第139話 花壇、花園、百合、薔薇?
臨時講師生活4日目の昼休み――食堂へ向かう途中だった。
「――お兄さん先生。お昼を食べ終わったら、少しお時間いただけませんか?」
「ん? 良いよ?」
すっかり涼風さんにも慣れて来た。
美尊と深紅さんは戦闘談義で盛り上がっていて、こちらの会話は聞こえていないようだ。
涼風さんが声を潜めていると言うのもあるかな?
他の人には聴かれたくない話だろうか?
「じゃ、ご飯を食べ終わったらメッセージした場所へ来てください。……バレないように」
「オッケー」
その後、直ぐに送られてきたメッセージには、『中庭の花壇前』と書かれていた。
年頃の娘たちだもんね。
仲良い娘にも聴かれたくない、講師への相談だって――そりゃあるだろう。
もしかしたら……深紅さんの家庭事情に関する話かもしれない。
この4日間、3人と関わる時間が多かった。
その中で思ったのは、やっぱり涼風さんの2人をよく観た中和的な役割とサポートが3人の開拓者を、トワイライトと言うパーティとして纏めている。
改めて、そう認識した。
だからこそ――今、旭プロ関連で不安定な状況にいる深紅さんの相談を、大人にもしたいのかもしれない。
食後。
美尊にもバレず、俺はシュッと姿を消して――中庭の花壇前へとやって来た。
「低いところには秋桜やマリーゴールド……。高い視点の木々《きぎ》には、椿。……綺麗だなぁ。花は良い、綺麗で好きだ」
地下深いダンジョンには、花がなかった。
無理やり光魔法を使って生やした苔だけだ。
心地良い香りを楽しんでいると――。
「――お兄さん先生、お待たせしてすいません」
ふわりと、柔らかな花の香りを乗せた風に髪を靡かせながら、少女はやって来る。
風に舞うインナーカラーの淡い緑、そしてエメラルドのように輝く瞳が――花壇という場にはマリアージュしていると感じられた。
「いや、俺も今さっき来たばかりですから」
「ふふっ。お兄さん先生が消えたって、深紅ちゃんも美尊ちゃんも大騒ぎでしたよ?」
「う~ん。俺程度の速度は、目で追えるようになってもらいたいっすね」
「それは、厳しいですね……。急にお呼びして、すいませんでした。どうしても、お兄さん先生に直接お話したい事がありまして……」
もじもじと手遊びをしながら、涼風さんは呟くように言う。
まるでこれから恥ずかしい話でもするように、新雪のようにきめ細やかな頬を染めていた。
「俺に話……ですか?」
「は、はい。あの……」
何かを口に仕掛けた所で、涼風さんは息を飲み黙ってしまう。
ギュッと胸の前で拳を抱える手は……震えている?
「そんな怖がらないでください! 大丈夫ですから!」
「お兄さん先生……」
深紅さんの事なら――もうガッツリと関わる覚悟は出来てますからね。
面倒事に巻き込むのが心苦しいとか、そういう事を思う必要はないんですよ。
「ありがとう、ございます」
深紅さんが家庭内暴力を経験して来たと姉御から聞いた時には、もう――俺に出来る協力はガッツリとするつもりでしたよ。
だから、そんなに怖がらなくて大丈夫!
「実は――私、百合と薔薇が好きなんです」
ザザァッと、風が草花を撫でた。
花に混じる腐葉土の香りが鼻を突く。
そっか……。
いきなり本題だと、話しにくいもんね?
「あ、はい。俺も好きですよ?」
「ほ、本当ですか!?」
「うおっ、距離近っ!? は、はい! 美しいですよね。こう、癒やされると言うか……」
「分かりますか!? 分かってくれるんですか!?」
「え、ええ。あまり実物を見る機会には恵まれなかったですけど……。甘くて柔らかく、朗らかな香りがしたのを覚えてます」
「か、香り!? 見る!? ああ、上級者……。これが大人……」
顔を真っ赤にして、クラクラとしている。
どうしたんだろう……。
様子がおかしい。
そんなに花を見る機会に恵まれなかったのかな?
季節的に、今の時期は百合や薔薇の開花時期じゃないもんね。
「よろしければ今度……時期を見計らって那須さんも見に行きます? 姉御と美尊、旭さんも誘って」
「夢の花園!?――ああ、推しカプがダブルで揃って、私はもう……」
そんなに嬉しいのかな?
涼風さんは呼吸が上気して、目が遠くを見ている。
「で、では! お兄さん先生の推しカプは!?」
「推しカプ?」
そう言えば……前にも登校中にそんな単語を口にしてたっけ?
結局、忙しくてその単語の意味を調べられてないや。
でも察するに――花関連の単語かな?
「は、ハスカップは、個人的にあんまり……」
「そうでなく! お兄さん先生は何×何の属性が好きとか!?」
「顔、顔が近いっす!」
鼻息が荒い!
話の枕に花の話をふったとかじゃないの!?
熱量が話の枕ってレベルじゃないってぇえええ!
「えっと……あれ? もしかして、話が通じてません?」
「う、うんと……多分?」
「……ちなみに、私の推し百合カプは『尽くし攻め深紅ちゃん×クール受け美尊ちゃん』のすれ違いなんですよね」
「ほ、ほう?」
どうしよう――何を言ってるのか、全く分からない。
突く?
攻め?
クールに受ける?
武術の話かな?
「ど、どちらかと言うと、突いて攻めるのは槍使いの美尊かと……」
「……あ、これは本当に通じてないや~つですね。カップリング……」
「は、はぁ……。すいません」
カップリング?
組み合わせって事だよね?
なんでここで、組み合わせ?
どうしよう。
涼風さんと会話してると……脳内を疑問符が埋め尽くすんですが。
「兎に角、私はトワイライトというパーティで……後ろから2人を観察しているのが好きなんです。深紅ちゃんの尽くした立ち回りや言動を、何処か冷静に受け流しているように見える美尊ちゃん。それでいて戦闘中には深紅ちゃんを良く観てフォローする立ち回りを美尊ちゃんはするんだから、興奮するんですよ。――でも熱々にはなりきらない……そのヤキモキ感がもう! 堪らないんですよ!」
「開拓の話なの!? なんなのか分かんない!――誰か助けてください! もう堪らないんですけど!?」
自分の世界に入り、興奮に頬を染め腕を広げていた涼風さんが――ハッと、正気に戻ったような顔をした。
「す、すいません! 私ったら、つい……。こんな事はオーナーやマネージャー社長に話せなくて。最近増えた推しカプの方は、美尊ちゃんと深紅ちゃんに話したんですけど……。当事者である2人に話したら……引かれて今の関係を崩しそうで、怖くて」
そう、かなぁ?
良く分からないけど……これだけ情熱的に語られるのは、凄く好きな証拠でしょ?
「語れるのは、本気で観ていて好きな証だと思いますよ? だから多分ですけど、平気じゃないっすかね?」
「そ、そうですか?……ちなみに最近、私の中で急激にグングンと伸びてるのが『ヘタレ攻め向琉×強気受け男性化大宮愛』ってカップリングなんですけど……。どうですか?」
急に真顔になって迫らないでくれます!?
メガネがギラついてるんですが!?
この上なく真剣そうな声のトーンをされても、意味が良く分からない!
「どうですかって、どうなってんですか? なんか姉御が男になってるんすけど……。な、なんか背筋がゾッとしました……」
「……やっぱり、そうですよね。理解されない趣味――ってそうじゃなくて!」
話が脱線したとばかりに、涼風さんは首をふる。
なんで少し残念そうだったんだろう……。
姉御が男にならないとダメな何かがある、のかな?
「それだけ深紅ちゃんと美尊ちゃんを観ている私だからこそ……ですね? 最近、お兄さん先生への恐怖……いえ、今は焦燥感ですかね? それと旭プロ関係者が起こした責任を感じて追いこまれてく深紅ちゃんと、どう接すれば良い方向へ迎えるか、相談したくて……」
やっと本題に入った。
と言うか……。
え?
旭プロは分かるけど――俺も原因なの?
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