引っ越し祝い《2》
「順番に紹介してくぞ。この角生えてるのが、ウタ――ウータルト=ウィゼーリア=アルヴァスト。狐の子が、リン。そして、つい最近精霊種になった俺の刀の緋月と、この家そのものである華月だ」
「ほぉ、確かに貴様の刀、凄まじい気を放っておったが。なるほど、五ツ大蛇を斬ったことで、臨界点を超えたか」
「不思議な気配の家だとは思っていましたが、付喪神でしたか。わざわざ海凪 優護が選んだ家なだけありますね」
「あ、今の説明、別にツッコミ待ちじゃなかったんだね。そっかぁ、刀が猫になったって話は聞いてたけど、家の擬人化の子もいたのかぁ」
「……優護、つまりその人形の子は、アタシらが調査に来た対象ってことか?」
「そうだな、そういうことだ」
華月を見るキョウ。
他の面々からの注目も集まって、我が家は少し恥ずかしげだ。
するとキョウは、華月と視線を合わすように腰を屈ませると、言った。
「……華月。この前は武器を振り回してごめんな。もうしないから、これからは仲良くしてくれるか?」
ふよふよとその場を漂っている華月は、小さくだが、こくりと首を縦に振った。
「ん、ありがとよ。それじゃあ、これからよろしくな」
二人が仲直りしている様子に、微笑ましく思いながら、次に訪問者側の面々の紹介を行う。
「じゃあ次、こっちサイド。まず、日本をずっと守り続けてくれたお狐様のシロちゃんと、テロリストのツクモ。そして、俺の仕事先の店長である西条 漣華さんと、色々縁があってよく組んでる女子高生の清水 杏だ」
「てろりすとなのか」
「テロリストぞ」
「否定せんのな?」
「妾、筋金入り故」
「やはりここで滅ぼした方が良さそうか」
「構わぬぞ? 先程のマ〇オカートのように、コテンパンにしてやろう」
「い、いいや、次は儂が勝つ! 暇人てろりすとなぞに負けはせんわ!」
「暇人言うな!」
この二人、これはこれで相性が良いのだろうか。
と、ウタとガミガミ言い合った後、ふとツクモはレンカさんのことを見る。
「して……西条 漣華」
「? 何でしょう、ツクモさん」
じっくりと、レンカさんを観察するツクモ。
その視線には、いつもの挑戦的なものはなく、どこか親しみを感じさせるもので。
……あ、そう言えばレンカさんの親って、ツクモの下で働いてるんだったか。
「くふふ、いや、何でもない。貴様、何か困ったことがあったら妾に言うてこい。解決してやる」
「……? あ、ありがとうございます」
理由がわからない様子で、とりあえず礼を言うレンカさん。
……待てよ、俺はてっきり、自分の親がツクモの下で働いていることを知っているから、レンカさんは親のことに関して濁してる感じだと思ってたんだが、そうじゃなくて単純に知らないのか?
……なら、俺はそのことについて話さない方がいい、のか?
そんなことを考えていると、ツクモがチラと俺に目配せする。
……喋るなってことね。了解。
部下とその身内のことは、ちゃんと考えてるんだな、ツクモも。
「それじゃあ……ん、とりあえず食材買ってくるか」
そもそもが豪勢な飯を食うという目的の集まりの今日だが、キョウとレンカさんの分の食料はあるものの、シロちゃんとツクモの分は無い。
その分を買ってこないとならないだろう。
「あ、いえ、そこまでお世話になるつもりは――」
「シロ、こういう時くらいは、遠慮しないで言葉に甘えるべきよ」
「シロちゃん、別に特にこの後予定とかが無いのならば、ご一緒しませんか? 今回すごいお世話になっちゃいましたし、そのお礼をさせてください。ツクモは別に世話になってないが、さっき引っ越し祝い貰っちゃったし、お前も食ってっていいぞ」
「くふふ、楽しみにさせてもらおう」
かなり良さげな酒な。シロちゃんとツクモの両方からで、二本。後に調べたら一本ウン十万する奴だった。
ちなみにレンカさんも、お祝いとして手作りのお菓子を何個か持って来てくれてた。絶対美味い。
すると、少し悩む素振りを見せてから、シロちゃんはこくりと頷く。
「……そうですね、では、ご相伴にあずからせてもらっても、良いでしょうか?」
「えぇ、勿論です。――じゃあ俺、買い物行ってくるから。ウタ、こっちは頼んだぞ」
「うむ、任せよ」
「なら私、車出してあげるよ、優護君」
「あ、すみません、レンカさん。お願いしてもいいですかね?」
「大丈夫大丈夫、これくらいはしないとね」
「助かります、ありがとうございます」
◇ ◇ ◇
――そうして、優護と漣華がスーパーに向かった後。
当然ながら緋月は優護に付いて行くのでこの場から消え去り、残された面々の前で、ウタは言った。
「よし、リン、華月。儂は少しこちらの二人に話がある故、キョウにこの家を見せてやるが良い」
「……わかった。杏お姉ちゃん、こっちこっち。こっち、面白い」
「え? お、おう、わかった」
少し不思議に思った杏であったが、凛と華月に引っ張られ、この場から去って行く。
彼女らの姿が見えなくなったところで――ウタは、シロとツクモに向き直った。
「さて……改めて自己紹介しておこう。儂はウータルト=ウィゼーリア=アルヴァスト。親しい者にしか呼ばせる気は無かったが、ユウゴの知り合い故、特別にウタと呼ぶことを許してやろう」
今までの様子とは一変し、どことなく覇気すら感じさせる姿。
冷たい、だが同時に燃え滾る熱を感じさせる眼差し。
微笑。
久しく見せていなかった、王としての姿。
「ほぉ……そちらが貴様の真なる姿か」
「……なるほど。事前にあなたと一度会ったことのあるらしい工藤 修二に、話は聞いていましたが。ここまでの存在でしたか」
豹変したウタの姿に、二人の眼差しもまた、自然と警戒の色を帯びる。
本能が、警告するのだ。
この相手の、強大さを。
「真も何もあらん。儂はどのような時も儂よ。しかし、ユウゴに面倒をもたらす、敵かもしれん者にまで愛想良くするつもりは無いというだけのこと」
「海凪 優護は大切な友人です。敵になど――」
「シロ、わかっておろう。この者が言いたいのはそういうことではないと」
「…………」
二人は、ウタがいったい何を危惧しているのかわかっていた。
ウタもまた、この二人ならば、それがわかるだろうと思って話していた。
「ツクモはともかく、シロとやらの方にユウゴが世話になったのは聞いておるがな。それは感謝しよう。が、その縁が枷になるのならば、話は別よ」
縁。
一度繋がれば、なかなかに切れぬもの。
ウタもまた、それが悪いものだと思っている訳ではない。人が生きるためには、大切にしなければならない、とても大事なものだ。
しかしそれが、優護の望みと正反対のものをもたらすとなれば……対応は、考えなければならない。
「ユウゴは、頼られれば助ける。助ける力があるから、という訳ではなく、彼奴が真に弱き者の味方じゃからよ。それが良いところであり、悪いところでもある。きっとユウゴは言うじゃろう。これは、己の選択だと。己が選んだ結果じゃと。――だからこそ、儂はここで、お主らに問わねばならん」
ウタは、世界の過半を制した魔王は、その小さな身体にとてつもない覇気を纏わせ、言った。
「儂は、ウータルト=ウィゼーリア=アルヴァストの名において、ユウゴの背を守る。平穏に過ごしたいという、彼奴の望みを守る。何があっても、何が敵に回ろうとも。――聞こう。お主らは、彼奴の敵か?」
その後、三人がいったい何を話したのか。
誰も知らず、そもそも何があったのかも気付いておらず。
だが少なくとも、優護達が戻って来た時には、ウタは『ただのウタ』に戻っており、シロとツクモもまた、表面上は、何事もないような様子を装っていた。




