ビルにて《1》
「――フフン、儂はもう一人で電車に乗れるんじゃ! が、目的地がわからないので付いて来てください!」
「おう、自信満々なのかそうじゃないのかわからん奴だな?」
堂々と言い切ったウタに、俺は苦笑を溢す。
特殊事象対策課に入ると言っていたウタだが、どうもシロちゃん達と少し、そういう話をしていたらしい。
詳しいところは知らんが……ま、ウタがそういう選択をしたのなら、俺は受け入れるのみだ。
事前に話は通してあるようで、ただ色々と手続きを行わないとならないため、一度ビルに行きたいらしい。
そういう訳で、ウタと共に電車に乗り、やって来たのは、割と行き慣れてきた第二防衛支部。
いつものビルに入り、事務所まで行くと、すでに田中のおっさんが待っており――その横に立っている、見知らぬ青年。
誰だ?
疑問に思う俺だったが、田中のおっさんは特に彼の説明はせず、話を始めた。
「巫女様から話は伺っている。ウータルト君の局への登録だな。条件は海凪君と同じ、バイトという形が良いという話だったが……」
「そうじゃな。儂、お主らの組織、そんな信用しとらんで」
「手厳しいな。ただ、巫女様からは君の要望通りにするようにと言われている。それで詳しい手続きを進めていこう。――それと、海凪君。こちらの彼が君に用があるようだ。話を聞いてあげてほしい」
「? はい、わかりました」
そうして、ウタと田中のおっさんが色々と手続きを始めた横で、俺は青年と向き合った。
「やぁ、こんにちは。海凪 優護君」
にこやかだが、何だか内心を感じさせない表情。
俺より年下――あ、いや、こちらの世界だとタメか、あるいは一つか二つ下くらいだろう。
感じからして、大学生辺りだろうか。
「どうも。何か用か?」
「どうしても君に挨拶をしておきたくてね。――僕の名前は、飛鳥井 玲人。どうぞよろしく。気軽に玲人って呼んでほしいね」
飛鳥井。
確か……いつか絡んできたアホと、同じ苗字。
自然と、俺の表情が少し険しくなる。
「……そうか。よろしく、レイト。身内の恨みでも晴らしに来たのか?」
「まー、正直ちょっと恨みはあるね。君と兄さんの諍いのせいで、僕が飛鳥井家継がなくちゃならなくなったし」
あけすけにそう語る、飛鳥井 レイト。
……この様子からすると、例の弟って奴か。
「俺に文句言われても困るが。というか、継ぐのが嫌なのか」
「だって面倒くさいじゃん。現代社会でさ、家がどうの、役目がどうの、当主がどうのって。今時代令和なんだけどって思うでしょ、普通。バカみたいだよ、本当に」
「そ、そうか」
いや、確かにその通りかもしれんが。
あの兄とは、全く正反対な感じの弟だな。
「まあでも、家に愛着が無い訳じゃないし、アホな兄のせいで家が潰れるのを、黙って見てるだけって訳にも行かないしね。仕方ないから次期当主の立場を継ぐことにしたんだ。――あ、兄さんのことはもう気にしないでいいよ。僕が殺しといたから」
「……殺したのか?」
「うん。物理的に首飛ばしたから。もう君に面倒を掛けてくることはないよ」
トントン、と手刀で己の首を軽く叩くポーズを見せながら、にこやかにそう語るレイト。
そんな明るく言うことじゃないと思うんだが?
「本題に入ろうか。そういう訳で、今日は飛鳥井家を代表してお詫びに来た。ウチの一族の者が迷惑を掛けて申し訳ない。謝罪として賠償金と、あと二つの情報を持って来た。ウチの諜報員と、巫女様の好意で得られた情報だね。これで手打ちってことにしてくれない?」
「アンタらがこっちを襲って来ないなら、それで手打ちで別にいいが」
本人死んでるんなら、もうどうでもいいし。
「いやいや、それじゃ済ませられないのが、曲がりなりにも陰陽大家って呼ばれてる僕らの家なのさ。まあ、受け取ってよ。別に君に不都合をもたらすものじゃないし、受け取ってくれた方が、遺恨無しってことで僕らも安心出来る。巫女様のお気に入りの人と敵対したなんて、醜聞にも程があるからね」
「……わかった。んじゃ、それで手打ちな」
「オーケー。はい、じゃあ賠償金。一億」
そう言って彼は、傍らのアタッシュケースを、そのままポンと俺に渡してきた。
中を確認すると、メッチャいっぱい入ってる現金。……いや映画じゃないんだから。
「……レイト。現金こんな渡されても困るんだが?」
しかも一億って。
なんかもう……なんかもうって感じだ。
「あはは、うん、ごめん。ぶっちゃけ僕も困るかなって思ってた。でも一回くらいやってみたくて。アタッシュケースでの取引」
コイツ、割とふざけた奴だな?
謝罪で遊ぶな、謝罪で。
「冗談はおいておいて、じゃあ特殊事象対策課を通して、これと同額口座に振り込んどくよ。――それで、情報だけど。まず一つが、君の家のことだ」
……シロちゃん辺りから、話を聞いたのか。
「死者が出てて、その原因を探ってたんでしょ? 調べたところ、君の家で死んだ四人は、全員邪教徒だったよ」
「邪教徒?」
「うん。悪魔崇拝のバカ。召喚陣がちゃんとしたものだったとしても、どうせ出て来るのなんて魔物で、死ぬだけなんだけど。実際それで死んだ訳だし」
なかなかに口が悪いな、レイト。にこやかに毒吐く感じだ。
「まず、最初の二人。君の家を建てた夫婦だ。色々怪しいことをやってたみたいだね。その二人が死んで、次に仲間達が様子を見に来て、前の仲間の死が悪魔崇拝の儀式の成功だと信じてそこに住み始め……ま、同じくバカみたいに死んだ訳だ。憶測は混じってるけど、大体こういう背景だと思うよ」
……その怪しい儀式の結果生まれたのが、華月ってことか。
「当時の記録から見るに、どうも調査した退魔師もグルっぽい。金でも積まれたのか、最初から仲間だったのか。あ、ちなみにその退魔師は別件で死んでるから尋問は無理だよ。悪魔崇拝グループの方も……うん、十年前に壊滅してるね。危険と判断されて、ウチの組織が動いたみたいだ」
「子供は関係あったりしないか?」
「子供?」
「あぁ。近所で、行方不明だったり、死んじゃった子がいたりしないか?」
「……ふむ。ちょっと待って」
そう言ってレイトは、傍らのかばんからタブレットを取り出し、何事か調べ始める。
「――いるね。行方不明の女の子が一人。君の家で死者が出たのと、大体同時期。未だに見つかってないようだ」
その言葉に、やはりという思いと、当たってしまったかという思いと、二つの複雑な感情が湧いてくる。
……加害者が全員死んでんのが、まだマシか。
「……そうか。名前は?」
「藤澤 洋子ちゃんだ。孤児院の子だったみたいだね。当時八歳だ」
「……わかった。助かった。恩に着るわ」
「謝罪代わりになったのなら何よりだ。部下を馬車馬の如く働かせて情報を集めた甲斐があったよ」
「お前その内刺されそうだな」
「大丈夫。君程の実力者が相手じゃなかったら、事前に察知して逃げられるから」
そうかい。
「もう一つの情報は?」
「ちょっと良くないグループが日本に入って来たみたいだ。目的は不明、だけど局のブラックリストに入ってる者達だから、当然よろしくない目的で来たんだろう」
「クロだってわかってるんなら、とっとと身柄でも押さえたらいいんじゃないか?」
「それが、外交上の問題があって、そう簡単に手が出せないみたいだ。今後の展開によっては、君にも協力をお願いすることになるかもね」
外交上……もう話を聞くだけで面倒そうだな。
「人が相手なら、別に俺じゃなくても、それこそレイトが戦えばいいだろ。そこそこ強いだろ、アンタ」
この、魔力の纏い方。
確実に、戦える者だ。それも、かなりの実力者。
少なくとも、兄らしいあのアホとは比べものにならない実力があるだろう。
「はは、君の前では口が裂けても強いなんて言えないかな。まー、それくらい厄介っぽい相手ってことさ。はいこれ、資料。あげる。極秘の情報だから見たら燃やしてね」
「おう」




