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元勇者はのんびり過ごしたい~地球の路地裏で魔王拾った~  作者: 流優
回る世界

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犠牲と覚悟《1》


 ――その時、田中は第二防衛支部の作戦指令室に詰めていた。


 まず、最初に発生したのは、二件の魔物発生。


 同時という訳ではなかったが、短い間隔での発生だった。位置は正反対で、遠方。


 どちらも脅威度『Ⅱ』を示す魔力量であったため、優護には声が掛からず、他の隊員の出動が決定。


 順次、基地から出動していき――そこで、三件目の魔物発生を局に備わった大型魔力感知レーダーが捉えた。


 これもまた、脅威度『Ⅱ』だった。位置は、遠方。


「…………」


 この時点で彼は、状況の違和感を感じ取っていた。


 第二防衛支部の担当区域であるが、全て遠方で、自衛隊に任せるには強いものの、退魔師が一人いれば十分に対処可能であろう魔力量の魔物。


 何か、臭う。


 少し考え、それから部下へと指示を出す。


「討伐に向かわせると同時に、非番の局員に連絡を。全員だ」


「了解しました。海凪優護とウータルト=ウィゼーリア=アルヴァストへは?」


「彼らはいい。その投入のタイミングは私が判断する。彼らは闇雲に動かしていい存在ではない」


「了解しました」


 そうして、多少の警戒を抱きながら状況を注視していた田中だったが――その時、一人の局員が、作戦指令室に跳び込んできた。


「支部長! わ、我々の寮が、燃えています!」


 第二防衛支部と寮は、そう離れていない。万が一の際、すぐにでも出動出来るようにするためだ。


 だから、この建物の窓からも、空に立ち昇る黒い煙と、燃え盛る猛火がよく見えていた。


 田中は、ここで()の行動の意味を理解する。


「送り出した三部隊を引き返させろ」


「えっ? で、ですが――」


「あの魔物達も、火災も、どちらも陽動(・・)だ。魔物に関しては恐らく使い魔によるものだろう。必ずすぐに本命が来る」


 彼の極まった状況把握能力による判断の素早さは、これ以上無いものだったと言えるだろう。


 しかし、当然ながら、すでに作戦に踏み切っている敵の方が、行動の素早さは上だった。


 次の瞬間、ブゥン、と、作戦指令室の全てのモニターとパソコン、照明が切れる。


 数秒程で、予備発電機が起動し、電気系統が回復するも、これで敵の狙いは確定した。


「狙いはここか……!」


 魔物の発生、火災によって局員を分散させ、本丸を襲う。


 何故、という疑問は当然浮かぶ。


 ここはあくまで支部であり、さらには対人を目的とした部隊編成をしていないため、重要な情報なども特には存在していない。


 敵に狙われるような、貴重な魔道具や武器なども存在しない。海凪優護が持っていた刀くらいだ。


 だが、その理由を考える余裕は無かったため、疑問を無理やり頭の片隅へと追いやる。


「状況報告!」


「外部との通信途絶! 予備電源に切り替わったことから、外部電力の遮断と同時に通信ケーブル類も切られたものと思われます!」


「無線は!」


「通じません! ケータイもダメです!」


「ぼ、防御結界消滅! 弾け飛びました! 敵、正面玄関に侵入を開始! 数は三! 推定脅威度……よ、『Ⅳ』以上! 細かい数値は計測不能です!」


「弾け飛ぶ? 単なる消滅ではなく?」


「は、はい! まるで内側から爆ぜるように、消滅しました!」


 その報告に引っ掛かる田中だが、まずは対処を優先する。


「非戦闘員を、全員この作戦指令室に引っ込ませろ! 施設に残っている戦闘員は、私と共に、速やかに正面玄関の奪取に向かえ! 同時に、一部隊残ってこの階の上下を見張らせろ! 無理に制圧には動かんでいい、敵を確認した場合、作戦指令室に籠って防御を固めさせろ!」


「上も、ですか?」


「正面は陽動だ! 屋上、あるいは地下駐車場から同時に侵入してくる別動隊があるものと思われる! もう監視カメラも信じるな、欺かれている可能性が高い!」


 わざわざ正面から堂々と侵入してくるなど、陽動以外の何物でもない。だが、推定脅威度『Ⅳ』だと言うのならば、無視出来ない。


 そういう策なのだろう。


 他の監視カメラには敵が映っていないようだが、ここまで用意周到に動いている以上、それを誤魔化す程度、難しくはないはずだ。


 ――状況はなかなかに深刻であるが、幾つか好材料も存在している。


 まず、飛鳥井玲人の私兵と、大妖怪ツクモの私兵が敵の調査を行っていたことを、田中は知っている。


 ここまではっきりと動いてきた以上、その動向は二人の目にも止まっているはずだ。後者はともかく、前者ならば助けを出してくれる可能性は高い。


 そして、火災発生の報自体は、全員に送ることに成功している。


 つまり、海凪優護に(・・・・・)届いているのだ(・・・・・・・)


 少し様子を見てしまった悪手のせいで、直接の連絡を行うことが出来なかったが、その報が届けば、彼もまた動いてくれるのではないだろうか。


 盤面を覆すどころか、盤面を丸ごと破壊するような規格外さを持つ海凪優護であれば、どのような事態であっても対処可能なはずだ。


 あまり彼に頼り過ぎるのは本意ではないのだが……事ここに至っては、そんなことを言っていられる状況ではない。


 部下の命には、代えられない。


「とにもかくにも、通信の復旧を第一に行動を! 使える手段は全て使え! ――後の指示は君がやりたまえ。こちらは任せた」


「ハッ」


 古株の部下に代理を任せ、そして田中は、優護に貰った軍用ナイフ『瞬閃』を手に取り、部下を率いて作戦指令室を飛び出したのだった。



   ◇   ◇   ◇



「…………?」


 優護と別れた杏は、少しの間電車に揺られ――異変には、すぐに気付いた。


 空に登る、黒く太い煙が、電車の窓から窺えたのである。


 その方向は、ちょうど一旦戻ろうとしていた我が家の方向。


 己以外の乗客達もまた、何事だと窓の外を注視する中、何だか嫌な予感がした杏は、停止した駅で飛び出るように電車を降りると、他者にバレない程度に身体強化を発動し、出来る限りの全速力で走って向かう。


 そして――彼女の眼前に現れるのは、燃え盛るマンションだった。


 猛々と火と煙が立ち昇り、ただの小火(ボヤ)程度ではなく、まだ離れているここからでも熱を感じる程に燃え盛っている。


 消防車が来たとて、これは全焼は免れ得ないのではないかと、そう思ってしまう程の火の強さだ。


 己の部屋も、完全に炎に包まれてしまっている。多分もう、全て燃え落ちていることだろう。


 大して思い入れがあった訳ではないし、一時優護宅に避難していたおかげで、大事なものは全てあちらに持って行ってあるのだが……それでも呆気に取られ、思わず固まってしまう衝撃的な光景であった。


 ただ、彼女は一般人ではない。


 呆けている場合ではないと歯を食い縛り、真っ白になり掛けていた脳味噌を強制的に再起動させる。


 これが、たまたまの火災であると思う程、彼女は平和ボケていなかった。


「攻撃か……っ!」


 局員が危ないかもしれないからと、一時避難していたタイミングでの、この火災である。敵による攻撃であると断定して構わないはずだ。


 マンションと言っても低層で、そして局の関係者しか住んでいないため、住人自体はそう多い訳ではなかったのだが……まさか、こうも派手に動いてくるとは。


 ――いや、待て。


 局員の無力化を狙う以外に、このマンションを燃やす意味は無い。そして本当にそれが狙いならば、もっと遅い時間に放火した方が被害は増えたはず。


 にもかかわらず、こんな中途半端な時間に攻撃を仕掛けてきた以上、そこには何か別の目的があったと考えるべきか。


 すぐに杏は、支部と連絡を取ろうとするが……繋がらない。


 見ると、完全な圏外。


 そしてそれは己だけではなかったらしく、周りにいる野次馬達もスマホを取り出して連絡を取ろうとしていたが、誰も繋がらないようで、困惑の表情を浮かべているのがわかる。


 ……この様子だと、消防署へ通報出来てるかどうかも怪しいところだ。


「――清水さん! 良かった、無事でしたか」


「! アンタらも無事だったか! 被害は!?」


 見知ったバックアップチームの者らに声を掛けられ、杏はそちらへと駆け寄って情報共有を行う。


「問題ありません、一名軽い火傷を負ったのみ。そして、本日非番で家にいた者は我々だけです。それ以外は、運の良いことに外出していたようで」


「わかった、武装は」


「各々拳銃程度は。少々心許なくはありますが」


 超人が数多いるこの業界で、武装にハンドガン。弱い訳ではないが、いったいどれだけ役に立ってくれることか。火事で焼け出される中、しっかりと武器を手に取って出て来た辺りを、むしろ評価すべきなのかもしれないが。


 そして杏も、流石に今は武器を持っていない。荷物を取りに行く程度で、刀を持ち運びはしない。優護宅に置いたままである。


 ナイフ程度は忍ばせているが、それだけだ。田中にナイフの扱い方を学んだことはあるし、以前にウタに教わった魔力操作技術を毎日練習していたことで、ある程度スムーズに魔力を展開することが可能になっているため、これでも戦えないことはないだろうが、普段ほとんど使わない武器であることは間違いない。


 しかしそれでも、ここでただ呆然と立ち尽くしているだけ、などという選択肢は存在していないのだ。


「支部が心配だ。あたしはこれから向かう。アンタらも付いて来てくれねぇか?」


「元よりそのつもりです。田中さんの秘蔵っ子が戦う覚悟を決めているのに、我々だけここで臆する訳にはいきません」


 彼らはずっと、そう決めている。


 まだ幼かった少女が、一から戦う術を学び、今にまで至っている過程を全て知っているのだ。


 杏が戦い続ける限り、己らもまた戦い続けると、皆が誓っている。


 ちなみに最近彼女とよく一緒にいる青年の動向については、ほとんどの者が注視していたりする。杏を泣かしたらぶっ飛ばしてやろうと考えている過激派もしばしばだ。


「……わかった、頼む。皆がいると心強い」


「それは我々のセリフですよ」


 そして彼女らは、燃える己らの家を後目に、行動を開始する。


 ――寮と第二防衛支部は、そう離れていない。


 だから、現場の様子は、すぐに視界に跳び込んできた。


 シャッターが全て降ろされ、完全防備状態となっている支部の正面玄関が派手に斬り裂かれ、大穴が開いている様子と。


 その向こうで、支部長たる田中と互角以上に戦闘を繰り広げている、敵部隊の姿が。

 

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― 新着の感想 ―
杏ちゃんは我々が見守る! あんな若造には任せられん!
まおゆうをここにお引き寄せる必要でもあるのかね キョウ見守り隊のおっさんたちがいっぱいいるようだ
奇襲としても半端だし何がしたいんだかさっぱり分からん連中ですな。
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