湯舟に溶けるは
夕食会は、最高の時間だった。
まず何より、レンカさんが中心となって作ってくれた料理が、ガチのマジで美味かった。
一口一口がもう、最高に幸せなのだ。
今回お狐様が三人いるので、稲荷寿司を用意していたのだが、リンはともかくシロちゃんと、あとツクモまで喜んでいた。いやまあ、俺達も同じように喜んでいたが。
シロちゃんは素直に喜んでいたのだが、ツクモは下手にそうしている様子を見せたくなかったのか、澄まし顔をしていたのに九本の尻尾だけご機嫌に揺れていて、不覚にも和んだ。
まあ満面の笑みのリンの可愛さには劣るがな!
あと、シロちゃん達が持って来てくれた酒も、もう凄まじく美味かった。
高い酒って、本当に美味しいんだなと思ったものである。
すごい飲みたそうにしていたレンカさんだったが、以前泊まった時とは違って流石に今日は帰らなきゃいけないらしく、車で帰ることを考えて我慢していた様子だったので、解毒魔法が使えるから酒飲んでも問題ないと伝えると、満面の笑みで「優護君、君は史上最高の従業員だよ」と言っていた。そこまでか。
あなた本当にお酒好きですね。
なお、そうして酒が入りまくった大人達を見て、キョウが「……大人って」とちょっと呆れた顔をしていた。
何だかリンと華月に懐かれたらしく、飯を食ってる最中二人にあれこれ世話を焼いてあげていたり、構われたりして、微妙に忙しそうだった。楽しそうではあったがな。
大分サバサバしてる感じの彼女であるが、面倒見が良いのは俺もよく知っているので、年下には懐かれるタイプなのだろう。まあ別にリンも華月も、年下じゃない訳だが。
そう言えば、特殊事象対策課にいる、学校の後輩らしい子にも割と懐かれてたな。
会話は弾み、シロちゃんやツクモの話を聞いたり、ウタがポロッと余計なことを喋りそうになるのを阻止したり、何故か無駄に俺の話を根掘り葉掘り聞かれたりもしたが……とても、楽しい時間だった。
我が家での、初めてのパーティ、のようなものは、大成功だったと言っても良いだろう。
――満足するまで食べている内に、あっという間に時間は過ぎてしまい。
シロちゃんとツクモは、来た時と同じく空を飛んで、レンカさんが遠慮気味だったキョウを車に乗せて帰り――夜が、訪れる。
「ふー……」
湯に浸かる。
大の大人が、全身を伸ばしてもなお、ゆとりのある湯舟。
肉体の疲れが、溶け出していくかのような。
最高だ。
わざわざお願いして、デカい風呂にしてもらった甲斐があった。
昔から夢だったのだ、自宅で温泉気分。
さらに、この風呂には大きな窓があり、今はまだ庭の方が全然整ってないので景色が全然だが、完成した暁にはきっと素晴らしい入浴を味わえることだろう。
ふふふ、贅沢とはこうして行うのだ。……金の使い方間違えて破産しないよう気を付けよう。
生活水準って、一度上がったらもう戻らないってよく言うし。
まあ俺の生活水準って、前のアパート生活でも上等だったというか、身に付いてしまった戦場生活が下限に存在しているので、俺にとって日本のもの大体全てが一個上の水準なんだけどな。全然嬉しくねぇ。
まあとにかく言えることは、この風呂は最高だということだ。
そうして、大量の湯に意識が半分溶けていると、がらりと浴室の扉が開く。
「おー、緋月。入りに来たのか。猫って風呂嫌いだろうに、お前は本当に綺麗好きだよなぁ」
緋月は、俺が風呂に入っていると、よく一緒に入ってくる。
そして、俺に洗えと鳴いてくるのだ。
猫って風呂が大嫌いなイメージがあるのだが……コイツ結構、『猫』というフォルムを、良いように使ってるというか、都合の良い時だけ猫になって、都合が悪くなると「でも私、完全な猫じゃないし」みたいな態度を取ってくる感じである。
まあ、そういうところも猫っぽいっちゃ猫っぽい気もするのだが。
そうやって振り回されるのを、何だか悪くないと思っている自分がいる辺り、しっかりお猫様に毒されているなと我ながら思うものである。
だから、今日もそうなのだろうと、顔も向けずに話し掛けた俺だったが……緋月からの返事が無いことを不思議に思い、そちらを見る。
そこにいたのは、タオル一枚だけを身体に巻いた、不敵な笑みを浮かべた仁王立ちのウタだった。
「ぶっ……な、な、何で当たり前みたいに入って来てんだお前!?」
「そりゃあ勿論、せっかくの広い風呂じゃからの! 堪能せんと。ほれ、入浴剤。キョウが引っ越し祝いで持って来てくれた奴」
「お、おう、ありがとう――じゃなくて、堪能すんなら俺が出てから堪能しろよ!?」
「いやいや、せっかく二人並んで、さらにゆったりと浸かれるんじゃ。ならばそれを試してみんとの」
そんなことを言いながら、ウタはタオルを取ると、マイペースに己の身体を洗い始める。
「うむ、洗い場も広くて良いな。前のあぱーとは、無理くり用意したようなしゃわーであった故」
「……ま、まあな。日本は土地が狭い――というより、山間部が多くて、住める土地が少ないから、必然的に家もそう広くないんだ」
「確かに地図を見ると、山が多かったの。ユウゴ、儂、その内フジサン見てみたい、フジサン。綺麗なのじゃろう?」
「……わかった、その内な」
そうしていつものような雑談を交わしている内に、だんだんと俺もまた、精神が落ち着いてくる。
心臓が暴れるのは変わらずだが、しかし、それ以上に心が安らぐような。
何で、コイツと共にいる時間は……こんなにも、安心するんだろうな。
「で、当たり前のように湯舟に入って来るのな」
「湯舟浸からんと寒いじゃろう」
「そうかい。そろそろ夏に入るからそんな寒くはないがな。……近い内、夏祭りにでも行くか」
「ほほう、ニホンの祭りか。良いな、楽しみじゃ!」
身体を洗い終わり、ニコニコと機嫌が良さそうな様子でこちらにやって来たウタと、横に並んで湯舟に浸かる。
この風呂は、それが出来る広さがあるのだ。
「あ、そうそう、儂も……あー……特殊事象対策課、じゃったか? それに参加することにしたから」
俺は、ウタを見る。
「……何で、急に?」
「このままお主の脛を齧って生きるのも楽しいじゃろうがな。まー、そろそろ儂も、働いても良いかと思うての。今の世のとれんどは、共働きらしいし」
「いやそれは、必要に駆られてだと思うが……」
割と、世の中が世知辛いのが理由で生まれたトレンドだと思うのだが。
「別に、金は心配しなくていいんだぜ? ぶっちゃけもう、お前とリンを養った上で、一生働かんでも生きていけるであろう金はある訳だし」
そう言うと、何故かウタは、本当に嬉しそうに笑みを浮かべる。
心からの喜びが抑えられないような、そんな無邪気な笑みを。
「……な、何だよ?」
「いや? 別に。お主は、儂らと一生共におることを、すでに前提にしておるのなと思うて」
そう言われて初めて俺は、己がウタ達とずっと一緒にいるのだということを前提に話していることに気付き、思わずかぁっと顔が赤くなるのを感じて、誤魔化すように湯舟に身体を深く沈める。
そんな俺を見て、ウタはからからと笑い――ピトッと身体をくっ付けてくる。
肩に頭を乗せられ、預けられる体重。
湯とは違う温もり。
「かか、そう恥ずかしがるな。――嬉しいぞ、ユウゴ。安心せい。儂はずっとお主と共におるよ」
優しげな、慈愛の感じられる声音。
間近に感じられるウタの甘い匂いに、脳を溶かされるような囁き声に、頭がくらくらとし始め、誤魔化すように口を開く。
「……特殊事象対策課に入るのは、わかった。まあ、お前の選択だ。好きにすりゃあいい。けど、元魔王基準の、ヤバい威力の魔法とかはなるべく使うなよ?」
「大丈夫じゃ、お主に貰った『焔零』のカタナで戦うつもり故な! カタナで戦えばきっと、大地を割っても海を割っても、元魔王ではなく強い剣士として認識されるだけのはず!」
「大地と海を割れる剣士はそうそういないんだわ」
お前なら余裕だろうけどさ。
俺は苦笑を溢し――少しだけ躊躇してから、彼女の肩に片腕を回す。
「……ウタ」
「ん?」
「……これからもよろしくな」
「かか、うむ。こちらこそ、じゃ」
ウタは、キュッと、肩に乗せられた俺の手に指を絡めた。




