内見《2》
スゥー……これ本当は昨日の分。全然間に合わなかったぜ……。
「……お兄ちゃんお姉ちゃん、ただいま」
「おかえり、リン」
「おうリン、おかえ――り?」
凛が、ふよふよと漂う人形のぬいぐるみを連れて戻って来た。
「あー……凛、その人形は?」
「……新しいお友達! 名前は知らないけど、一緒に探検してた!」
どことなく嬉しそうな様子で、胸を張りながらそう答えるリン。可愛い。
俺は、人形を見る。
女の子を模した、緋月の半分くらいのサイズの、人形のぬいぐるみ。
人形もまた、リンの後ろに隠れながら、首だけをちょこんと出して、俺のことを見ている。
「……華月、か?」
すると、人形のぬいぐるみは、こくりと頷いた。
……そうか、華月なのか。
家にあった人形を操って――いや、魔力のこの感じ。
恐らく核だな、これ。物体を操っている訳ではなく、緋月の猫フォルムと同じようなものだろう。
ウチの愛刀と揃えて、華月って名付けたんだが……なんか、本当に同じ感じになっちゃったな。
ただ、魔力が高じて生まれた存在である緋月とは違って、これは華月の種族特性によるものだろう。
ミミックとは、元来模す生物だ。他の何かになり切る力を持つ。人形に模した分身を生み出すことなど、造作もないことだろう。
いやまあ、こっちの世界の魔物は全て、精霊種みたいなものなんだけどな。
ただ……人形、ね。
何故華月は、依代としてこの姿を選んだのか。
何もないところから、突然この人形の姿を選んだというよりは、家にあったからそれを模したと考えた方が自然だろうが……この家に、子供部屋は無い。
残されていた家具は全て、大人用のもの。四人の死者も、全員大人だったはずだ。
テレビとかで見た、という可能性は無きにしも非ずだが……。
「……お兄ちゃん、お知り合い?」
「あぁ。さっき名前を付けたところだけど、華月だ。仲良くしてあげてくれ」
「……ん、勿論! 新しい、お友達だからね」
元気良くそう言うリンに俺は笑い、華月と視線を合わせる。
「これからよろしくな、華月。一緒にのんびり、暮らしていこう」
俺の言葉に、華月はリンの後ろから出て来ると、再びこくりと頷いた。
ぽんぽんと人形の頭を撫でてやると、少し恥ずかしそうに、もじもじとする華月。
……精神年齢も、見た目と同じくらいなのかもな。
「かか、この世界は、ほぼ人間だけの世界じゃというに、この家ではお主だけじゃな。全く、面白いものよ」
「いやホントにな」
人間一人、魔王一人、お狐様一人、刀一本、家一つの家族。
世界広しと言えど、こんな家族構成の家はウチだけだろう。
人間がほぼ全てのこの世界で、まさか俺の方がマイノリティになる日が来ようとは。
「さ、それじゃあ――これから忙しくなるぞ! 全員で、手分けして引っ越しを進めてこうか!」
「うむ!」
「……ん!」
「にゃあ」
三人の後に、華月もまた返事するかのように、両手を万歳させた。
◇ ◇ ◇
それからしばらく、忙しい日々が続く。
買うという契約を正式に交わし、田中さん経由でシロちゃんにも連絡が行ったところ、すぐに派遣されてきた建築士さんと、現地で落ち合いながら打ち合わせを行う。
マジの一流建築士さんらしく、本来はリフォームの仕事など請け負っていないそうなのだが、シロちゃんの鶴の一声で派遣されてきたようだ。すごい格安で。
いや、俺が支払うことになる金額が格安というだけで、実際には色々、間に入ってくれた『特殊事象対策課』とのやり取りがあったようだが、まあ本来なら俺が仕事を頼めるような人じゃないことだけは確かだろう。
そもそも伝手が無ければ依頼すら出来ず、さらには何か月待ちとかになるのが普通らしいのだが、連絡してから数日くらいですぐに来てくれた。
多分俺達のためにスケジュールを空けてくれたはずなので、割と恐縮していたら、「いえ、巫女様にご紹介いただいたお仕事ですので。むしろ、このようなお仕事をさせていただき、こちらの方が感謝しなければなりません」と言われた。
どうやら、裏を知っている人であるらしい。
なら、多少は事情を話しておくべきだろうと思い、「この家ミミックで、生きているので、改装は慎重にお願いしますね」と言ったら、真顔で「は?」と言われた。
まあうん、そうなるわな。
また、リフォームに合わせてインテリアのコーディネートもしてくれることになり、キッチン、ダイニング、リビングは家具選びまでやってくれることになった。デカいテレビが欲しいとか、炬燵が欲しいとかの要望は伝えたが、それ以外は完全にお任せだ。
ちなみに、引っ越し業者は頼んでいない。全部俺とウタのアイテムボックスの中に突っ込んで、そのまま持って行くことにした。
いやホント、梱包しないでそのままアイテムボックスに突っ込めばいいので、すごい楽だ。
引っ越しの時、何が一番面倒くさいかと言うと、確実にこの梱包作業だろうからな。荷解きも最高に面倒くさいし。
まあ、新居に引っ越すに当たって、それぞれの部屋に関しては特にコーディネートをお願いせず、自分達で整えることにしたので、その分の家具は業者に運び入れてもらうことになる。
つっても、自室に置くの、本当に服を入れる用のタンスくらいになりそうで、大して買うものも無さそうなんだが。
広い和室で布団を敷いて寝ることにしたので、まずベッドは買わないしな。ゲーム機とか全部リビングに置く予定だし、テーブルと椅子くらいはそれぞれの分を買ってもいいかもしれないが……多分使わない気がする。パソコンもリビングに置く予定だし。
結局、リビングでぐだぐだと過ごして、ダイニングで飯を食って、夜になったら和室で寝る、みたいな生活になりそうだ。
――そうして、忙しくしながら過ごすこと、早一か月。
「うむ、うむ……素晴らしい!」
新居に入った俺は、思わずそんな感嘆の言葉を漏らしていた。
和風でありながら、モダンな雰囲気もあるリビング。デカいテレビと炬燵もちゃんとあり、見るからに高級そうなスピーカーが二つ、隅にでんと置かれている。手前に大きなソファ、真ん中に炬燵、奥にテレビという配置だ。
広く使いやすいキッチンに、洒落ていながら、どこか家庭の温かみを感じさせるダイニング。三人は並んで料理出来るだろうし、八人くらいは同時に飯を食うことが出来るだろう。
今は使っていないが、フローリングの床には床暖房機能があるようで、冬場もこれで寒くないな。
最高だ。これから、この家で過ごすのか。
プロってやっぱりすごいわ……打ち合わせで事前に数回訪れてはいたが、完成形を見るのは今日が初めてなので、興奮もひとしおである。
「……すごい! ワクワクが止まらない!」
「うぅむ、人間の建築士もやるもんじゃのぉ……」
パチパチと大興奮で拍手しているリンに、何故か知らんが唸っているウタ。
「にゃあう」
そして緋月はマイペースにソファにごろんと転がり、寝心地を確かめている。
二人と一匹の隣で、どことなく誇らしげな様子で宙をふよふよと漂っている華月。人形フォルムが気に入ったようで、他の人がいない時は最近ずっと出しっ放しである。
こういうリフォーム、本来なら結構時間が掛かるものだと思うのだが、あっという間に終わったな。マンパワーで解決してもらったようだ。
……いや、お願いしたのが、元々広めだった風呂をデカくしてもらうのと、床の幾つかをフローリングにしてもらったりという細々とした部分で、あとはそのままだったので、こんなものかもしれない。あ、トイレとかもいい奴にしてもらった。
あと家の鍵も、当初の予定通り前の家で使っていたドアノブのものだ。建築士さんも微妙に怪訝そうな表情を浮かべていたが、客の要望なので受け入れてくれた。
もっといい鍵もありますが、と言われたが、そもそもウチ、ぶっちゃけ鍵とかいらないんで。すでに結界も張り終わっていて、華月が魔力を十全に得るための結界と、防音結界、あと悪意ある者を家から追い出す防御結界を構築済みだ。
ちょっと悪質なセールスとかは……まあうん、我が家に来たらご愁傷様だな。
普通の家なら、放置していたことで悪くなっているところもあるだろうし、そういうところを修繕する作業もしてもらうのだろうが、華月に魔力をたっぷりあげたら、痛んでいたところは全部良くなってたからな。内装に比べて荒れ気味だった外観も、新築同然の綺麗さに戻っていた。
ただ、庭にしてもらう予定の空き地と林は、流石にまだ半分も工事が終わっていないので、完全にリフォーム終了という訳ではないのだが、住むだけならもう、住めるようになっているのだ。
そのため俺達は、今日からもうこちらで過ごすことにした。前の家も、引き払い済みである。
「……凛、探検してくる!」
「よし、儂も付いて行こう! 色々共に見ようぞ! 華月、お主は案内役じゃ!」
「にゃあ」
二人と一匹と一体が、非常に楽しげな様子で歩いて行くのに、俺もまた付いて行こうとし――ピンポーン、とチャイムが鳴る。
「む、来たか」
「いいよ、こっちは俺が対応するから」
そうして俺だけ別れ、玄関の扉を開くと、そこにいたのは――キョウ。
「キョウ。いらっしゃい。見ろ、これが新しい我が家だ!」
「いやそのセリフは、あたしが玄関から中に入ってから言ってくれな。確かに外観も綺麗になってたけどよ」
苦笑しながらそう言うと、彼女は片手に持っていた紙袋を俺に渡す。
「これ、引っ越し祝い。あたしのと、あと田中支部長のもあるから」
「お、悪いな、ありがとよ。色々手回ししてくれた田中さんにも、後でしっかりお礼言わないとな」
キョウが引っ越し祝いで来てくれるのは予定通りなので、しっかり準備している。
せっかくの新居だからな、引っ越し記念パーティじゃないが、豪勢な晩飯を食う予定なのだ。で、最初に俺と一緒にこの家へ調査に来た縁で、誘った訳だ。
近い内、レンカさんやシロちゃんなんかも呼ぼうと思う。
そう彼女と話しながら、家に入ろうとしたその時。
ウチの敷地の外に止まった車が、ゆっくりと中に入ってくる。
何だと思ってそちらを見るも……あのゴツさ、見覚えのある車だな。
スー、と窓が開き、運転席から顔を覗かせたのは、予想通りレンカさんだった。
「やあやあ優護君。お祝いに――あれ、被っちゃった?」
レンカさんは、俺の隣にいるキョウを見る。
「うーむ、ウタちゃんには話してあったんだけど……サプライズがしたかったけど、やっぱりちゃんと連絡した方が良かったね。ごめんごめん」
あぁ、なるほど……レンカさんも祝いに来てくれたのか。
実は少し前仕事に行った際、新居に移る今日、何か用事があったりするかとは聞かれていたのだが、その時はキョウの訪問の予定がまだ無かったので、特に無いとは話していたのだ。キョウが今日来る。何でもない。
その時、ウチに遊びに来る、という話はしてなかったのだが……そうか、ウタの奴が何だか多めに晩飯の食材を買っていたのは、レンカさんが来るのを見越してだったのか。
「いえ、来てくれてありがとうございます。普通に嬉しいです。キョウ、この人は西条 漣華さん。俺のバイト先――じゃなかった、仕事先の店長だ。料理が超美味い。レンカさん、こっちは清水 杏。俺の……あー、もう一個の仕事で組んでる奴です」
「あ、えっと、ども。清水 杏です」
「こんにちは、杏ちゃん。漣華だよ。……ん、君も、綺麗な魔力をした子だねぇ。美味しそう」
「美味しそう?」
「いやごめん、何でもない」
サキュバス出ちゃってますよ、レンカさん。
「……西条さんも、裏の仕事の関係者で?」
「漣華でいいよ。まあ私は、魔法がほとんど使えないから、登録をしてあるだけだね。……それにしても、これまた随分と可愛い子だねぇ、優護君?」
「……な、何です、その視線は」
「いやぁ? 別に。とりあえず優護君、車止めさせてもらうねぇ」
「わかりました、そこの駐車スペース、テキトーに使っちゃってください」
「ありがとー。せっかくこれだけ広くて立派な、二台くらい止められそうな駐車スペースあるんだし、君も車買ったら?」
「そうですね……んー、確かに一台、買ってもいいかもしれませんね……」
ウタとリンと遠出するのも、楽しそうだしな。
一応俺、免許は持っている。
教習所以来乗ってないので、ブランク十年くらいあるが。
「……優護の運転か。何だか、そこはかとなく不安になるな」
「何でや」
まあ俺も不安なんだが。
そうしてレンカさんが車を止めて下りるのを待って、今度こそ三人で家の中に入ろうとしたその時――急に空が陰る。
見上げると、そこに浮かんでいる、二つ分の影。
「こんにちは、海凪 優護」
「引っ越しをしたそうであるな。冷やかしに来たぞ、海凪 優護。――む? 先客か」
「し、シロちゃんにツクモ?」
それは、お狐様コンビだった。
「あー……見間違いじゃなかったら、今空飛んでたね? というか、耳と尻尾があるね?」
「み、巫女様に、ツクモも……」
唖然とした顔のレンカさんと、一気に緊張し、警戒態勢に入るキョウ。
そしてそんな二人を気にせず、近くにやってくるシロちゃんとツクモ。
「一人はー……組織の子ですね。例の蛇の討伐戦で見た覚えがあります。もう一人は、知らない子ですね。こんにちは、シロです。シロちゃんって呼んでください」
「貴様、その挨拶どうにかならんか? 小娘ども、大妖怪のお通りぞ。ひれ伏すが良い」
「ツクモ、初対面の子に失礼が過ぎます。ごめんなさい、二人とも。この子は少し、困った子なのです」
「いや貴様だけには言われとうないわ。――ん、ツクモじゃ。海凪 優護の周りは調査した故、知っておる。西条 漣華と、清水 杏であるな? 清水 杏は、以前に明華高校で会うたか」
「……こんにちは、西条 漣華です。うーん、これまたキャラの濃い……私、割と自分の個性はある方だと思ってたけど、全然そんなことなかったかもしれないね」
「……優護、アンタの周りって、いっつもこんな感じだよな」
四人の視線が、一斉にこちらを向いた。
……カオス!
おかしい、何でこんな、物の見事に人外ばっかになってるんだ……?
当初の予定じゃ、全然そんなつもりはなかったんだが……。




