第114話 天心無影流姉弟が舞う、死のワルツ
波濤のように押し寄せるモンスターの群れに、血の華を咲かせる。
「はぁッ!」
「…………」
ビリビリと肌を突き刺す殺気。
そして闘気。
一呼吸する度に、神経が研ぎ澄まされていく。
やがて渦のような魔力の流れも――掴めて来る。
「そこッ!」
相手の踏み寄る地に――姉御が無言で蹴った岩を滑らせる。
足場から体勢が崩されたモンスターの――魔石が何となく魔素の集約点として見える。
抜き手で魔石を取り出せば、魔素となりモンスターは霧散。
霧の後ろからは、瞬く間に次のモンスターが迫って来る。
今度は俺が腕に垂れた汗を薙ぎ飛ばし――水魔法で増幅する。
最も避けるのが難しい液体を浴びて一瞬、目を閉じたモンスターへ姉御が踏み込むと――神速の双剣《そうけn》が敵の肉を切り裂く。
人型のモンスターは、俺たちにとって最も戦い易い。
竦んでいた相手が俺たちがワザと作り出した隙に誘われ、意を決して踏み込めば――俺たちは、相手が踏み出したい間合いより更に一歩距離を詰める。
「…………」
最も得意とする間合いを外され動き難そうにしている隙に、モンスターは討ち果たされる。
姉御とは――なんて連携が取りやすいんだろう。
今なら、この2人でなら……どんなモンスターにも、負ける気がしない。
〈うおおお!〉
〈すげぇ、美しい。これがAランク開拓者同士の連携……〉
〈↑姉御はな? あたおかはDランクだぞ、一応なw〉
〈姉御、マジで傷だらけになりながらも死闘を止めない。機械のようだ〉
〈速すぎて見えないけど、遠くの敵からの魔法もレジストしてる? ヤバ……〉
〈凄すぎて言葉が出ない。火炎放射器とか爆撃並の攻撃が簡単に受け流されて、2人に潰されていく……〉
コメントからも感嘆の声が溢れている。
ああ、本当に……。
スポーツ、ゲーム。
ありとあらゆる場面でそうだろう。
真に素晴らしい連携が決まると――言いようのない心地よさを覚えるのは。
「姉御と踊る死のワルツ……。昂ぶる!」
極限の集中状態にあって、疲れも何もかも忘れる。
不謹慎ながら――楽しい。
時間の感覚を忘れてしまう。
150体以上もいた、正にモンスターと呼ぶに相応しい力を持つ存在たちは――あっという間に駆逐され、魔石へと姿を変えていった。
あっという間に死のワルツが終わり、辺りを見渡せば……周囲に立つのは、俺たちのみ。
どれ程に神経を研ぎ澄ませようと――姉御以外の息づかいは聞こえなかった。
「……向琉」
「は、はい! 姉御、お疲れ様でした!」
やっと瞳に色が戻った姉御が、荒い息で俺に視線を向ける。
その双眸には、爛々《らんらん》と剣呑な光りが宿っていた。
それは、戦の直後で殺気が全身を纏っているからだろうか?
それとも――。
「――何故、貴様がここにいる!?」
「……ぇ」
姉御の怒声が、洞窟内へ木霊した。
「一攫千金を狙い、混乱に乗じてAランクダンジョンへと来たのか!?」
「い、いえ……。俺は唯、姉御が心配で……。そんな、金目的では……」
「私の心配だと? 貴様に持ち場を伝えた私こそが愚かだったよ。……だが、本当に私の心配が理由か? 貴様は莫大な借金がある。私が死ねば、貴様にとっては僥倖だ。ルールを破ってでもAランクダンジョンへ潜ったのには――もっと別の理由がある。そうだろう!?」
姉御は――何を言っているんだ?
思わず、反射的にそう言い返しそうになったが――姉御の瞳を見て、口を噤む。
阿吽の呼吸で戦ったばかりだからか……姉御の真意が伝わって来る。
よく考えれば――言い様が余りに変だ。
借金なんて返す必要なんてない。気にするな。
そればかり言っていた姉御が――敢えて、借金を背負っているだろうと口にする?
そこまで考えた所で――思い至った。
今、この瞬間は――ドローンで配信されている。
だから、この状況で姉御が引き出したい答えは、きっと――。
「――違います。俺は姉御の為でも、金の為に潜ったのでもありません。……唯、俺にはAランクダンジョンで戦う力がある。モンスターが地上へ溢れ出して、民間人に危害が加わる事態は見過ごせませんでした」
これだ。
姉御は、自分では頼りなく守り切れなかった可能性もあると示唆して……。
国民を守る為に仕方なし。
大義の為に、やむを得ず俺はルール違反を犯した。
そういう体裁を――配信で流したいんだ。
また自分が悪役になる物言いをして……ルールを犯した俺を守ろうとしてくれているんだ。
「……成る程。確かに、な」
ほら、正解だ。
顔は厳めしいけど――瞳が物語っている。
良く言った。
偉いぞって……。
「2カ所目のAランクダンジョン、流石の私も、モンスターを討ち漏らし地上へ突破される危険性があった。異常な迄の同時スタンピードによる高ランク開拓者不足。……貴様はその尻拭いをしてくれた、という訳だ」
なんでそんな、咎めるような口調なのに……嬉しそうな輝きを宿す瞳が出来るんですか?
このままでは、姉御はまた……世間から叩かれるというのに。
やっと少し、炎上から回復して来ているのに……。
あんなストレスで痩せこけた姉御を見るのなんて、もう御免ですよ……。
「しかし、ルール違反はルール違反だ。……ここで防衛省ダンジョン庁長官として、罰金とする事を言い渡す。……文句は無いな?」
「……はい」
ああ、成る程ね……。
2度目のルール違反。
しかも今度は――注意を無視した、意図的なルール破り。
美尊みたくトラップを踏んだからと、割安の罰金になる訳でもない。
下手をしたら――開拓者資格の一時剥奪や降格も有り得るだろう。
そこを、国民を守る為という大義名分で――無理やり罰金の罪で確定させる。
それを敢えて、配信で流したのか。
「……ん? まさか、配信を流していたのか? 直ぐに切れ!」
白々しく、今になって気が付いたかのように言う。
姉御……。
俺は、そんな悪役として地位を確立していく姉御なんて――辛いですよ。
「……はい、切ります。皆さん、そう言うことで……失礼します」
俺は自分の配信用ドローンのカメラを切り、ディスプレイの電源も落とす。
そうして、左腕の配信リンク式腕時計を操作する。
「姉御、配信は切りました」
ドローンカメラが明滅していた動きを止めているのを指差し、姉御に告げる。
姉御は満足そうに頷き――それまでの厳めしい表情から一転、微笑みを浮かべた。
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