03「影の努力」
届睦と壮護、二人の間に苦い空気が流れているのは、隣に横たわる遺体のせいではない。
父に託されてしまった、《シキンドウ》なるモノと《自殺見届け屋》という家業。
病の上のうわ言と片付けてしまいたかったが、どうやらそういうわけにはいかないらしい。
届睦の知る限り、壮護は「馬鹿」を付けても良い程に、正直な人間だった。というか、不器用過ぎて嘘が吐けない。届相にしても、同様であった。
この世で一番信頼していた父と、その次に信頼している壮護に揃って言われたのでは、否定する術などなかった。
理性はそう結論付けていても、心が尚も否定しようと足掻く。
届睦は、また拳を握り締めて深く俯いた。
「戸惑うのも、無理はない。俺達とは違って、ずっと《シキンドウ》から離れて暮らしていたからな。
だが、長である届相がいなくなった今、組織をまとめる役目は息子のお前にあるんだ。
その、何だ。
母親のこともあるし、できれば届睦には背負わせないように、アイツも努力してはいたんだ。
でも、な。
直系の血縁者以外に家業を継がすのは、難しいことなんだよ。
特に《見届け屋》は長の一族だから、簡単に余所者へ任すわけにはいかんのだ。
届相もそれはわかっていたんだが……。
あまりにも、お前に継がすのは不憫だと、そう言ってな。
妻を自殺で失くして、息子には継がせられない。
他の奴らからだいぶ叩かれて、アイツ自身の立場も危うかった。
けど、それでも、頑張ってたよ、お前を守る為に。
結果的に実らなかったが、届相の気持ちもわかってやってくれ。
ああ、すまん、何を言いたいのかわからなくなってきた」
不器用な彼なりに、途切れがちではあったが、懸命に真実を伝えようとしていた。
その懸命さが、逆に届睦の胸を刺す。
背負わされたモノが何なのかもわからないのに、やたらと重いのだろうという察しだけは付いた。
全て撥ね退けて、誰からも遠ざかっていたい衝動と、理性が身体の中で激しく衝突している。行き場のない、悲しみや怒り、疑問、負の感情が渦を巻いて、心が破裂しそうだった。
ぽつり、ぽつり。
逃げ出すことも、恐らくできただろう。できただろうが、できなかった。
そんな自分が悔しくて、情けなくて、ついに涙の堰が切れる。
「届睦……」
それだけ口にして、壮護は黙り込んだ。
沈黙が、彼に許された唯一の慰めであった。
「父さん、届睦ッ!」
慰めの沈黙を突き破る、ど派手な足音と声が近付いて来る。
襖が壊れんばかりの勢いで突入してきたのは、壮護の娘である美護だった。
一つ年上の美護は、届睦にとっては姉のようであり、また、母親代わりでもある。小さな頃からどうにも頭が上がらず、尻に敷かれっぱなしだ。
肩で息をする美護は、振り乱された長い黒髪が白雪の肌を縁取り、壮護とは違う迫力を纏っていた。
「両手両足を縛りあげて、黙らせておけば美人」とは、届睦の言葉である。ただ黙っているだけでは、まだマイナスなのだと言う。
要は、行動に問題大アリ、ということだ。
今も、湿っぽい空気を爽快なまでに無視し、派手なご登場をしてくれた。
そして、彼女の派手な行動は続く。
次回、台風娘「美護」が大暴れ?
というか、死亡の判断を下せるのは医師だけなので、そういった場合は勝手に話を進めたりせず、速やかに医療機関にご連絡下さい☆
良い子は放置しないようにね!