第106話 柔軟な観察者にして被害者だからこその策
白星、か。
この執務室に来てから、何度か話が出ているのに沈黙を保ち続けている。
地下ではお喋りだと思っていたから……珍しい事だ。
事前に黙る理由を聞かされていなければ、そう考えていただろう。
「なんか――今は地上へ上がれたから人との縁を結ぶ時期だから、と。自分とは地底で沢山話したから、なるべく黙っておくという方針にするそうです」
「ほう……。流石は、大妖でありながら荒神様と祀られた御方。御立派な考えだ」
姉御、やけに白星の評価が高くない?
あれかな。天心無影流の師範代だから、伝来の御神刀に敬意を抱いている的な?
そんな必要、無いと思うけどなぁ……。
「ご立派なんですかねぇ? なんか姉御にもらったパソコンとかスマホに、勝手にゲームをインストールして遊んでるらしいんですけど? 家帰るとパソコンが勝手に起動してますし……」
「ネット回線にも通じているのか? 一体、どんな存在なんだ……」
姉御は、頭が痛そうに抱えこんでしまった。
そりゃそうよね。
太刀としての実態はあるし、どうやら魔素で構築される存在みたいだけど……。
ダンジョンなんて有るはずもない平安時代以前から存在していた、限りなくモンスターに近い何か。
その上、ネット回線にまで侵入する術を持った自称天狐なんだから。
どうなってるんだなんて……理屈や科学で考えるだけ無駄な、デタラメ存在な気がする。
「まぁ良い。それより、明日の事だ。川鶴は非開拓者だからな。避難するように説得しておいた」
「それが良いですね。万が一の為にも」
「この後、向琉をここまで迎えに来るとメッセージがあったぞ。……向琉からも、説得してくれ」
「え? 俺も説得? まさか川鶴さんが、姉御の指示に逆らったんですか?」
「ああ……。早朝に開拓者を送り届けた後は、事務所スタッフの全員を半休扱いにして避難するように告げたんだが……。『休み扱いなら、その時間に何をしてもオーナーに文句を言われる理由は無いはずです』と理論武装して聞かなくてな。……全く、誰に似たのか」
姉御じゃないですかね?
川鶴さんは姉御を尊敬して、そのやり方も学んでいるらしいから。
崇敬のように言われたままの深紅さんとは、応用力と抵抗が違うのかもね。
その後も暫く姉御と他愛もない世間話に花を咲かせていると、川鶴さんが迎えに来てくれた。
「オーナー、お疲れ様です」
「ああ、今日はトワイライトの面々も送迎だったか?」
「はい。無事に配信を終え、寮と自宅に送り終えました。後は明日への英気を養うそうです」
「そうか。……目元のクマが少し減ったな。フレックスタイム制度は身体に合っているか?」
「はい、お陰様で! 社長業務の一部はオーナーが手伝ってくれていますし……。ご配慮、心から感謝します! この間、数年ぶりに友人とランチ行けたんですよ!?……結婚式に出席が出来なかった事に、嫌味を言われましたけど」
俺と姉御がサッと顔を逸らしてしまう。
今の川鶴さんから立ち上る負のオーラには、触れてはいけない。
姉御なんかは、雇用者側で結婚式に参列させてあげられない原因を作っていた側だからか……頬に汗が伝っている。
「大神さん、お待たせして済みませんでした。今日の配信は、どちらのダンジョンへと向かいますか?」
川鶴さんは、今日の俺の配信場所をどうするか聞いてくる。
そう言えば……事務所で開拓配信者の配信が被らないように時間を調整してくれているんだったか。
そんな調整をしてくれているのに、土壇場で言い辛いけど……。
「すいません、実は急遽なんですけど……。明日のタイムトライアルに備えて、下見に行きたいんですよねぇ~。だから配信は急遽、お休みを頂いて……5カ所ほど、Cランクダンジョンを回りたいんです」
「ご、5カ所ですか!? え、どういう事です!?」
俺がダンジョン庁とギルドの共同声明で依頼をされていた内容は、姉御から聞いてなかったのか。
姉御の口から、改めて川鶴さんへ説明してくれる。
300体のモンスターを移動も含め10分で倒し終え、次のダンジョンへ到着の繰り返しは厳しい。
その旨を説明すると、川鶴さんは眉根を寄せて黙り込み――。
「――あの、それなら……こう言うのはどうでしょう?」
恐る恐るといった様相で、提案を口にした。
成る程、素晴らしい!
その手は盲点だった……。
とは言え、かなり漠然としていて弱い部分もあるので……。姉御と一緒に具体案を練って行くと、「それなら実現可能性が増す」と姉御から太鼓判をもらった。
姉御に太鼓判をもらえたなら、もう安心と言っても過言ではない!
「それではな、向琉。明日は任せたぞ。……口惜しい事に、私もフォローアップへと回る時間はないだろうからな。万全を期して、準備を終えたら早く休めよ?」
「はい! 姉御は、まだ帰らないんですか? 明日は東京と日光で……しかもAランクダンジョンを2つ担当ですよね?」
「……感情が昂ぶって眠れそうもないからな。朝まで仕事をして神経を研ぎ澄ますさ」
それ、単純に仕事に追われてるだけですよね?
今日は土曜日ですよ?
まぁスタンピードを前に忙しいのは、当然なんだろうけど……。
そんな忙しい中、何時間も俺と談笑してくれるなんて……良かったのかな?
「それはなんというか……。姉御も、ご無事で! なんかあったら呼んで下さい!」
「弟弟子に心配されるとは、な。……必ず無事に戻り、また話そうじゃないか」
「はい! それでは――行ってきます!」
俺は元気に姉御に手を振ってから、川鶴さんと執務室を後にする。
1度部屋を出た振りをして、ヒョコッとドアから姉御の人には見せない疲労感を覗うと「早く行け」と軽く叱られた。
俺の行動は読まれていたのか、足音で気が付いたのか。
神経を研ぎ澄ませているというのは、本当なのかもしれない。
なんにせよ、俺は己の成すべき事を先ずは成すのみ!
その後、川鶴さんと具体策を更に煮詰めながらダンジョン各所を回った――。
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