地球の魔物《1》
能力の等級、最低を『E』にしてましたが、よく考えるとこういうのの最低って、『F』か『G』の方が多いか……? と思ったので、『S~F』の七段階評価に変更しました。
「ここか」
感じた悪意の発生源は、隣の市にある山。
一見すると、田舎ならどこにでもあるような平凡な山だ。今は悪の牙城みたいな雰囲気を放ってるが。
……気配が多いな。
個々はそんなにだが、どうやら群れを形成するタイプの敵らしく、全てを合わせると少し厄介か。
周辺が完全な田舎で、民家がまばらなのが幸いだな。これなら、急げば人の被害はゼロに出来そうだ。
「ほ、本当にあたしらより先に着いてる……」
アイテムボックスから、我が愛刀『緋月』を取り出しつつ、山の中の魔力感知を行っていると、後ろで数台の車が停止する音。
そこから降りて来たのは、キョウと、そして現代兵器で武装した自衛隊らしき兵士達。
夜戦用の四ツ目暗視ゴーグルを装備した、見るからに特殊部隊といった者達だが、見ている限り、隊長を務めているのはキョウのようだ。
「おう、遅いぞ、キョウ」
「いや、あたしらは車で……何でもねぇ。それより、敵はこの山の中か」
「群れだな。詳しい数は気配が入り混じってるせいで何とも言えんが、少なくとも十以上。で、デカい気配が一つあって、ソイツが次々配下を生み出してるっぽいぞ。この短時間で十体以上だ、無尽蔵に生み出せるとは思えないが、急がないと駆除が面倒だな」
キョウは、俺を見る。
「? 何だ」
「……そこまでわかるんだな」
「訓練次第だ。魔力が扱える以上は、キョウも訓練すれば同じことが出来るはずだ。……そっちの、バックアップチーム? の人らも戦うのか?」
「あぁ。ただ、魔力は扱えねぇから、牽制が精々だな。正面切って戦うのは、アンタとあたしの役目だ」
「へぇ……? 魔物って銃器効かないのか?」
「脅威度『Ⅰ』の魔物なら効く。だから基本は、自衛隊か駆け出しの『退魔師』が駆除してる。が、脅威度『Ⅱ』からは銃器が有効打にならねぇ。それが理由で、退魔師は『Ⅱ』が倒せて一人前っつわれてる。もっと現代兵器の開発が進んでくれりゃあ、あたしらの仕事ももうちょい楽になんだろうがな」
……そうか、こっちの世界の魔物は、全部精霊種のような生態をしてるって話だからな。
精霊種は、魔力で肉体が構成された存在だ。生物の形を取った以上は、血も出るし怪我もするが、魔力での攻撃でなければその存在の核を傷付けることは難しい。
無理ではない。が、確かにただの銃弾だけで倒そうとすれば、百も二百も叩き込み続けないとならないかもしれない。
精霊種は、それだけ生物としての格が高いのである。魔力で肉体が構成されているということは、呼吸をすればそれだけで栄養が補給出来る訳で、寿命の長さも人間とはかけ離れている。
ミサイルとかぶっ込んだら、流石に大体は倒せるのだろうが……まあ、費用対効果の問題だろうな。魔物の存在を表沙汰にしていない以上、日本じゃあそう簡単に使える兵器じゃないだろうし。
効率良くダメージを与えるには、やはり魔力を纏った攻撃が最適解なのだろう。
なるほど、人手不足になる訳だ。
「それで、優護。アンタのランクは『F』だから、基本はあたしの指示に従ってもらうことになる。それが嫌ならもう一回魔力測定を受け直すんだな」
「おー、別に嫌じゃないからそれでいいぞ。キョウのランクは何なんだ?」
「あたしは『C』だ。つまり、アンタが本気になればすぐに超えられるランクってことだ」
「はは、またまた」
キョウの歳で、上から数えて四番目のランクというのは、実際かなり優秀なんじゃないか?
……というか今更だが、本来通りの『F』ランクだったら、多分脅威度『Ⅲ』の仕事は回されないんだろうな。でないと、ランクなんて制度が存在する意味がないし。
なんか、裏で色々と小細工されているような気がするが……面倒くさいから気付かなかったことにしよう。
「……まあいい、とにかく行くぞ」
そして俺達は、山の中に入って行った。
◇ ◇ ◇
杏は、見る。
すぐ隣を歩く、緊張感などまるでない優護を。
散歩するかのような無造作な様子で、スイスイと山の中に入っていく姿からは、『近所に住んでいるあんちゃん』以上のものを感じないが、しかしその視線だけはそれとなく周囲を警戒し続けており、無防備に見えていても即座に対応出来る足取りをしているのがわかる。
つまりは、戦い慣れているのだ。
もはや無造作の域に至るまで、肉体の動作が戦闘に最適化されているのだろう。
……海凪 優護の経歴は、普通だ。
就職が少し上手く行かなかった、探せばどこにでもいそうな青年。
己の上司も言っていたが、だからこそおかしい。一切の戦いに関する記録が見つからないのにもかかわらず、その何気ないしぐさや警戒の様子は、同行している精鋭部隊と比べても何ら遜色はない。
そう、ここにいるバックアップチームは、全員が精鋭である。
現代兵器はほとんど有効でなく、対して魔物の攻撃は一撃で致命傷に至るものばかり。そんな理不尽な条件下でも生き残れると判断された者しか、対魔物戦には参加が許されない。
そもそも『特殊事象』が表沙汰にされていない以上、そこに割り当てられる者は秘密保持が出来ると見なされた人員でなければならず、総じてそういう者は高い能力を持っているのである。
己のような小娘に、何の疑問も抱かず従っている時点でも、彼らの資質は確かだと言うべきだろう。まあ、実際の戦闘になった際には、別に己は指示を出したりなどしないで彼ら本来の部隊長に任せることになっているので、己がリーダーというのはほぼ名目上のものなのだが。
だから、対魔物戦での戦闘能力は杏の方が上でも、こういう緊急時での動き方等は、まだまだ彼らに学ぶべきところがあり……にもかかわらず優護だけは、彼らと同質の動き方をしているように見える。
軍に所属した経歴など一切存在していないのに、精鋭部隊の動き方を理解して、それとなくカバーしているのが見ていればわかるのである。
杏の上司、田中支部長からは、この戦いで優護を観察しろと言われている。
いったいどれだけの実力を持っているのか。どれだけ戦えるのか。
そして、善性かどうか。
見極めねばならない。
「花、方角はあってるか?」
『はい、反応はその山の中腹辺りからです。ただ、複数体出現しているせいか、こちらからでは詳細な位置が判別出来ません。十分にお気を付けを』
バックアップチームの一人――と言っても、この場にはおらず、後方の拠点で情報を収集、分析している後輩に確認すると、そう言葉が返ってくる。
「了解。優護、敵の――」
「キョウ」
敵を感知出来ているらしい優護に、今の状況を確認した方が良いと考え声を掛けた杏だったが、それを彼自身に遮られる。
「何だ」
「来るぞ」
「――っ、総員、戦闘準備っ!」
杏は即座に声を荒らげ、その瞬間バックアップチームの面々が展開を開始し、辺りに張り詰めた緊張感が漂う。
そして――数秒遅れ、ソレが、森の奥の暗闇から姿を現した。
「土蜘蛛……っ!!」
出現したのは、軽トラサイズの蜘蛛に、人の頭部がくっ付いたような、気色の悪い魔物だった。