第100話 エレガントっすわ
「お、大宮愛……。何故、貴様がここに……」
呻るような言葉を口にする旭柊馬。
旭鹿奈も姉御を見ると、一歩たじろぎながら忌々《いまいま》しそうに表情を歪めている。
「貴様らと一緒だ。ウチの大切な所属タレントが、SNSに写真をアップしているのを目にしてな。近くに居たのでよもやと様子を見に来たが、どうやらその選択は正解だったらしい」
姉御は鼻で笑った後、そう言った。
「姉御……すいません」
「愛さん。ご迷惑をおかけします」
元はと言えば、俺たちがSNSに写真をアップしたのが原因だ。
俺と美尊は、2人して姉御に頭を下げる。
「SNSに写真をアップするなとは言わない。――だが、店を出てからにしろ。厄介なファンや、こういった連中が寄ってくるからな」
こういった連中、という部分を殊更に強調して姉御は注意を促す。
もしかして、旭プロダクションの社長と副社長と姉御は……仲が悪い?
同業他社だからかな。
いや、もっと根深い何かがありそうだ。
俺から見ても正直――社長の旭柊馬さんは、かなり口達者で信用が置けない人物だと思う。
同業他社として接して来た姉御なら、もっと思う所があるのかもしれない。
「旭プロの。2人が望むのなら、移籍は自由にして良い。違約金も要らん。……そう思い黙って見ていたが、結論は出たらしいな。それならばこれ以上、兄妹の絆を深める邪魔をしないでもらおうか?」
「ぐぬぬ……。まだ、まだです! 心変わりがないとは言い切れませんよ! 交渉はこれから――」
「――私が大人しいウチに、引いておけと言っている。……私の邪魔をするなら、幾らでも相手になろう。だが、この2人の時間をこれ以上、邪魔すると言うなら……私も本気になるぞ?」
こ、怖い!
姉御の眼光は普段から鋭いけど――ここまで心臓から凍てつくような瞳は、初めて見た!
「し、仕方ないですね……。出直すとしましょう!」
「ご、ごめんあそばせ!」
逃げるように去る2人も、生まれ立ての子鹿のように足が震えてる。
なんか、逆に可哀想になってきたな……。
「――娘の事は、何も触れず逃げ去る、か……」
ボソリと呟いた姉御の声が、妙に耳に残る。
娘……旭という名字。
もしかして、旭深紅さんは――あの2人の実子?
そんな事、一言も言ってなかったけど……。
顔も似てないし、移籍も俺たち2人でと言っていた。
これがトワイライトごと移籍させたいって話なら、まだ分かるけど……。
娘はシャインプロに置いておくなんて……。親なら、そんな決断をするかな?
自分の会社に引き入れようと思うのが普通だと感じるけど……。
まぁ考えすぎという可能性もある、か?
少なくとも、無駄に考えても仕方がない。
他人のご家庭事情に、許可なく深入りするのも考え物だしね。
「2人とも、邪魔したな」
姉御は何もなかったかのように去ろうとするけど――それはないですって!
俺は身を乗り出し、姉御の肩を掴んだ。
「なんだ? 私も次の予定があるし、これ以上2人の時間を邪魔したくないのだが」
「い、いえ……。あの、助けてくれてありがとうございました! でも、いつから居たんですか?」
「……秘密だ」
目線を逸らした。
これ……かなり前から息を潜めてたって事だよね?
多分、俺たちが写真をSNSにアップして直ぐ――文字通り飛んで来たんじゃ?
姉御は近くに居たとか言ってたけど、神通足の速度で考えると……東京都心から県境だって、直ぐ近くだ。
「愛さん。さっきも、ありがとうございました」
閉口している俺の横で、美尊が小さく頭を下げた。
さっき『も』?
なんの事だろう?
「ああ。……深紅には少々、厳しくしてしまったな」
「ううん。私たちじゃ言えない事を、愛さんが言ってくれた。それも感謝してます」
「済まないな。パーティとして、深紅を支えてやってくれ。深紅は今が分水嶺だ。……私は立場的に、深紅に強い影響を及ぼし過ぎるからな」
「うん、分かってます」
2人は真剣な顔をしてるけど……俺、置き去りで寂しい!
蚊帳の外は辛いよ!
「ふ、2人はなんの話をしてるんすか?」
「……お兄ちゃんは、まだ知らない? シャインプロの所属開拓者は月に1、2回。愛さんが一緒にダンジョンへ潜りながら直接指導をしてくれるの」
ナニソレ?
シラナイヨ?
トップランク開拓者にして、天心無影流師範代の姉御が直接指導とか……。
開拓者なら垂涎ものな福利厚生じゃない?
「姉御? 俺にはそれ、やってくれないんですか!?」
俺の言葉を聞いて、姉御は深く溜息を吐いた。
何、その反応!?
仲間外れは良くないよ!
「……向琉、お前は少し他の所属開拓者とは違う。だから――1回だ」
「え、1回?」
「ああ。……時期が来たら、向琉には1度だけ直接指導をする。その時には――死ぬ覚悟をしておけ」
ゾクッと、背筋が凍った。
姉御がそう言うレベルなら、本当に死と隣合わせの特訓なんだろう。
「……何れ時期が来れば、私から切り出すつもりだった。このような兄妹の憩いの場で、物騒な話をして済まなかったな」
「い、いえ……。話を振ったのは俺っすから!」
「後でメッセージを入れておこうと思ったが……邪魔ついでだ。デート後でも夜の配信後でも、どちらでも構わん。別件で密かに頼みがある。申し訳ないが、後で私の執務室へと来てくれ」
それって、姉御は夜だろうと働いてるって事だよね?
今日、土曜日ですよ?
と言うか……姉御が俺に命令じゃなく『頼み』?
何、それ。
超怖い。
「わ、分かりました。美尊とバイバイしたら、直ぐに向かいます。――つまり、もうすぐですね」
「……言っておくが、私に気を使って早くデートを終わらせるつもりなら――怒るぞ?」
ひぇっ。
この牽制は愛故になのは分かるけど、魂からビクッとなる。
「愛さん、それはない。元々、夕方からはトワイライトでダンジョンにまた潜る予定だったから。デートはもうすぐ終わりの予定だった」
「……そうか。それなら尚更、もう少しの間を大切に楽しめ」
「はい! 姉御、この服もありがとうございます!」
値段の事は、無粋だから触れない。
金額を口に出すのも、なんか生々しいしね。
金額の多寡に関わらず、キチンと感謝の気持ちを伝えるのが大切だ。
「うむ、良く似合っているぞ。……では、また」
カツカツと音を鳴らし、姉御は去って行く。
やがて窓から空を見ると――宙を翔る女性が目に映った。
はやぁ……。
もうさ、マジで乗り物とか飛行機……姉御には要らないでしょ?
「お兄ちゃん。もう少し楽しもう?」
「そ、そうだな。うん」
えっと、着席だからソーサーはそのまま。
持ち手の輪には指を通さず、指3本で支えるようにして……お店の雰囲気的にイギリス式だから、3時の方向に向けるんだっけ?
カップだけを口元へっと……。
あまり音を鳴らさないように、再び紅茶へと口を付ける。
冷めているけど……味は苦いかな?
長らく味覚に乏しいダンジョンに居たから、マナーを学んでも味の良さがまだ分からん!
「……お兄ちゃん。テーブルマナーの特訓も、板についてきたんだね?」
「そ、そうかな? まだまだ、怒られてばっかりだけどね」
「ううん。背筋が伸びてて綺麗に食べたり、飲んだり。凄く、紳士的で格好良い」
水色のインナーカラーと瞳が夕陽に照らされ、美尊の神聖さを醸し出す。
そんな外見で慈愛の笑みを浮かべるこの子は――女神ですか?
いいえ、俺の妹です。
そうして再びお茶を再開して――あっという間に、お別れの時間。
お会計の為にレジで財布を開くと――。
「――お会計は既に、大宮様より頂戴しております」
営業スマイルを浮かべるウエイトレスさんが、そう告げて見送ってくれた。
姉御、やっぱカッケェっす……。
いつの間にっていうエレガント会計、流石っすわ。
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