お泊まり会《2》
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「――工事……は、まだ終わってねぇのか。けど、ほとんど完成してんな」
どうにかこうにか後輩に手伝ってもらって準備を終わらせ、スーツケースを引いてやって来た優護宅。
前回来た時、家の方の改装は終わっていても、庭の改装はまだまだといった様子だったが、こうして見る限り七割方は終了しているようだ。
かなり綺麗になっていて、雅だが落ち着く日本庭園が覗き、この家の住人でもない自分でも完成が気になる様子だ。
完全に工事が終わったら、また遊びに来させてもらおうか。
そんなことを考えながら玄関に向かうと、こちらがチャイムを鳴らすよりも先に、ギィ、と扉が開かれる。
そこにいたのは、人形の少女。
華月。
どうやら、こちらの気配を感じ取って出迎えに来てくれたらしい。ここは彼女のテリトリーなので、他者の気配には誰よりも敏感なのだろう。
「こんばんは。出迎えありがとうな。今日はお邪魔するぜ」
彼女はこくりと頷くと、ふよふよと漂い、横の靴箱からスリッパを取り出して杏の前に置く。
「はは、ありがとう。優護達は?」
すると彼女は、ダイニングの方を指差す。
何だか騒がしくしているのがここからでもわかり、前もこんなことあったなと思いながら中を覗くと――。
「こら待て、緋月! お前俺達が忙しくしてる間に、こっそり棚開けて、ちゅ〇る食ったな!? リン、そっち回り込め、そっち! 二人で捕まえるぞ!」
「……ん! 緋月、メッ! 悪いことしたら、ちゃんと謝る」
「にゃあう!」
「嘘吐け! 確実に袋一個無くなってんだよ! というか、食ってないなら逃げるな!」
「……わっ! 緋月、念力ずるい!」
「念力使うな、念力! どんだけ本気で逃げてんだお前!?」
「追いかけっこはそっちでやっておれよ。こっちは今火を使っとるでな。――お、来たか、キョウ。いらっしゃい。すまぬが少々取り込み中故、しばし待っておれ。晩飯ももう少しで作り終わるからの」
「キョウ、いらっしゃい! 悪いがそこ塞いどいてくれ!」
「え? あ、あぁ」
「……いらっしゃい、杏お姉ちゃん。緋月、そろそろ観念する」
いつもの如く騒がしく、愉快な彼の家。
着いたばかりだというのに、何だか心が温かくなるのを感じて、杏は小さく笑みを浮かべていた。
◇ ◇ ◇
「着いてそうそう悪かったな、キョウ。……ん、考えてみると、お前の私服見るのって初めてだな。よく似合ってるぜ」
「……おう」
さらりと放たれる誉め言葉に、杏は視線を逸らし、ただそれだけを返す。
別に、何にも他意は無いが、今回面倒を掛けた花には、近い内奢ってやろう。
「で、優護。いったい何があったんだ?」
落ち着きを取り戻したダイニングで、出してもらったお茶を飲みながら、そう問い掛ける。
ちなみに、無事に緋月は捕まり、くすぐられまくるお仕置きをされ、ちょっとぐったりした様子でテーブルの上にへばっている。可愛い。
「あぁ、ちょっと前に俺、尾行されてな。んで、戦闘になったんだ」
「優護を尾行……? 誰かがアンタの実力を確かめようとしてるってことか?」
「それだったら話は簡単なんだがな。まだわからないというか、もしかすると特殊事象対策課の組織そのものに対する攻撃の可能性もあって、だから各員警戒を、って話だ。で、お前は未成年だから、少しの間面倒見てくれないかって田中さんに言われてさ」
……なるほど。
「……あの人も大概過保護だな」
同じく未成年である花も一人暮らしをしているのだが、しかし彼女の方は普通に実家があるため、危険ならばそちらに帰ることが出来る。
家族と折り合いが悪いため、窮屈な思いをするかもしれないが、逃げ先がある。
杏には無い。特殊事象対策課のビルだったら一応寝泊まりすることが出来るが、あそこは基本、作戦前に使用するための場所だ。
所属している隊員全員が泊まれる訳でもないのに、自分だけ泊まらせてもらうのは少し外聞が悪い。この程度のことで誰も文句は言わないだろうが、明確な特別扱いにはなる。
それで、優護の家を、ということなのだろう。
――花の実家である、『篠原家』。
そこもまた陰陽大家、あるいは旧家と呼ばれる、古くから魔物退治を生業としている家だ。
そういう家は、得てして魔法能力の有無で他者を判断する面があり、そして花には魔法の才能が無かった。
全く、欠片も。
一般人の中でもさらに下位くらいの、鍛えてもどうにもならないような魔力量と魔法能力しか有していなかったのだ。
そのせいで幼い頃から、家では出来損ないとして扱われていたらしく、酷く肩身の狭い思いをしており、しかし情報を扱う仕事では、誰も及びも付かない程の高い能力を持っていた。
本人がものすごい努力をして、獲得した能力であることを杏は知っているが、その道の才能があったことは間違いないだろう。
その力で、家族に認められたいと願った彼女であるが……何も変わらず、今に至っている。
家族を失った自分と、家族に認められない花。
境遇に違いはあれど、何だか馬が合うのは、その辺りに理由があるのだろう。
「大人としちゃあ、普通の考えさ。それに今回、警戒した方が良さげっていうのは俺も同感だしな。俺が目的なら話は早いが、たまたま偵察対象に選んだだけ、って場合だったら、何が目的で動いてるのかわからない訳だし」
「たまたまでアンタを選んだなら、ソイツすげー可哀想だな」
「ホントにな」
「いや自分で頷くなや」
思わずジト目を向けるも、飄々とした様子で肩を竦める優護。
「ま、そういう訳だからお前、しばらくウチにいとけ。その警戒状態がどれくらい続くかわからんし、ちょっと窮屈な思いさせちまうかもしれんが……」
「窮屈なんて。それに、基地で男女関係無く二十四時間待機を一週間やったこともある。その時に比べりゃあ、何にも問題なんて無ぇよ」
やはり突然の話だったからか、ここに来て少し申し訳なさを感じているらしい彼に、杏は笑って言葉を返す。
きっと、こっちに我慢させてるとか、無理をさせてるとか、そんな風に思っているのだろう。
「……それは普通に俺も嫌だな。いや、こういう仕事をしてる以上、それが求められる日もあるのかもしれんが」
「ちなみに儂は、そういう仕事が来たら絶対断る故、そこのところよろしく!」
キッチンの方からそんな声が聞こえ、杏は苦笑を溢す。
「そういや、ウタも参加したんだっけか、ウチの組織に」
「あぁ。条件は俺と同じで、バイト扱いにしてもらったんだけどな。正直今から不安だ。ウタの魔法とかって、基本的に威力がヤバいし……」
「魔物討伐は簡単じゃ。全て蒸発させれば良い」
「な? 不安だろ?」
「安心せい、ユウゴがおらん時は、しかと威力もせーぶする故な」
「俺がいる時は?」
「後始末はよろしく頼んだ」
「やっぱ今から田中さんにお願いして、コイツ除籍してもらうか」
ピッタリと息の合った様子で、やり取りをしている二人。
――本当に……この二人はいったい、どういう付き合いなんだろうな。
どういう出会いがあって、どういう付き合いを経て、今に至るのか。
気になるが……きっと、聞いても教えてくれないのだろう。
絶対に教えてくれない、彼の能力の秘密と同じように。
――二人だけの秘密、か。
「さ、出来たぞ! 運べ運べー!」
「うーい」
「……ん!」
「にゃあう」
ほんの少しだけ胸に生じた、「やっぱ来なきゃ良かったかな」という思いに蓋をして、杏もまた手伝いを行うのだった。




