見捨てられたんじゃないかって、頭が真っ白になったんだよ。
もう、見捨てられるのは嫌だ……。
天心無影流の稽古を付けてもらえなくなった時のような……あんな疎外感は、二度と味わいたくない!
「美尊。あくまで選択肢として『こういう方向も有る』と提示しただけだ。シャインプロをクビにする訳ではない。在籍しながらスポンサー契約を受ける事も可能だからな」
「な、なんだ~! 良かった! 俺、また素質がないから要らないって、見捨てられるのかと……。もう、頭が真っ白になったじゃないっすか! 酷いですよ、姉御!」
「……まぁ、まだ正式オファーは来ていない。主な関係者が揃っているから、一先ずの報告だけだ。キチンと考えるのは、正式オファーが来てからで良い。だが、この国を離れる選択肢すらもあるとは、頭に入れておいてくれ」
姉御は軽く息を吐くと、再び表情を引き締め直して――口を開く。
「それでは、本題に移ろう。美尊と向琉、2人には今夜19時から兄妹でのコラボ配信をしてもらう。配信チャンネルは美尊のチャンネルで行うと、既にSNSで告知済みだ。今回、向琉はゲストという形になる。潜るダンジョンは2人で好きに選ぶと良い。開拓者ランクの関係上Cランクダンジョンまでとなるが……。こうして朝早く集まれたからな。移動の時間も確保が出来る。まだ美尊も足を踏み入れた事もないダンジョンを選択肢に入れても良いだろう」
ツラツラとメモも見ずに予定を告げてくる姉御。
この人は今朝、日本に帰って来たばかりで……他にも色々と仕事をしてたんだよね?
姉御はこの10年で、仕事魔神になっていたのか……。
「その、オーナー? 私は――このコラボ配信には強く反対です。今からでも撤回すべきです」
「ほう……。何故だ、川鶴?」
「何故って、オーナーもご存知でしょう? 今、オーナーがウチの公式アカウントから告知をして、反響がどうなっているのか。……オーナーが自ら『自分が独断で2人のコラボを企画し実行させた』なんて発言をしたから、ネットやSNSがどうなっているのかを!」
え?
どうなって――……。
いや、確かめる迄もないか。
唯でさえ、俺と美尊が一緒に仲良くするのには――配信中も批判的な声が多かったんだ。
そこで――俺の配信でもネット世論でも、1番批判の声を集めている姉御が、俺たちのコラボを企画実行させたなんて来れば……。
「……今、目も当てられないぐらいに大炎上中なんですか?」
「大神さん……。そうなんですよ。元々、美尊さんのファンを中心に、ご兄妹が仲良くされる事に批判的な意見が多かったんです。養子入りしていて、更に10年以上も離れていれば――男と女だ。美尊さんが大神さんのチャンネルにコメントをするだけで、アレルギーのように拒絶反応が出ているぐらいです」
「それは……はい。配信中にそんなコメントやり取りがあったのも、目にしています」
「それがコラボ配信の告知をしてから……お2人と言うより、オーナーに対する批判と苦情が殺到している状況です。シャインプロにも誹謗中傷や苦情のメールが来ています。……特にオーナーに関しては、通報レベルの危険発言が山ほど飛び交っている状況です」
「……お兄ちゃんと私が仲良くするの、嫌がる人が多いから。愛さん、こんな状況でコラボして良いの?」
「――構わん」
姉御はキッパリと断言した。
「本当に良いんですか!? 元々、大神さんへの言い掛かりのような借金に不平等な契約の件など、燃え盛る材料のバックボーンは山ほどあります! 既にオーナーが大炎上してる状況ですよ!? オーナーを弾劾する言葉がSNSのトレンド上位にランク入りしている状況なのに!」
「だから――構わんと言っている。今朝、省庁にも連絡済みだが……。既に私の金の出入りや諸々についても――東京地検特捜部は秘密裏に捜査を始めている。警察を一個飛ばし、特捜部が1から10まで、本格的に踏み込んだ強引な調査をするべきか事実究明をしている。向琉に関する背後関係も含めて、全てな」
「え!? 姉御、それって……ヤバいんじゃ!?」
それって……。
俺の借金がもしも詐欺だったら、姉御は容疑者として起訴されるって事?
被害者であるはずの俺が、何も訴えてないのに!?
「その上で私は――構わん。そう言っているんだ」
俺の言葉にも全く揺らがない瞳で、姉御は川鶴さんを射竦めた。
こんな恐ろしい姉御に負けじと意見する川鶴さんは――流石、若くして姉御が社長へと抜擢するだけあると思う。
俺よりも胆力があるんじゃないかな?
「それより配信者2人に対する批判の声は――コラボ配信をしていない現在、まだ少ないんだな?」
「それは……そこまでない、というか。オーナーを誹謗中傷するのがメイン過ぎて、ついでに叩かれているぐらいです。し、しかし配信が始まれば、お2人にも火の粉が――」
「――今回そうなるのは、織り込み済みだ」
「え……。オーナー?」
川鶴さんは――唖然としていた。
「オーナーは……ダンライバーの自主性を重んじつつ、子供の成長を見守り、試練と葛藤を乗り越えた堅実な積み重ねを第一にして来たじゃないですか? それで、どうしようもなくなったら――大人が犠牲になってでも導け、守れと。まだ新人だった私に、そう教えてくれたのは……オーナーでしたよね?」
「……ああ、そうだ。全て間違いなく、私が口にした言葉だ」
「……なのに、なんで所属ダンライバーが炎上するような手口を、使おうとなさるんですか?」
ポロッと、川鶴さんの頬を雫が伝い――机の上に落ちた。
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