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元勇者はのんびり過ごしたい~地球の路地裏で魔王拾った~  作者: 流優
回る世界

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動く者《1》


「――では、報告を」


「ハッ、空間の魔力残滓からして、本国の情報通りかと思われます。――ニホン国にて、『ゲート』が開かれた可能性は非常に高いかと」


「この国の騎士団の反応は?」


「こちらを警戒はしているようで、部下達が監視の者を幾人か確認しております。しかし、我々の目的までは掴めていないでしょう。それを理解しているのならば、もう少し違ったアプローチを取ってくるかと」


「フン、呑気なものだ。場合によっては、世界が滅ぶ(・・)可能性すらあるというのに」


「では、情報を伝えては?」


「わかっているだろう。仮にここの者が、すでに『ゲート』の情報を得ていて、そして我々がそれを探っていると気付かれた場合、『聖戦』に発展する可能性すら存在する。第三次世界大戦を起こしたい訳ではあるまい。それに――」


「……そもそも異端が支配している国に、情報の一片も渡すつもりは無い、ですか」


「わかっているではないか。調査を続けよ。必要な全ての手段を行うことを許可する」


「ハッ」


「世界を救うためだ。多少の犠牲はやむを得ないだろう――」



   ◇   ◇   ◇



 華月の遺体の件は、田中さんに連絡したことで、表沙汰にならず無事に処理された。


 骨壺に彼女の遺骨を入れ、すぐに来てくれた建築士さんにお墓について相談する。


 ただ、知らなかったのだが、敷地内にお墓を作って、そこに遺骨を埋葬してはいけないという法律があるようで、そのため妥協策としてお墓は作るが納骨はしないという形になった。


 どうも、『埋葬』が駄目なようで、その形じゃなかったら問題ないらしい。


 まあそもそも、華月の元の肉体は無くなっていても、精神自体はまだここに残っている訳なので、厳密に『死』という定義に当てはまるのかは大いに議論の余地があるため、そういうところで法律違反じゃないとごねることも可能かもしれないが。


 自分が綺麗になるからか、彼女は何だかご機嫌な様子だったのだが、事情が事情なだけに俺は上手く反応出来ず、苦笑を溢すだけだった。


 ……本人がそんな気にしてないのに、いつまでも俺が引き摺る訳にはいかない、か。


 ウタが言ったように、ただ俺は、彼女らが毎日楽しく日々を過ごせるように、共にいてやるだけ、だろう。


 まあとにかく、我が家の工事は順調に進んでおり、来月には例の空き地と林の手入れも完全に終了して、綺麗な庭と訓練場になる予定である。


 完成が今から楽しみだな。


 ちなみに、五ツ大蛇の討伐報酬はすでに振り込まれており、口座を見たら六億を超えていた。


 もう一度言う。六億だ。家の代金を引いた上で。


 ……うん、もう絶対死ぬまで使い切れないな、これ。どっかの慈善団体に半分くらい寄付しとこうか。


 というか、税金関係とかこれ……どうなるんだ? 俺、まともに社会出てない身だから、その辺り全然わからないぞ。


 ……た、田中のおっさんに、ちゃんと相談しておくか。なんかあの人には、業務と全然関係無いことも相談しまくっていて、申し訳ない限りだわ。


 ん、個人的にこれは、借りとして覚えておこう。


 そんなことを考えながら俺は、いつものスーパーで買い物を終え、帰路に就く。


 家のことは今ウタがやってくれているので、代わりに俺が、晩飯の買い物に来ていたのだが――ふと、立ち止まる。


「…………」


 見られている(・・・・・・)


 恐らく特殊事象対策課のものだった、俺とウタに対する緩い監視の視線は、いつの頃からか無くなっていたのだが……それが復活したか?


 あるいは――別か。


 正直、以前ウチを監視していた者達より技量は上だ。相当わかりにくい視線である。


 鍛えられている。これだけで一流だとわかる。


 立ち止まって精神を集中させなければ、どこから見られているのか特定出来なかったくらいだ。


 俺は、仕事用のスマホを取り出すと、電話を掛ける。


 相手は、すぐに出た。


「――田中さん」


『海凪君か。どうかしたかね? 例の家のことで、何か?』


「いえ、別件です。どうも俺、尾けられてるようです。今って、俺にまだ監視付いてますか?」


『……やはり気付いていたか。いいや、その人員は撤収させた。つまり、今君が尾行されているのならば、我々の手の者ではない』


「なら、対処してもいいですね?」


『あぁ、構わない。後始末はこちらが受け持つ。だが、出来る限り人目に付かない場所での対処を。バックアップチームはすぐに送り込む』


「助かります」


 電話を切った俺は、人気(ひとけ)の無い方向へ向かって歩き出す。


 背中に突き刺さる視線を、曲がり角を曲がることで一瞬切り――即座に『隠密』を発動。


 同時、塀に跳び乗り、家に跳び乗り、直線(・・)で距離を詰める。


 三百メートル程後方。そういう道を俺が選んだのもあるが、幸い周りに人はいない。


 相手はまだこちらの動きに気付いておらず――己の顔に、空からの陰が掛かったことで、ようやく気付いたようだ。


「……ッ!?」


 男性。身長は百七十程度。


 日本人――いや、違うな。


 アジア系なのは間違いないだろうが、少なくとも純日本人ではなさそうだ。


 歳は、田中のおっさんより少し若いくらいか。


 ぱっと見では、特に特徴の無い顔付きをしており、一日経てば忘れてしまいそうな平凡な存在感だが、魔力は誤魔化せない。


 淀みなくその肉体を巡る魔力が、正体を如実に表している。


 跳び掛かると同時、アイテムボックス式抜刀術――と言っても、鞘に入れたままの状態の緋月で攻撃を行う。


 尾行の理由は知っておきたいからな。殺す訳にはいかない。


 というか俺、日本でそう簡単に人を殺すつもりは無い。どうしようもない時に躊躇はしないが、なるべくならな。


 一撃で意識を刈り取るつもりだったが、相手はギリギリで身体を動かし、回避。


 急所は外したものの、鎖骨を圧し折る感触。


 そのまま追撃を放つが、大きく後ろに下がって逃げられる。


「ぐぅッ……な、何だ、君は!?」


 もう『隠密』の効果は無いため、解く。


 リン程に上手くこれを発動出来ないので、相手に一度認識されると、もうほとんど効果が無くなるんだよな。


 戦闘中に『隠密』を発動してフェイント、みたいなことが出来ればいいんだが、戦いながら発動し続けるのは実はかなり難しいので、別に飛び抜けて魔法が得意な訳じゃない俺には無理な芸当である。


「どうも。俺に用があるみたいだから、来てやったぞ。何か言いたいことがあるなら聞いてやろう」


「……言っている意味がわからない! 何か勘違いしているんじゃないか!?」


 突然襲われた、という(てい)で話す男だが……。


「今のを避けておきながらその言い種は、無理があるんじゃないか?」


「…………」


「まあいいさ、じゃあそのまま一般人のフリをしてろ。そっちの方が面倒が無いし」


 鞘入り緋月を振り下ろし――が、受けられる。


 一瞬で引き抜かれた短剣。


 鍔が大きい。多分、『マインゴーシュ』って種類の短剣だな。


 どちらかと言うと防御的な武器だったはずだ。


「……日本人は平和ボケしていると思っていたが。いや、そもそも君のような若い者に尾行を見破られるとは、俺も腕が落ちたか」


 ここでようやく相手も、演技はやめたらしい。


 浮かんでいた苦悶の表情が、消える。


 鎖骨を折ったのだ、相当な激痛のはずだが、それを一切顔に出さず、動きにも出さない力量はあるということだろう。


 至極冷静な瞳。


「もう一度聞こう。俺みたいな一般人を追い回して、いったい何の用だ?」


「面白い冗談だ。君が一般人ならばこの世に戦士はいなくなるな」


 ――予備動作は、ほぼゼロだった。


 穏やかな、敵意も戦意も何も感じられない言葉と同時に振るわれる短剣。


 その刃は、全然こちらに届いていなかったが――俺は、防御した。


 緋月から伝わる衝撃。


 不可視の一撃。恐らくは刀身を延長させる類の魔法だろう。


 そこから繰り出され続けるのは、確かな練度を感じさせる連撃。


 モノが短剣であるため、一撃一撃が非常に素早く、軽い代わりに手数が多い。


 息を吐く間も無く、という苛烈な攻撃だ。


 そんな攻撃の嵐に対し、俺は一歩、二歩と後ろへ下がり――ここだな。


 猛攻を続けていた敵は、その瞬間、後ろへ跳び下がり。


 それと同時に俺は、思い切り前へと踏み出していた。


「何ッ――」


 動きから見て、コイツが逃げる(・・・)ための戦略を練っているのはわかっていた。今の激しい攻撃は、俺を倒すためのものではなく、後ろへ下がらせるためのものだ。


 だから、引く動きを見せれば、引っ掛かってくれるだろうと考え、そして見事その通りに動いてくれた。


 甘い甘い。俺を騙したいんだったら、ウタ並の動きを見せてくれなきゃな。


 ……いやまあアイツ、基本的に力で押し込む一辺倒の戦い方なので、駆け引きはあっても割と動きの意図自体はわかりやすかったりするのだが。


 予想していた動きを予想通りに対処出来た俺に対し、予想していた動きを想定外で覆された敵。


 当然ながら、有利に動けるのはこちらだ。


 上段から緋月を振り下ろす。


 受けられるが、万全な体勢ではなかったことに加え、鎖骨の骨折によって上手く防御はされず、さらに敵の体勢が崩れる。


 フッと力を抜いた俺は、ぐるんとその場で回転し、敵の脇腹目掛け次の一撃を叩き込む。


 今度は、防御されなかった。


「ぐっ――」


 体勢を崩し、しかし吹き飛ばされじと、たたらを踏む敵。


 そして、この相手ならそれくらいはするだろうと見越していた俺は、ちょうど頭部の位置に、ガツンと緋月を振り下ろした。


 クリーンヒット。


 そのまま地面に叩き付けられ――男はもう、動かなくなった。


「なかなか強かったな、コイツ」


『にゃあ』


 緋月も同感らしい。


 コイツは逃げることを念頭に動いていたので、その隙を突くことが出来たが、真っ向からの殺し合いだったら、緋月を鞘に入れたままなんて手加減をする余裕は無かっただろう。


 こっちの世界の戦士にしては、と言ったら失礼かもしれないが、かなり鍛えられていたのは間違いないな。


「身元を示すもの……は、流石に無いか。ん、後は田中のおっさんに任せるかね」


 軽く懐を探るが、持ち物は何も無し。どこにでもありそうな財布を持っていたくらいだ。


『にゃあう』


「確かに腹減ったな。わかったわかった、帰ったらすぐに飯作ってやるから。最近のウタ、マジで家事全般出来るようになってやがるからな。しかも喜んでやりやがるし。ここらで俺の存在感を見せねば」


『にゃあ』





 ――その後、俺の仕事用スマホのGPSを辿ってやって来た、バックアップチームの人らに男の身柄を任せ、帰宅した。


 あとは田中のおっさんが上手くやってくれるだろうとの考えだったのだが……その輸送中、意識を取り戻した男が暴れ、逃げられたと連絡が入った。


 幸い、敵も面倒を嫌ったのかバックアップチームに死者は出ず、一日二日休めば復帰出来るくらいの、軽い怪我を負った者が数人だけ出たとのことだった。


 ……これは、俺のミスだな。


 鎖骨を折って、多分あばらの数本も折って、さらに完全に意識を刈り取ったのだから、もう大丈夫だろうと甘く見た。


 任せるだけでなく、せめて田中のおっさんに身柄を渡すまでは、俺がちゃんと最後まで見ておくべきだった。


 相手が強いことは、わかっていたのだから。


 ……怪我人だけで済んで、本当に助かったな。


 いったい何が目的で、俺を尾けてやがったのか。

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― 新着の感想 ―
転移を感知したのか。 というか異世界のことを知ってるんだな。
慈善団体より藤澤 洋子ちゃんの孤児院に寄付しよう
これはバックアップチームの連度が足りてないのでは バックアップになってないし
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