第3話 何度も見た夢
ああ、これは夢だ。
直ぐにそう分かった。
『――向琉。そ、その刀……どうした?』
『オジィ――師範! ごめんなさい。なんか呼んでたから、道場にある神棚から降ろしてあげたんです』
だって――死んだジジイと、幼い頃の俺が要るんだから。
もう何度も何度も、繰り返し見て来た夢。
真っ暗闇の洞窟――ダンジョンの中で、数え切れない程に見て来た地上の夢だ。
『呼んでいた、じゃと?……お前、その御神刀を持って、何ともないのか?』
『御神刀? 白星の事? うん、なんともないですけど……』
『名前まで……。――向琉、その刀と話せるのか?』
『うん。お姉さんの声が頭に響きます。なんかテンション高いですね!』
『……ちなみに、刀を抜けるか?』
『ん……。ダメ、錆びてるんですか? 鞘からは抜けないです』
『……そうか』
ジジイは、しばし俺を見つめた後――。
『直ぐに御神刀を神棚へと戻せ。あそこは神域――封印の場だ』
『え、はい……』
普段はヘラヘラとしていて、偶に血塗れになって帰って来るジジイ。
そんなジジイが、どんな傷を負った時よりも――剣呑な表情を浮かべていた。
俺は怯えながらも刀を神棚に戻し――白星の声は、途端に聞こえなくなる。
『向琉。――貴様を天心無影流の後継にしようと引き取り、今日まで育てて来たが――ワシはもう、何も貴様に教えん』
『え……』
『もう、天心無影流とは関わるな』
『な、なんでですか!? 俺、期待を裏切りましたか!? どんな山でも洞窟でも走ります! 武技の鍛錬も、もっと頑張りますから――』
『――もう良い。お前には才能が無い! 母屋へと行け! 勉強でもして来い!』
ジジイが一喝し、俺を道場から追い出した。
まだ小学校5年生――10歳ちょっとの頃だ。
跡継ぎの関係で、3歳から道場で鍛錬を受けていた俺が9歳後半に伊縫性を捨て、大神家へ養子入りしてから――僅か1年も経たないぐらいの頃だ。
7年間、俺は天心無影流の門徒となり、流派を残して行けるようにとジジイの指導を受けてきた。
自分なりに頑張ったつもりだけど――この日、俺は当主であるジジイに見放された。
後に調べて分かった事だけど……多分、家宝でもある御神刀、白星を抜けなかった事が原因だ。
素質が無いと判断されたんだと思う。
でも――諦める事は出来なかった。
門下生がたったの5人しかいない、小さな流派だ。
どんな武器だろうと使い、『世の為人の為、何時いかなる時でも、守りたい人を護る力を得ろ』という実戦的で古くさい教え。
常在戦場。寝ている時に師範や兄弟子、姉弟子に攻撃されたり……油断は片時も出来なかった。まともな修行じゃない。それは流行らないはずだ。
そんな日々が苦しくもあり――日に日に強く力を付けられるのが、楽しくもあった。
それからは道場には入れてもらえないから、蔵にある巻物を読み漁り、自分で実践したり。
師範代となった姉弟子が、地域の公民館で子供たちに武道を教える稽古という名の金稼ぎ覗き見たり。
そして――師範が他の弟子をしごいている所をバレないように盗み見たり。
兎に角、いつか師範に認めてもらえるように、と我武者羅に己を鍛えていった。
そんな日々が続いた――15歳。
俺が高校1年生の春、その事件は起きた。
『――ジ、ジジイ!? どうしたんだ、その傷は!』
這々《ほうほう》の体で、ジジイは道場へと戻って来た。
滴り落ちた血が道を濡らし、衣服は真っ赤に染まっている状態。
『道場に、入るなと……いや、逃げろ。母屋に逃げろ、向琉』
ジジイが居ないからと、隠れて道場で練習していたけど……。それを咎められるより、焦るように逃げろと告げてきた。
理由は――直ぐに分かった。
『ぇ……。り、龍!? ば、化け物……』
黄色い龍鱗にトカゲのような顔、4本の足。体長20メートルはある、東洋のドラゴンのようなモンスターが――道場の外からこちらへと飛行して来ていたんだ。
俺は情けなくも、その圧倒的な威圧感と眼光に腰を抜かしてしまった。
『ぐ……。御神刀……白星様……』
ジジイが神棚まで這って行き、神棚に手を伸ばすが――飾られている太刀を手にする事なく、腕を引っ込める。
その時、フッと微笑んだジジイは――一体、何を思っていたんだろうか。
『……我が命、魂を捧げ、ここに結界を敷かん』
ジジイがそう呟くと――家の、道場の敷地を囲うように膨大な神通力を感じた。
修験者にして武芸者が太祖である天心無影流技を、半端にしか修めていない俺でも知覚できる、強い力を持つ結界だ。
それはそうだ。――限界を超えた神通力を出す為に、ジジイ自身の魂を捧げたんだから。
『――ジジイ!』
結界の外で暴れる龍に怯えながらも、俺がジジイを抱き起こすと――ジジイは、目を僅かに開いた。
『……向琉。人の世に生き、人に愛され、人を愛する存在に、なれ……』
その言葉を最後に――ジジイは事切れた。
そっとジジイの亡骸を横たえても、結界は消えない。
むしろ最後の一滴まで吸い取った魂を燃やすように、結界の強度が増しているのが分かる。
『――トカゲ、お前が、お前がジジイを……』
憎しみに支配された俺は――御神刀を手に取った。
――今のお主に、妾が抜けるか? 悔しいんだろ? やってみろ。
『やってやる。……抜けろ、抜けろよぉおおお!』
本当にこれは――抜ける造りなのか? 元々1つなんじゃないのかと真剣に思う程に硬い。
――ほれほれ? そんなものか? 神通力を込めてみよ。
煽るような白星の声に、俺の負けん気は更に刺激され――。
『あの龍を、斬る! その為に白星!――お前の力を、俺に寄越せッ!』
そうして――刀身の僅か5分の1程度まで抜けた。俺に出来たのは、そこまでだった。
――ほう……。
呻るような白星の声。
異変は――更に続いた。
『じ、地震!? いや……なんだ、この異常に暴走した神通力……。ち、違う。自然の力だけじゃない、混ざり物の――謎の力が……大気で、大地で蠢いている!?』
天心無影流が学ぶ、山岳や洞穴と一体化して得る神通力ではない。
もっと悍ましいものが満ちていくと知覚した直後――世界は暗闇に包まれた。
自分が地中深くへと落下している。
地盤沈下か何かで落ちていくというのは――視界から消えて行く龍、そして割れた大地を目にして理解出来た。
結界の張られた道場の敷地ごと地下へと落ちていき――次に気が付いた時には真っ暗闇だ。
それ以来、光は――自分で発生させられるようになるまで、目にする事が出来なかった。
生き別れた妹と再開する、あの時まで――。
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