01「20年目の決意」
届睦は、拳を握り締めた。
強く、強く。
そうしていないと、今にも涙が零れそうだった。
二〇年前、母が死んだ。
自分が、生まれたせいで。
そして今、父が死のうとしている。
自分の、目の前で。
「……届睦」
届相は、重たい瞼を開けた。
ゆっくり、ゆっくり。
そうしないと、今にも命が尽きそうだった。
二〇年前、妻を亡くした。
息子を産んだ直後の、自殺だった。
そして今、自分が死のうとしている。
息子の、目の前で。
「父さん……」
そっと握ってくれた息子の手は、いつの間にか、父のものよりも大きくなっていた。
病床においては、尚更大きく感じた。
その成長を、誇らしくも、少し寂しくも思う。
「大きくなったなぁ」
伝えなければならないのは、そんなことではないのに、つい口にしてしまう。
男手一つで子を育てるのは、やはり楽ではなかった。
料理も洗濯も掃除も、全て己の分しかできなかった届相にとって、妻の死は、まさに死活問題であった。
自分一人のことならば、何とでもできる。
レトルト食品や外食が続こうが、洗濯物が二週間分溜まろうが、部屋が足の踏み場もない物置になろうが、彼自身には全く支障がない。
ところが、生まれたばかりの届睦を置いていかれては、状況が違ってくる。
栄養のある食事を作るだけでなく、食べさせてやらなければいけない。何かと服にこぼしては汚すので、洗っても洗ってもきりがない。落ちている物をすぐに口に運ぶし、埃を吸い込んでは咳込むので、部屋も綺麗に保たなければならなかった。
おまけに、朝から晩まで気がふれたように泣き喚く。
――無理だ。
こっちの気が狂いそうだった。
施設に預けようか、それとも、いっそ心中でもしてやろうか。
黒い葛藤が、毎日彼の頭で繰り広げられていた。
それでも、無事に成人まで育て上げることができたのは、妻の遺言があったからだった。
《届睦を、頼みます》
二〇年前のあの日、妻は病院へ駆け付けた届相に、そう言い残して逝った。
伝えるまでは、と、命をギリギリの所で繋いでいてくれたような気がしている。
――俺は、君を守れなかった。
ならば、せめて、遺言だけは守らなければ。
届睦が、まっすぐ利発な子に育ってくれたというのもあるが、彼女の言葉がなければ、自分も息子も、現在のカタチにはなっていなかっただろう。
それに比べて、自分が遺す言葉は、息子に絶望の淵に突き落とすかもしれない。
二〇年間伝えることもできず、遺すことも躊躇われる事実。
彼自身も、それに絶望したことがあった。
だが、今は違う。
――気付けよ、届睦。
信じてるからな。
始まりました「シキンドウ」(*^^)
テーマが割と重めなので、逆に明るいテンションでいこうと思っています。
一話、二話辺りは導入部で真面目くさっていますが、そのうち壊れだすことでしょう(笑)
お付き合いよろしくお願い致します!(^^)/