第64話 自宅!――ビデオ通話!?
自宅へ帰ってすぐ、手早くシャワーを浴びた俺は――そのまま調理を始めた。
「まずは基本のカレーにチャレンジ! あらゆる調理も、基本からってね」
ダンジョンの中では切る、焼く、煮るで事足りた。
でもそれだけでは今後、ダンジョン飯で映える絵は撮れないだろう。
キャンプやサバイバル感を出す為に、簡単でいて少ない持ち物で作れる料理が最適だ。
カレーなら俺でも失敗なく作れそうだし、持ち込むのはルーや野菜だけで済む。……はずだ。
「姉御から送られた料理本、基礎から応用まで載ってて便利だな~。QRコードを読み込めば動画にも飛べるし。これは良い物をもらった」
早速、食材や器具を用意して、スマホで動画を視ながら調理をしていく。
野菜の皮むきとか、下準備は神速で終わらせる!
ほうほう、人参やジャガイモみたいな芯がある硬い物は、1回レンジで温めると火が通りやすい。……これは現地では使えないけど、まぁ家でやる分には良いでしょう!
「沸騰させたお湯に野菜をぶっ込んだは良いけど、煮込んでいる間は暇だなぁ……」
そう思いながら脳内で戦闘のイメージトレーニングをしていると――。
「――うおっ! スマホが……え? 美尊から、ビデオ通話?」
キッチンに置いていたスマホが突如として着信音を発し、ディスプレイを見ると――それは妹の美尊からの着信だった。
そうか……。
直接会えなくても、ビデオ通話を使えば顔を見て話せるじゃん。
俺は今日のリモート会議をしていて、なんで気が付かなかったんだろう……。
自分の脳味噌はジャガイモサイズかもしれないと嘆きつつ、通話を繋ぐ。
「も、もしもし?――おお、美尊だ! ヤッホ~!」
『お兄ちゃん、聞こえる?』
うわぁ~。
美尊がパジャマ着て手を振ってる……。
ブカブカの上衣はボタンが随分と下にあり、スマホに向けて手を振ると、なんかもう……胸元が見えそう。
ハーフパンツも大きくて下着が見えそうだし……。
ちょっと、その装備は防御力が足りないんじゃないかな?
可愛いけど、お兄ちゃんとしては心配になっちゃう。
「み、美尊? その……パジャマがセクシー過ぎない?」
『そう? これぐらい普通』
普通なのかぁ~……。
そう言う物なのかもしれない。
服の流行だって10年でかなり変わっただろう。
ましてや美尊はオシャレをしたい高校生なんだ。
誰かに見せる訳でもないパジャマなんて、防御力は気にしなくて良いのかな?
『それより、お兄ちゃん。色々とごめんなさい』
「え!? なんで美尊が頭を下げるの!? 何をされたのか分からないけど、謝らないで良いから!」
『でも――』
「――美尊に1万回『ごめんなさい』って言われるより、1回の『ありがとう』を言われる方が俺は嬉しいから!」
『……分かった。これ、美味しかった。本当に、ありがとうね』
スッと美尊がビデオ通話画面に映し出したのは――俺がプレゼントしたマンゴー味のフローズンドリンクだった。
「今もマンゴー味が好きかは分からなかったけど……。迷惑じゃなかった?」
『迷惑な訳がない。嬉しい。……本当に、涙が滲むぐらい、嬉しい』
声は単調だけど、確かに美尊の瞳は――潤んで輝きが増して見えた。
『お兄ちゃんが生きててくれたから、こうやってお土産をもらえる。……それだけでも、凄く嬉しい。本当に、ありがとう』
「また黒字が出たら、お土産を届けてもらうからね。今の美尊が好きな味、教えてよ」
『全部』
「参考にならない」
思わず、ぷっと笑ってしまった。
『……お兄ちゃん、料理してるの?』
「ああ、うん。ダンジョン飯もさ、コメント欄で色味がなくて汚いってコメントが多かったから……。まずはカレーから練習しようと思って」
『……私も一緒に作りたい』
そう言う美尊の目線は――床を向いていた。
自分でも叶わない願いだと分かってるんだろう。
「それは……ね。俺だってそうだよ。今日も頑張ったけどさ……。いつか皆に美尊との仲を認めてもらえるようになったら、その時は一緒に作ろう?」
『それ……いつになるの?』
「…………」
美尊の問いに――俺は答えられなかった。
川鶴さんには、まだ4日だと強がっていたけど――好転するビジョンは見えない。
そんな策略もない。
ただ粘り強く続けて行く事で認めてもらう。
いつになるのかなんて、分からない……。
或いは――一生認めてもらえる日なんて、来ないのかもしれない。
美尊は既にアイドル開拓配信者として人気で、俺だって今日……同じアイドル開拓配信者の道を本格的に歩み始めてしまったのだから。
むしろ――活動を頑張れば頑張るほど、目標からは遠ざかる可能性だってある。
『……ごめん。困らせちゃう事を言った』
「ううん、良いんだよ。俺……情けないお兄ちゃんで、ごめんな?」
『そんな事はない。発言は情けない時があるけど、それはお兄ちゃんなりの処世術だってダンジョン飯の時に語ってた話で納得した。やってる事は前代未聞で……凄く格好良い』
美尊に格好良いって言われた!?
跳ね回りたいぐらいの喜びが全身を迸るんだけど!
『身内としては、危険すぎて心臓がキュッてなるけどね』
「それは、ごめんなさい。今日のタイムトライは、俺のイメージソングの為に動いてくれていた人たちに恩返しをしたい。最高のお披露目をしたかったから……。あんな無茶は、そんなにしません」
『でも……タイムトライが無ければ、まだ余裕そうだった。お兄ちゃんの強さ、傍で学びたい。私がお兄ちゃんの背中を預かれるぐらい、強くなりたい』
「それはもう、天心無影流の修行をすれば直ぐじゃないかな? 美尊が戦闘する動きも動画で視たけど……。美尊はマルチに動けて、素質が俺より高そうだと思うから」
『そうなの?』
「うん。……俺なんて、素質がなくて破門同然だったからね」
今でも思い出す。
人生で1番辛かった瞬間。
白星を抜けず――ジジイに見放され、道場にも入れず、天心無影流の稽古もつけてもらえなかった日々。
皆が武術の稽古をしている時間――俺はジジイから、いない者として扱われた。
あれは……辛かった。
偶に寝込みや油断をしていると襲撃してくれる姉御や兄弟子たちが――救いだった。
襲撃が救いってのも、変な話だけどさ。
『ごめん……。私の為に、お兄ちゃんが』
「美尊。お兄ちゃんが妹の為に自分を犠牲にするのは――当然なんだよ? だって自分の事よりも、大好きなんだから」
『……私だって、お兄ちゃんが大好き』
あ、ヤバい。
胸がキュンってした。
幸せが心臓から全身を流れていく。
足下がフワフワとするんだけど、無意識に神通力を使って空飛んでないかな?
『……ウチのカレー、覚えてる?』
ウチのって……伊縫家の?
ああ、そう言えば……。
微かに味を覚えてるような……。
鮮明に覚えてるのは、小っちゃい美尊が机にカレーを零しながら美味しそうに頬張って……。
それを見て困ったように笑う母さんや父さんの顔ばかりだ。
『野菜を煮る時、お湯に蜂蜜を入れるの。サラサラだけど、甘く仕上がってね。好きだったなぁ……』
「……オッケー。再現してみる」
確か、姉御からもらった巨大段ボールの中に蜂蜜も入っていた。
早速、これぐらいかな~って量を鍋に入れる。
『……ずっと、こうして顔を見てたい。凄く安心する』
俺が鍋で具材を煮込んでいる姿を視ながら、美尊はそんな事を呟いた。
やや声が籠もって聞こえ――視れば、ベッドへ横になっている。
『お兄ちゃん?』
「な、なんでしょう?」
『……大好き』
「…………」
ほわ!?
なに、この可愛い生き物?
実の妹が可愛すぎて胸が苦しい!
ヤバい、これはヤバい!
狼狽しながらスマホを見れば、そこには――。
「――み、美尊?」
『……何? お兄ちゃん』
そんな甘えた声を出しちゃ、ダメェエエエッ!
言え、俺!
負けるな!
「――もう0時を超えたから、ずっと見てるのはダメ。早く寝なさい」
『…………』
あれ?
美尊が目を見開いて固まった……。
でも映像は動いてるし……ミュートか?
『……お休みなさい』
「あ、お休み!」
ビデオ通話画面が切れる前、最後に映った美尊の表情は――少し不満そうだった。
うわぁ……。
寝るように指図されるのは、自由を侵害されてるみたいで嫌になるかな?
でも俺は今、美尊の保護者も同然!
毅然とした態度で注意しなければ!
「……明日、このカレーを美尊に差し入れしてくれるよう川鶴さんに頼もう」
お兄ちゃん、美尊のご機嫌取りもしないと……悲しい。
嫌われるのを怖れずにバシッと注意が出来る保護者って、凄いな。
「あれ? スマホが……」
着信音を鳴らしたスマホを視ると、今度は姉御からのメッセージだった。
「……え?」
そこには――『連絡が夜遅く急になって本当に済まないが、準備が整った。明日の土曜日に、美尊と向琉のコラボ配信をやってもらう。ついては打ち合わせを行いたいので、起きたら2人の都合が良い時間を教えて欲しい』と書かれていた――。
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