07「顔合わせ」
「《シキンドウ》……」
父が亡くなってから、三日間その名前を聞くことはなかった。届睦が落ち着くまでは、と壮護と美護の気遣いであった。
しかし、現実は得てして非情なものだ。傷が癒えるのを待ってはくれない。
「なぁ美護、そもそも《シキンドウ》って何なんだ?」
「隠しても無駄だから、直球で言うぞ」
吐き捨てると、乱暴に届睦を解放した。
客間が近い。
届睦が唾を飲み下すのと、その声が聞こえたのが同時だった。
「末席の《護人》風情が、偉そうに《シキンドウ》を語るなよ」
客間の襖越しに聞こえる声は、若い男の涼しげなものだった。
涼しげだが、明かなる侮蔑が込められた冷やかな言葉。
襖を貫く勢いで美護が向こうを見据え、舌打ちをした。背後に燃え上がる炎が見えそうな怒りが、彼女を包んでいる。
「これは申し訳ない、《シキンドウ》の次席たる《集め屋》殿。お待ちかね、長の御登場ですよ。
その厚い面の皮、畳にこすりつけてお迎え下さいませッ!」
言葉そのままの勢いで、襖を開く。開け放った振動が、床を通じて骨に響いた。
冷えた空気が流れる客間には、五人の人間が一列に正座していた。
声の主と思われる美青年。
制服ブレザーにツインテールのロリ系女子高生。
スーツを着崩した不良中年。
フェロモン漂う眼鏡美人。
《集め屋》と美護の、どちらに怒りを覚えていいのかわからなくなっている壮護。
ざっと届睦の第一印象を語ると、こうなる。
対応を決めかねて目を泳がせていると、不良中年がニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべた。
「メイドプレイは終わったのか?」
「《運び屋》!」
美護が怒鳴るよりも早く、美青年が叱責する。
「へいへい」
少年のように、悪びれない表情。
年齢は届相や壮護と大して変わらないように見えるが、他人に与える印象は彼らの何倍も軽い。
「失礼しました。深見、届睦様ですね?」
「はい……」
美青年は、品定めをする目で届睦を舐めまわす。
目つきといい、口調といい、あまり仲良くはできそうにないタイプのようだ。
それがなくとも、凡人の僻みで美形には関わりたくないという意識がある。
「お初にお目にかかります、我らが長」
美青年に合わせて、一同が合わせて頭を下げる。届睦と美護も、反射的に礼をして返した。
「私は二七代目《集め屋》、賀集頌。長無き間、代理を務めさせて頂いております」
と、美青年。極めて義務的な口調で、やはり好感は抱けそうになかった。
「三二代目《薬屋》、薬師たんぽぽです。未熟者ですが、よろしくお願いしますっ」
これが精いっぱいという風に、彼女は頭を下げた。
葬儀の陰湿な雰囲気に飲み込まれたのかもしれない。幼さの残る顔が、緊張に縛られていた。
「三四代目《運び屋》、運利永仁。この中じゃ最年長だ。よろしく、長殿」
笑いの止まない不良中年が言う。メイドプレイが余程お気に入りのようだった。
そこまでネタを引きずられては、届睦は耳を赤くして俯くしかない。
「三五代目《代筆屋》、麻代筆華と申します。《見届け屋》とは、当家が一番古い付き合いですのよ。よろしくお願い致します」
「お上品」を擬人化したら、彼女になるだろう。おっとりとした知性派美人。
ようやくまともに話せそうな人間に当たって、届睦は胸を撫で下ろした。
「美護」
壮護に手招きされ、美護は隣に並んだ。
「一二代目《護人》鞍馬美護。よろしくお願いします」
なるべく、感情を押し殺そうとしているのがわかった。
頌にも永仁にも殴り掛からなかったのだから、彼女にしては上出来だ。
「そして一一代目《護人》、鞍馬壮護。これからは後見人として、長を支えることになります」
壮護の挨拶が終わると、再び一同は頭を下げた。
「……三六代目《見届け屋》、深見届睦です。よろしく、お願いします」
戸惑いながら応えると、最初に顔を上げた頌と眼が合った。
不敵に歪めた口元が、嘲笑うような眼が語っていた。
もう逃げられないぞ、と。
訳も分からず名乗ってしまった、三六代目《見届け屋》。
後悔しても、今更遅い。
絶対零度の微笑を湛えて、頌は手を差出した。
「ようこそ、自殺幇助組織|《死近道》(シキンドウ)へ」
――頼むぞ、届睦。
遠くに、愛しい父の声を聞いた気がした。
ここから、届睦の苦難の日々が始まる。
《死近道》、メンバー全員集合です!
後に引けなくなった届睦、これからどうなるのでしょう?
余談ですが、「シキンドウ」は私の作品にしては珍しく、携帯からアクセスして下さる方が多いです(*^_^*)一話が短いからでしょうか?
それを受けまして、改行を多くしたり、少しでも読みやすいように工夫しているつもりです(^^)/ そういったレイアウトに関するご意見もお待ちしております☆