裏での闘争
――ツクモは、集められた情報を見て、考える。
「ふむ……」
日ノ本に入り込んだ、他国の部隊。
当然ながら彼女もまた、それに対し独自の調査を行っていた。
「『聖アルマ騎士団』……西洋の魔法世界における聖女『アルマ』の名を冠した特殊魔法部隊。専門は特殊事象対策課と同じく、魔物討伐。が、此奴らは対人も行える部隊編成をしている」
タブレットに表示された名簿リストを確認しながら、彼女はひとりごちる。
派遣されてきた騎士団員の退魔師としてランクは、最低が『C』で、基本が『B』。
最高戦力である部隊長は、『A』のようだ。日系のようで、それが彼らが派遣されてきた理由の一つなのかもしれない。
はっきり言って、他国に送るには過剰な戦力である。
日ノ本のみならず、魔法世界の人員は、どこも不足気味なのだから。
「それだけ、此奴らが事態を重く見ていると考えるべきか。となると、此奴らの言う『門』とはいったい何を指すのか……それが、日ノ本で開かれた可能性がある?」
彼女が張り巡らせた情報網は、正確に敵の情報を得ることに成功していた。
しかし、その目的の一端までを掴むことが出来ていても、いったいそれが何を示すのかまでは、掴めていない。
敵の会話の記録に、『Gate』という単語が出て来ていることは確認が取れているが、それが隠語なのか、あるいはそのものなのか。
少なくとも、どうやら敵は、それが日本にあることは確信しているようだ。
「門……海凪優護に偵察兵……突如として国内に現れた、二人の実力者……」
門、という言葉で連想するのは、隔たれた領域。
向こうとこちらを隔て、誰かが向こうに行ったり、こちらに来たりする場所。
情報からすると、どうやら海凪優護を偵察対象に選んだのは、たまたまだったようだが――。
「…………」
ツクモは、ウータルト=ウィゼーリア=アルヴァストという存在の痕跡が、この世のどこにも存在しないという情報をすでに得ている。
彼女は、突如としてこの世界に現れた。たとえ裏社会の者だとしても、生きた痕跡は必ずそこに残るが、彼女の痕跡だけはどこにも存在しない。
完全な、ゼロからの出現である。
己らと同じように、魔力が高じて新たに生まれたのならば、そんなこともあるかもしれないが……あの、確固たる意思のありようと、瞳に宿る熱。
どう考えても、昨日今日で生まれた存在ではないだろう。
同じく、海凪優護が剣や魔法を学んだ痕跡もまた、やはり出て来ない。
二人とも、どこか別の世界からやって来たと言われても、納得出来るくらいの痕跡の無さである。まあ、海凪優護に関して言えば、日ノ本の戸籍がしっかりと存在しているため、そんな訳は無いのだろうが。
「くふ、怒られてしもうた故、あの者らを探りはせぬがな。いやはや、いったいお主らはどこから現れたのか。……ま、どちらにせよ今は、こちらが先であるな。どれ、ここらで一当て、させてみるか」
目的がどうであれ、他国の者が日ノ本に対し、余計な手出しをしていることは確かな事実。
おイタの手は、ぺしんと叩いてやらねばならない。
「日ノ本の民は奥ゆかしい者が多くてのぉ。なかなか積極的に動くことが出来ん。故に妾が、代わりに相手をしてやろうではないか」
ツクモは、手元のタブレットで、部下に指示を出し始めた。
◇ ◇ ◇
――『聖アルマ騎士団』。
対魔物のみならず、対人も行える、数多ある騎士団の中でも一つ頭抜けた精鋭部隊。
神の名の下に、故国の敵を討ち滅ぼし、悪鬼羅刹を討ち滅ぼし、世界に平和と恵みをもたらさんとする正義の集団。
その精神は高潔そのもので、他のために己の命を擲つことを厭わず、人民の盾となることを本望とするような、献身と愛に溢れた正に『騎士』として相応しい者達である。
故に、今回の極東の島国での作戦もまた、それが人々のためになるのならばと、その高潔な精神の下に従事していたが……現在彼らは、苦境に立たされていた。
部隊長が、まさかの偵察任務失敗に終わり、負傷して戻って来て以来、偵察対象グループの動きが活発化。
監視網が著しく強化されたことで、満足に情報を集めることが出来ておらず、表の顔にも圧力が掛かり始め――極めつけは、現在の、正体不明グループからの襲撃である。
「フッ――」
「シッ――」
暗く、瓦礫やゴミが散乱する廃ビルにて、輝く剣閃。
交差し、離れ、またぶつかり合う。
同時に、カシャッ、カシャッ、というくぐもった銃声が鳴り響き、廃ビルの床や天井が抉られ、瓦礫が散る。
現代における退魔師の戦闘において、銃弾に対処出来るかどうかが、精鋭とその他を分けるポイントの一つとなる。
そして、この場にいる者は全員、銃器が牽制にしかならない程の実力を有していた。
各々、ハンドガン程度は武装しているが、長物は無い。
この室内戦において、両手で構えて撃たねばならない長銃は重荷でしかなく、現代戦であるにもかかわらず白兵戦主体という、時代錯誤のような光景がそこでは繰り広げられていた。
――ここまで、直接的な行動に出て来るとは。
日本という国が油断ならないというのは、昔から、それこそこの国が開かれる前の江戸時代から言われていたことだ。
魔法世界において、日本のトップが『人外』であるというのは広く知られた事実であり、それ故に下手に手を出せば重いしっぺ返しを食らうと言われていて、それが日本においてあまり布教が進まなかった一端でもあった。
表は、はっきり言って『平和ボケ』以外の何者でもないが、裏の魔法社会に関して言えば、決してこちらに劣らぬ、魔法強大国であると言われ続けているのだ。
だが……それでもまさか、ここまではっきりと動いてくるとは思わなかった。
現在の敵は、特殊事象対策課などという名前の、この国の正規の騎士団ではなく、非正規部隊のように見えるが、目的がこちらの排除であることは間違いないだろう。
つい先日など、二十を超えたかどうかという歳の者に撃退されているのだ。敵を甘く見たつもりは一切無いものの、それでもこの早過ぎる動きは、予想外だったと言わざるを得ない。
聖アルマ騎士団の部隊長――『ナカガワ』と呼ばれる彼と、現在斬り合っている相手もまた、凄まじい手練れである。
近接戦闘において、ここまでこちらと斬り合える者が、この国にはゴロゴロいるのか。
一対一では負けないだろうが、それを向こうもまたわかっているからこそ、的確に味方と連携して動いている。
全く、嫌になる。
ふと、相手が口を開く。
「母国に帰ることだ。今ならまだ見逃してやれるぞ」
「ありがたいお話だが、部隊に所属する者として、それが無理なことはそちらにもわかるだろう」
「そうか。では、残念だがこの国で死んでいただく」
「いいや、そういう訳にはいかない。……やむを得ないな」
ナカガワは、左手のマインゴーシュで、魔力を込めた大振りの一撃を放つ。
それを見て、敵は無理せず一度回避し、同時に彼もまた後ろに下がると、傍らに置かれていたアタッシュケースに手を添えた。
「『――世界に恵みを』」
その瞬間だった。
ブゥン、とアタッシュケースに魔法陣が浮かび上がったかと思いきや、独りでに開かれ――中から現れたソレを、ナカガワは右手で握る。
一振りの剣。
肉厚で、幅広で、剣身には『魔言』と呼ばれる文字群が彫りこまれており、淡く輝いている。
一見すると、まるで芸術品かのような美麗さのある剣であるが、しかし柄と鍔に関して言えば、酷く飾りけの少ない、非常に実戦的な拵えとなっていた。
襲撃者達を率いるリーダーは――ツクモ直属の部下は、その正体を一瞬で見抜くことが出来ていた。
「聖剣……ッ!」
敵を滅する、聖なる刃。
効果は様々あれど、共通している一つの事実は――それが、たった一振りだけで戦局を覆すことが可能な、決戦兵器であるということ。
本来ならば、国から持ち出すことなど論外であるような、厳重に保管されていて然るべきソレを、国外に持ち出して個人が携帯しているという事実。
それは、今回の作戦に対する、彼らの本気度を強く表していた。
「貴殿らの強さに称賛を示し、故に今度はこちらが勧告させていただこう。今ならば見逃す。これを振るうと、下手をすれば余計な被害を出すハメになる。それは、互いに望むまい」
「……ッ」
ツクモの部下は、一瞬表情に苦々しいものを見せるが、即座に決断する。
味方にハンドサインを出し――ゆっくりと、暗闇に紛れるように、彼らは後ろへ引いて行った。
やがて、消滅する気配。
フゥ、と一つ息を吐き出し、聖剣を元のアタッシュケースにしまいながら、ナカガワは傍らの部下に問い掛ける。
「被害報告」
「アルファ部隊、全員行動可能です。ベータ部隊、敵の撃退に成功したものの、負傷三。作戦続行自体は可能とのこと。ガンマ部隊、応答ありません。……満足に動けるのは、我々だけかと」
「ガンマはやられたか。……聖剣まで見せてしまった以上、事ここに至っては、もはや手段は選んでいられん、か。――回復魔法で怪我を癒した後、すぐに作戦を開始する。大使館に一報を」
「了解です」
彼らは、行動を決断した。
 




