内見《1》
感想ありがとう!!
キョウと共に調査を行った日から、数日後。
俺は、我が家の面々と共に、再びの内見に訪れていた。
「――ほぉ、なるほど。家型とは珍しいが……ミミックか。ここに住むのか?」
俺はしばらく気付けなかったが、一発でミミックだと気付いたウタが、周囲を見渡しながらそう問い掛けてくる。
「あぁ、良い家だろ? 広いし品が良いし、毎日住むならこういう家がいいんだ、俺」
「ニホン家屋じゃったか。儂はあまり見慣れぬ形式じゃが、確かに品が良いな。うむ、儂はここで構わんぞ。リンはどうじゃ?」
「……ん。ここ、とってもいい感じ! 綺麗で、空気が良い」
「ならば決まりじゃな。ま、金を出すのはお主じゃし、儂らはそれに従うのみじゃが」
「別に、意見は全然出してくれて構わないんだぜ?」
「いや、どちらにしろ、ユウゴが心底から気に入ったという時点で、決まりよ。余程ならば口を挟むかもしれぬが、ここは普通に良いところじゃし」
「……そ、そんなに気に入ってるように見えたか?」
「それはもう、見ていてこちらが微笑ましくなる程じゃな」
微妙に照れ臭くなった俺は、誤魔化すようにオホンと咳払いして、言葉を続ける。
「……ま、そういう訳で引っ越し先はここにしよう。色々足りてないものばかりだから、都度買っていかないとな。あと、空き地と林のところは業者にお願いしてさ、綺麗な庭にしてもらおう。で、風呂ももうちょっと改装してもらって、大浴場とまでは言わんまでも、良い感じにしてもらおうぜ」
リフォームするとなると、壁を壊したりする場合もある訳で、この家からすると内臓を抉られるようなものかもしれないため、直接聞いてみたら「問題ない」とのことだった。
いや、緋月程はっきりと意思を示してくれる訳じゃないので、漠然とした感じしかわからなかったのだが、とりあえず嫌がってる感じではなかったため、改装自体は行っても大丈夫そうだ。
「かか、本当に楽しそうじゃな、ユウゴ」
「こういうのって、こうやって妄想してる時が一番楽しいもんだろ?」
「間違いないの。よしユウゴ、儂、りびんぐに大きなてれび欲しい! こう、壁一面を覆うくらいの立派な奴!」
「良い案だ。せっかくだから、それに合わせてオーディオ関連もメッチャ良い奴買っちまうか! もう映画館ばりの奴。家を買うための金、今回かなり浮きそうだから、その分をリフォームと家具に回そう」
この家の異変の解決費用として――まあ解決は全然していないどころか、異変と同居するつもり満々な訳だが、とにかく仕事完了ということで、その報酬でただでさえ安かった家の値段がさらに安くなったのだ。
俺も大画面テレビとか憧れだったから、ウタの言う通り、この際デカくて良いものを買ってしまおうと思う。手前に炬燵とかも置いてのんびり出来るようにしたいものだ。
と、横で俺達の話を聞いていたリンが、若干うずうずとした様子で口を開く。
「……ね、お兄ちゃん。このお家、探検してきても、いい?」
「おう、勿論だ。これから住むところだし、いっぱい見て来い」
「……ん! 緋月、付いて来て?」
「にゃあ」
しょうがないなぁ、と言いたげな様子の緋月を連れ、リンは元気良く探検に向かって行った。
あの一人と一匹、すごい可愛いペアだな。
大分微笑ましい気分になりながら彼女らを見送った後、俺はウタと会話を続ける。
「さて、ウタ。この家、四人死んでてさ。どうも魔力を吸い尽くして殺しちまったみたいなんだが……こうして中にいても、敵意も悪意も感じられないだろ? 何でだと思う?」
ウタは壁に手を当て、少し考える様子を見せながら、言った。
「ふむ……ミミックとは元来、大人しい魔物よ。己から動きはせんし、手を出されなければ、そのままその場でジッとしておることも多い。それに、恐らくこのミミックは、共生を選んだ個体じゃと思うぞ」
「共生……」
「家は、人が住まねば意味を成さん。それを、わざわざこの形で生まれた以上は、此奴もわかっておるはずよ。別に好意も悪意も関係無く、住民を殺して一時的に多量の魔力を得るよりは、長く住んでもらって少量ずつ魔力を吸収していく方が、遥かにぷらすであろう?」
「……そうだな。確かにそうだ」
殺し、一時的に大量の魔力を得る。
長く住んでもらい、魔力を得続ける。
どちらの方が己にとってメリットがあるのか、こういう生物ならばよくわかっていることだろう。
それに、人は飯を食ったり睡眠を取って身体を休ませたりした時に、必ず余剰魔力が生まれる。普段から魔力を消費しない、己にそれがあることもわかっていない一般人なら尚更だ。
「ということは、じゃ。このミミックがわざわざ四人も殺したとなると、そこには理由があると考えるのが当然。流石にそれが何かはわからぬが……ま、死した者達には悪いが、そもそも生物が生物を殺し、食らうことに善も悪も無かろう。儂らならば、この家に何を食わせて何を食わせんか、強制させることも可能じゃろうし、特に問題も無いな」
「……それもそうだな」
元来、生き物が生き物を食らうことに、罪など無い。
生きとし生けるもの全て、何かを食わねば生きられないのだから。
「ま、とにかく話はわかった。このミミックが飢えぬよう、常に魔力を吸収出来る結界を張れば良いのじゃな? 儂がこの世界の魔力を効率良く吸収するために、己の肉体に張っておる結界を、この家にも張ろう。そうすれば、儂らの魔力を食わせてやらんでも、大気から常にそれを吸収し続けられるようになるはずじゃ。お主にも協力してもらうぞ」
「助かるよ、俺の張る結界じゃあ、そこまで複雑なものは出来ないからさ」
俺も結界は張れるが、使えるのは比較的簡単なものばかりだ。
複雑なもの――要するに、戦場で役に立たないものは覚える余裕がなかったので、事前準備が必要な類のものは一切使えないのだ。
そういう技術は、俺はウタには全く及ばない。逆立ちしても勝てないな。
「ところでユウゴ、ミミックミミック言うのも味気ないじゃろう? 住むことに決めたのならば、名前を付けてやったらどうじゃ? ミナギ家でも良いが……」
「む、確かに」
俺は、少し考え――壁に手を触れ、言った。
「お前の名前は、『華月』だ」
頷くように、小さく壁が、脈打った。
◇ ◇ ◇
「……緋月、探検、楽しいね!」
「にゃあ」
意気揚々と、新しい家の探検を始める凛の横を、緋月がトコトコと付いて行く。
緋月はつい最近訪れたばかりであるため、正直そこまでワクワクしている訳ではないのだが、妹分が楽しんでいるところなので水を差す真似はしない。
凛はもう、ここに来てからずっと、ワクワク三昧である。
広い。すなわち楽しい、だ。実に探検のし甲斐がある。
ここは普通の家ではないらしいが、優護の周りにあるもの全て、大体普通じゃないので今更の話だ。
それに……凛には、わかっていた。
ここは、危険な場所ではない、と。
ただ一人きりで、人間から隠れ続けて生きてきた彼女は、危険にはとても敏感だ。悪意や敵意、そういうものには本能レベルで気付くことが出来るし、ともすれば優護よりもその感覚は鋭いかもしれない。
だから、何も気にせず、好きに見て回る。
ごろん、と畳の部屋で転がってみたり、隣接している縁側を覗いてみたり。
二階に登って、部屋の窓から外を眺めてみたり、屋根裏に入ってみたり。
上機嫌で家中を歩き回っていたその時、ふと凛は、緋月が一か所へと視線を向けているのに気付く。
「……緋月?」
不思議に思い凛もまた、そちらへと視線を向け――目が合う。
人形のぬいぐるみと。
少女を模した、小さなそれが、押し入れの奥からこちらを覗いていた。
独りでに動く、しかも押入れの奥からこちらを見てくるぬいぐるみなど、本来ならば恐怖の対象であろうし、仮に杏がこの場にいたら悲鳴をあげていただろうが……。
「……こんにち、は。この家の子?」
そう挨拶をするも、ぬいぐるみはこちらを見るだけで、近付いて来ようとしない。
「……大丈夫。何もしない、よ? ね、緋月」
「にゃあう」
「……だってさ。だから、一緒に遊ぼ!」
すると、そこでぬいぐるみは、意を決したような様子でふわりと宙に浮かぶと、ふよふよと近くまで寄って来る。
「……んふふ、それじゃあ、一緒に探検、だ!」
それが何か、ということを凛は気にしない。
ただ、仲良く出来るなら仲良くするだけだ。
良くしてあげられるなら、良くしてあげる。
それを、優護と共に過ごして、学んだ。
「……この家の子なら、面白いところ、教えてくれる?」
こくりと頷き、ふよふよと漂っていくぬいぐるみの後ろを歩き、凛は更なる探検に向かったのだった。




