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08「命令」

 あの顔合わせ以来、届睦(ゆきちか)は気分が塞ぎ込んでいた。

 大学の無断欠席日数記録を、目下更新中である。食事もろくに口にせず、一日の大半をベッドの上で過ごしていた。



 ――ようこそ、自殺幇助組織《死近道(シキンドウ)》へ。



 (うた)の言葉が、頭から離れなかった。


 眼を閉じていても、開いていても、耳鳴りのようにうるさく喚きたてる。



 父が自分に何を託したかったのか、まったくもってわからなかった。


 

 ――母親を自殺で失くした俺に、他人の自殺を助けろと?



 考えただけでも吐き気がする。もうすでに、胃の中には吐き出す物もないのだが。

 それでも、内臓を鷲掴みにされているような不快感が込み上げてくる。


 おまけに、頭が割れそうに痛い。


 こんな状態で、悠長に教授のろくでもない講義を聴くことなどできなかった。



 もう、戻れないのだろうか。


 恐怖という名の冷気が、届睦の身体を竦ませる。


 単位を計算しながら、適当に通う大学。

 一夜漬けで挑むテスト。

 即席で書き殴るレポート。

 友人たちと、馬鹿みたいな話で馬鹿みたいに笑い転げた日常。


 それらは、永遠に手の届かないモノとなってしまうのか。


 何故自分なのか。


 何故こんなモノを背負わなければいけないのか。



 虚しい問い掛けに答える声は無く、部屋に一人きり。


 外から聞こえてくる子供のはしゃぐ声にさえ、苛立ちを覚えた。

 同時に、そんな自分にも嫌気が差す。



 届睦の暗い気分とは真逆の、軽快なノック音が響いた。

 だが、彼に応える気力は無く、数秒間の沈黙が流れる。



美護(みもり)、無反応じゃねぇか。まさか死んでねぇだろうな?」


 壮護(そうご)の物ではない中年男性の声に、届睦は警戒心から身を起こした。ふらつく身体を辛うじて支え、ドアの向こうへ神経をやる。


「二代連続で急死とか勘弁してくれよ。香典貧乏になっちまう」

「縁起でもないこと言うな! 言って良いことと、悪いことがあるぞ!」


 聞き慣れた美護の怒声に、不本意ながら少しほっとした。慣れない引き籠り生活で、人に飢えているのかもしれない。


「冗談だよ、冗談。怒んなって。ジョークが通じないのは、親父譲りだな」


「人生丸ごと冗談みたいなくせに、その上ジョークまで言うのか。筋金入りのアホだな」


 年長者に対しても、この言葉遣い。届睦はお節介とわかりつつも、美護の将来が不安になった。



 来年には社会人になるというのに、これでやっていけるのであろうか。三日と待たずにクビになるような気がする。


 もっとも、美護のクビを切った相手もタダでは済まされないだろう。

 場合によっては、本当に首が飛ぶかもしれない。彼女に限っては、下らない妄想だと笑って片付けられないのが怖い。


 届睦は、その日が永遠にやってこないことを神に祈った。



「おーい、入るぞ」


 言い切らない内にドアが開き、声の主が入ってきた。


 届睦は、咄嗟に布団にくるまって身を隠した。


 髪はボサボサで、髭も剃っていない。着替えすらもろくにしておらず、ベッドに転がっていたせいでシャツには盛大に皺が付いている。

 正体不明な来客に、こんな姿を晒すわけにはいかなかった。


「ん? 寝てんのか?」


 ベッドの上で布団にくるまっている人間がいれば、大抵は寝ているものだと判断される。面倒をやり過ごそうと、その誤解を利用することにした。



 が、通じなかった。


「ほれ、起きろっ!」

「うわわっ!」


 猫を追い払うように、布団を掴み上げられた。抗う術もなく、届睦は床に放り出される。


 ぐらつく視界の中、見覚えのある男が呆れた顔で自分を見ていた。栄養不足の頭では、該当データ検索に時間が掛かる。

 一〇秒程記憶の抽斗を漁りまくった結果、この男の正体を思い出した。


 

 それと同時に表情が凍りつく。


「《運び屋》……」


「客が来てるのに、狸寝入りとはね。感心せんよ、大将。あと《死近道》の時以外は、その呼び方やめろ。今は『永仁(ひさひと)さん』、だ」


 《死近道》という言葉に反応して、届睦の肩が跳ね上がる。足元から、無意識に震えが這ってきた。



「何ビビってんだ?」


「お前が、いきなり入ってくるからだろ!」


 眉を顰める永仁の前に、美護が立ちはだかる。


 背には届睦を庇い、完全に「悪党から姫を守る騎士」の構図であった。惜しむべきは、姫と騎士の性別が逆転していることであろうか。



「美護ぃ、もうちょっと口のきき方を覚えた方が良いな」


 全く頭にきた様子もなく、永仁はニヤニヤと笑う。その裏にある意図は、読み取ることができなかった。


 一方、正面に立つ美護は完全に頭にきている様子で、彼の言葉に睨みを返す。


「私は《護人》だ。主に害を為す全てから、護る義務がある」


「ほーほー、お仲間を害扱いするわけかい」



 そうだ、と彼女の口が開きかけた刹那、永仁の手が美護の額に掛かる。

 ちょうど、子供の熱を測ってやっているような仕種で、届睦と美護は揃って目を丸くした。


「何をッ……」



「控えよ」



 永仁が、同じ人間だと思えない程威厳に満ちた声で告げる。


 傍から見ていた届睦には知りえないことだが、この時、美護の身体は自由を失くしていた。ただ、大きな瞳を見開いて、眼前の「害」を凝視する。

 我が身に何が起きたのかはわからなかったが、その原因が永仁にあるということだけは理解できた。


 自由を失った恐怖よりも、屈辱に彩られた怒りが沸き起こってくる。


「何だコレ……お前、何をした!」

「美護は初体験だから上手くいくか心配だったが、どうやら大丈夫そうだ。良かったな、お前はちゃんと《護人》の子だ」


 永仁が手を離した後も、美護の身体は依然動かないままだった。


 またヘラヘラと笑い、彼女の怒りを煽るように髪をぐしゃぐしゃ掻きまわす。しなやかな黒髪が乱れて顔に落ちかかるが、それを払うこともできない。



「大将、良いモノ見せてやるよ」


 届睦に向かって、軽く笑みを投げた。完全に蚊帳の外に置かれた届睦は、呆然と二人の行く末を見守る。



 永仁は美護の視線をしっかりと捕え、憐みの色を浮かべる。

 奇妙に歪められた唇が、謝罪の言葉を紡いだ気がした。


 しかし、実際に声となって現れたのは、無慈悲な命令であった。



「跪け」



 普段の彼女ならば、相手を秒殺している。


 届睦はその光景を想像して、思わず目を瞑った。壮護までとはいかないが、それなりの体格をした永仁でも、美護相手では無傷ではいられないだろう。

 それ程までに、届睦は美護の戦闘能力を評価していた。したくもない評価だったが。



 派手な破壊音が聞こえるものと覚悟していた聴覚に触れたのは、僅かな衣擦れの音だけだった。


 静かに目を開けると、驚愕の光景がそこにある。



 永仁の命令通り、美護は彼の前に跪いていた。


久々の更新です(^^)/


不良中年、永仁さん来襲。

基本的に、不真面目で適当なオッサン。何かヘラヘラしてるけど、要領良く世渡りしちゃってる感じの(=_=)

オッサンなので、若者に絡むのが大好きです(笑)

迷惑なオヤジですが、一応年長者ということで保護者的な暖かい人物として設定されています……。されているハズです……。

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