お泊まり会《3》
夕食は、とても美味しかった。
一から十までウタが用意したようで、割と凝ったものもあったのだが、ちょっと恥ずかしくなるくらいいっぱい食べてしまった。
以前は全然料理が出来なかったと聞いているが、こんな短期間でそこまで上達しているのなら、大したものである。己も一人暮らしが長いので、そこそこ料理が出来るつもりでいたが……もうちょっとちゃんと練習するべきか。
その後、綺麗な風呂に驚いたり、凛や華月と一緒に遊んだり、横からウタが参戦してきたり、その様子を見ていた優護に笑われたり、騒がしくしている内に時間は過ぎていき――深夜。
「…………」
客間で、とても心地の良いベッドに横になる。慣れないが、我が家のベッドより確実に上等だ。
来客用に用意したものだそうで、しっかり暮らせるだけの家具等が一通り揃っている。
まあ、優護がこの短い期間でものすごい稼いでいることは知っているので、これくらいを揃えるのは全く問題無いのだろう。
ぶっちゃけ、金自体は己もある。そもそもこの仕事は給料が非常に良く、また己の生活費を毎月上司が出してくれているので、毎回外食でも全く問題無いくらいには余裕があるのだ。そんなことしないし、普通に自分で料理を作っているが。
別にいいと言っているのだが、こちらが二十歳となるまでは頑として生活費を出し続けるつもりだそうで、意思を全然曲げてくれない。
成人年齢も引き下げられているから、だったらそこまででという話をしても、聞いてくれないのだ。
「……隊長の罪なんて、何もありゃあしないのにな」
彼は、杏の家族を助けられなかった。それは確かだ。
しかし、発生からわずか二十分で助けに来てくれ、己だけでも救出に成功しているのだ。
褒められこそすれど、いったい誰が責めようものか。
だから……運が悪かった。
己も、己の家族も、隊長も。
言うことがあるとすれば、それだけだ。にもかかわらず、彼だけはずっと、起きたことを背負い続けるつもりでいる。
全くの素人であったこんな小娘に、戦う術を一から全て教えてくれたのも、多分罪悪感からなのだろう。
そして、そうやってこの世界に己を引き込んだこともまた、彼は罪だと考えているのだ。
どこまでも自分に厳しく、全てを背負って。
だからこそ杏もまた、彼の助けになりたいと、そう思ってこの職場に骨を埋める気でいる。
いつか、「あなたのおかげで、ここまで生きることが出来た」と、そう言いたいのだ。
そのために生きたいと、願っている。
だから――この感情は、余計なものだ。
「…………」
杏は、ボウ、と天井を見る。
綺麗な木目。
通路を隔てた向こうで、優護達は同じ和室で眠っており、己はこちらに一人きり。まあ、当然のことだ。
この家は、とても温かく、穏やかで、賑やかで。
二度と戻らない遠い日のことを思い出すようで、寂しく、悲しくなる。
己にはもう、手が届かないのであろうものが、ここには詰まっている。
「……寝るか」
このままだと、一生くだらないことを考え続けてしまいそうな気がして、杏は無理やり思考を止めると、目を閉じた。
◇ ◇ ◇
翌日。
目覚ましを掛けずとも、いつもと同じ時間に自然と目を覚ました杏は、見慣れぬ光景が目の前に広がっていたことで一瞬身体に緊張が走るものの、そう言えば優護宅に来たんだったとすぐに思い出し、脱力する。
「……起きるか」
非常に寝心地の良かったベッドの誘惑は強かったが、人の家で寝過ごして迷惑を掛ける訳にもいかないので、どうにか起き上がる。
洗面所で顔を洗い、ダイニングの方へと向かうと、すでに起きていたらしいウタが朝食の用意を行っていた。
「ん、おはよう、キョウ。学生は流石に朝が早いのぉ」
「はよ。……あたしとしちゃあ、ウタの方が早いなって感じなんだが」
まだ、六時半だ。
学生の自分と違い、優護達はそんな早起きする必要も無いだろうし、こんなに早くから起き出しているとは思っていなかった。
「儂は別に、そこまで睡眠を必要としておらんでな。いらぬ訳ではないが、どちらかと言うと魔力の方が重要故」
「……全然ツッコんでなかったが、アンタ人間じゃないんだもんな。この前来た時に初めて知ったけどさ」
「? あぁ、そう言えばお主と会う時は、いつも角消しておったか」
当たり前のように、彼女の額に覗いている角。
……まあ、今更ウタが人間じゃなかったことくらいで、驚きはしない。
むしろ納得したくらいである。
「何か手伝うことあるか?」
「では、リン――は、カゲツが起こすか。林の方におる、優護を呼んできてくれ。そろそろ朝食も作り終わる故な。ついでに、洗面所に新しいたおるがあるから、それを持って行ってやってくれ」
「ん、わかった」
多分これが、いつもの日常なのだろう。
彼女の指示通りにタオルを持って家を出た杏は、言われた通り工事途中の庭の向こうにある、林へと足を踏み入れる。
――優護はそこで、緋月を振るっていた。
「フッ――」
振り下ろし、振り上げ、ぐるんと回って横薙ぎの一撃。
我流の、他ではあまり見ないような動き。
振りと、型。
一見すると、無茶苦茶なようにも見える、普通ならそんな振りで敵は斬れないだろうという動きだが……そこには確かな、合理が窺えた。
決して適当ではなく、がむしゃらに振るっている訳でもなく、あれが彼にとって、最もやりやすい動きなのだろう。
多分、今も握っている緋月を扱う上では、あれが最適解なのだ。
――彼の動きに、いつしか杏は、魅入っていた。
その動きの意味を考え、自分ならどうするかを考え。
ただひたすらに、ジッと見続け――やがて彼は、動きを止める。
「あー……キョウ。そんなに見られてると流石にちょっとやりにくいんだが」
「え? あ、わ、悪い」
我を忘れて、黙って彼を見続けていた己に気付き、少しだけ顔が赤くなる。
そんなこちらの姿を見て、彼は微かに苦笑を溢し、気を取り直すように声を掛けてくる。
「はよ、キョウ。今日も学校か?」
「はよ。あぁ、平日だしな。ほら、タオル」
「お、サンキュー」
緋月を腰に差したまま、受け取ったタオルで汗を拭う優護。
「……明日から、あたしもここで刀振ってもいいか?」
「おう、勿論だ。というか、ウチにあるもんは何でも好きに使ってくれ。あ、けど昼は工事の人来るから、その人らにはなるべく刀振り回してるところとか、魔法使ってるところとか見られんようにな。こっち側の業者さんだし、そこまで気を遣わんでもいいかもしれんが」
「わかった。……やっぱり、刀を教えてはくれねぇんだな?」
「俺の動き見てただろ? 通常の剣術からは程遠い。というか、俺のは緋月があること前提の剣術だから、緋月以外の武器でやったら、多分普通に弱くなる。ま、木刀で模擬戦やるくらいなら、付き合ってやるさ」
「言ったな? 今日あたしが学校から帰ったら、さっそく付き合ってもらうから」
「はは、おう、いいぜ。ウチにいる間はいつでも相手してやるよ」
彼がこちらを見てくれることに、何だか少しだけ胸が温かくなりながら、共に家へと戻って行く。
――こうして、杏の海凪家での生活が始まった。




