お泊まり会《1》
「――あっちぃな。わざわざ外で食わねぇでも良くねぇか?」
「お昼食べるなら、外のベンチの方が気分が良いじゃないですか。それに、どっちかの教室で食べるってなると、注目集めちゃいますし。主に先輩のせいで」
「? 別に、んなこたぁねぇだろ」
「先輩、自分の注目度知ってます? 割とこの学校のアイドルみたいな扱いなんですが」
「面白い冗談だ」
「いや別に冗談じゃないんですが……まあ、先輩はそういう人でしたね」
学校の昼休み、杏は、後輩であり仕事の同僚でもある篠原 花と共に昼食を食べる。
別に、他に友人がいない訳でもないが、何だかんだやはり学校で共にいるのは彼女であることが多く、今日もまたそうして腐れ縁的に昼食を共にしていた。
「で、先輩」
「何だ」
「海凪さんとは、いったいどれくらい仲良くなれたんですか?」
「は?」
「いえ、あれからちょくちょく会ってるようですし、お家にお邪魔したりしてるようですし」
「……確かに、そこそこ付き合いはあるな。最近アイツが引っ越した家、すげぇぞ。色々と」
「そんなに豪華なんですか?」
「豪華は豪華だが……いや、これ以上を言うのはやめとくか」
「……何です、その思わせぶりな感じ」
「家っていうか、生物っていうか」
「いや全然わかりませんが?」
「まあとにかく、アイツん家はすごいってことだ。可愛い家だぞ」
「装飾とかが可愛いってことですか?」
「普通の日本家屋だから、別に全然可愛くは無いな。洒落た良い家だ」
「……やっぱり全然わかりません!」
後輩の言葉に、キョウは大口を開けて笑い――なんて、話していた時だった。
Prr、と電話が掛かってくる。
鳴っているのは、仕事用のものではなく、プライベートのスマホ。
表示された番号は、優護のものだった。
『――お。もしもし、今時間大丈夫か?」
「あぁ、まあ、昼休みだから大丈夫だが。どうした、急に」
優護は、言った。
『お前、今日からウチに泊まりに来い』
「……はっ?」
『田中さんには話してあるから。ウチの住所は覚えてるか?』
「この前行ったばっかだし、そんなすぐ忘れる程耄碌してねぇよ」
『んじゃ、待ってるぜ。理由はー……電話で話すと長くなりそうだから、ウチに来たら話すわ』
「……理由があんだな?」
『ある。ちゃんとした理由だ』
彼がこう言うのならば、それはきっと必要なことなのだろう。思い付きでこんなことをするタイプではない。
「……わかった。今日から、ってことは、一泊って訳じゃねぇんだな? どれくらいの準備をしておけばいい?」
『あー……わからん、とりあえず三日分くらいか? もしかしたら一週間とか掛かるかもしれないが、まあ衣類とかは普通にウチで洗濯してくれりゃあいいから、とりあえず暮らせるだけ頼むって感じだ』
「了解。んじゃ、準備して行くわ。多分夕方くらいになると思う」
『オーケー、晩飯作って待ってるぜ』
そして、電話は切れた。
「今の様子だと、もしかして海凪さんですか?」
「あぁ」
そう答えると、何故かとても楽しそうに、ニヤニヤと笑みを浮かべ始める後輩女子。
「……何だよ」
「いえ? 別に。プライベートの番号、教えてるんだなーって思って」
「お前にも教えてるだろ」
「そうですね。他にプライベートで番号を登録してある男性、教えてくれますか?」
「……隊長」
「いや田中さんはいいですって。他に他に」
「……いねぇよ」
「んふふ、そうですか」
にんまりと笑みを浮かべる花。
「……ニヤニヤすんなアホ! 別にこんなのは何でもねぇ! たまたま機会があって教えただけだ!」
「今度お赤飯炊きましょう、お赤飯」
「そこまでの慶事かこれ!?」
思わずツッコミを入れる杏に、今度は花が大きく笑い――そこで今度は、二人のスマホに同時に連絡が入る。
それは、仕事用のスマホからの連絡だった。
二人は顔を見合わせ、それからそれぞれ確認する。
――敵性組織出現の可能性あり。各員最大限の注意を。
「……なるほどな。優護が泊まりに来いって言ったのは――」
と、思わず口に出してしまったところで、杏はハッと我に返って慌てて口を噤むが、一つ遅かった。
「お泊まり会!? やっぱりお赤飯ですね!?」
「ば、バカ、そういうんじゃねぇっての! つか、アイツん家他に人……いや人じゃないのもいるが、とにかく一対一での泊まりとかじゃねぇから!」
「明日、詳細をちゃんと教えてくださいね!」
「絶対話さねぇし、お前はあたしの話を聞け!」
その後も、しばらくやいのやいのと言い合う二人だった。
◇ ◇ ◇
学校での一日を終えた杏は、家に帰ると、すぐに泊まりの準備を始めた。
と言っても、用意するものは多くない。そもそも杏は、私物が少ない。
制服と、運動着と、寝間着と、下着類と。
必要なものが、必要な分あるだけ。
内装なども、必要最低限の家具しかなく、ベッドと座卓、そして一応テレビがあるくらいである。
女子高生が住んでいるとは、とても思えないような、酷く殺風景な部屋だった。
昔は彼女もまた、もっとお洒落をしたがったり、部屋の内装を綺麗に整えたくなったりと、年頃の少女らしい欲求を持っていたが……一人きりとなってから、そういうのがどうでも良くなってしまった。
小遣いで欲しいものを買っていた頃と比べ、今は金銭的に非常に余裕があるため、その気になれば欲しいものは何でも買えるが、その気にならない。
欲しいと思わない。どうでもいい。
そんな風に思ってしまって、服などは、いつもかなりテキトーに、見苦しくない程度のものを買うのみだったのだが……今だけは、己のそんな性格を恨みがましく思っていた。
「か、可愛い服か……」
タンスを開け、中を見ながら、思わずそんな言葉がポツリと口から漏れる。
いつも、優護と会う時は大体制服だった。あるいは戦闘服。
それなら面倒が無くていいが、数日共に過ごすとなると、それだけという訳にもいかない。
どうしても普段着で過ごす瞬間がある訳で……今、タンスを開いてまずあったのが、ジャージ。
次にジーパン。いや、ジーパンはまあいいとしても、それに合わせる上が、テキトーなTシャツなどのみ。
普段着はそれで全てだ。スカートすら制服を除けば一枚も無い。
大体ほぼ全て無地で、白とか黒とか、そんな色合いのものばかり。下着等も然りだ。
優護の家には、あのウタがいる。
彼女が着ている服は、別に高級という訳ではなく、どこにでもあるような店の服だったが、しかしとてもよく似合っていて、品の良さが溢れ出ていた。
ラフな格好でも、彼女の凄まじいまでの美貌を最大限に引き出すような、女の身でも見惚れそうになる程の似合い具合で、センスがずば抜けて良いのが一目見ればわかるのだ。
そんな彼女を普段から見ている優護が、こんな可愛げの欠片も無い己の普段着を見たら、いったい何を思うだろうか。
呆れられるだけならまだしも、「うわ」と引かれたりはしないだろうか。
別に、全く、これっぽっちも、優護に可愛いと思ってほしいなんてことは考えていないが、少しの間でも世話になる以上、見苦しい恰好をする訳にはいかないだろう。
一人唸っていた杏は、時計を確認する。
現在時刻は、午後四時過ぎ。優護との約束は、夕方。
まだ時間はある。
ただ、今から新しく服を買いに行くにしても、数年ファッションというものから遠ざかっていた己が、そんな品の良いものを選べるとは思えない。
気は進まないが……事ここに至っては、他に手段は存在しない、か。
杏は、スマホを手に取った。
「――花」
『? 先輩、どうしたんです?』
聞こえてくるのは、つい先程まで一緒にいた後輩の声。
「ふ、服……」
『服?』
「服、買いに行くの、付いて来てくれ……」
それだけで後輩は、こちらの事情を察したようだった。
『だから言ったじゃないですか、先輩! そんな恰好ばかりしてたら、いつか絶対困りますよって! 私、多分前に三回くらい言いましたよね!? なのに、新しい服、まだ何にも買ってなかったんですか!』
「悪かった、あたしが悪かったから……あんま時間無ぇんだ、頼む……」
『全く……海凪さんのお宅にお邪魔するのは、いつなんです!』
「厳密には決めてねぇが、大体夕方くらいに行くとは話した」
『なら、今の内に連絡して、もう少し遅くなるって伝えてください。大体七時くらいになるだろうって』
「え、いや、遅れるくらいなら今ある服で――」
『ダメに決まってるじゃないですか! こっちの方が優先です!』
「お、おう、わ、わかった」
後輩に押し切られて頷く杏である。
『今すぐそっち行きますから! それまでに、今家にあるもの、ちゃんと確認しておいてください! お泊まりするに当たって、足りてないものもちゃんと買いますからね!』
「い、いや、そこまではいいって。母親じゃねぇんだから」
『私が母親だったらきっと、娘のだらしなさにもう、呆れて物も言えなくなってますよ! 黙って言うことを聞く!』
「う、わ、わかったって」
その後、すぐに家にやって来た後輩に、大分ガミガミと怒られながらも買い物へ向かい、何とか服や日用品を用意して、杏は優護宅へと向かったのだった。
 




