突撃!! 呪いの家!!《2》
それからも、二人と一匹で調査を続けていく。
予め用意していた間取り図を見ながら、まずは一階を一部屋ずつちゃんと確認していき、次に二階へと向かう。
が、全ての部屋で、綺麗であること以外の異変は見つけられず。
屋根裏部屋なんかも見たが、暗いだけで何も無かった。というか、屋根裏でさえ綺麗で、カビっぽさや埃っぽさが無かった辺り、徹底されている。
なんかこう、隠された儀式部屋があったりとか、それこそ秘密の地下室があったり、あと呪いの人形っぽいものが飾られたりとかしてたらわかりやすいんだがな。間取り的に、変なところなんかも別に無かったし。
この家、何か変、とはならなかった。
ただ、それでも――わかってきた。
純人間である俺は、ウタやリン程の魔力感知能力が無い。
敵意等には敏感に反応出来るが、それが無い場合、俺では異変に気付き難い。
しかし、色んな経験はしている。
その経験に照らし合わせ、予測を立てることは、出来る。
「にゃあう」
緋月が、「ここは少し魔力が濃い感じ」と鳴く。
ちなみに今更の話だが、俺は緋月の言葉が大雑把にだが理解出来る。
これが絆の力か……とか呟いていたら、ウタに「いやお主に魔力感受の能力があるからに決まっておろう。儂もリンもある程度緋月の言葉は理解出来るし」と呆れた顔でマジレスされた。
吐息には、酸素や二酸化炭素と同じように魔力が宿り、ということは当然、喋る言葉にも魔力が宿る。魔言、という魔法攻撃もあるくらいである。
そして、感情は魔力によく現れるため、緋月程の魔力を持つ存在の言葉なら、俺に魔力感知能力があれば理解が可能な訳だ。
「……本当に何も無いな。これ、ここまで綺麗にされてんなら、案外誰かの手が入ってるとかってオチだったりしねぇか……? 時々遺族とか、管理会社の人間とかが家を掃除してて、たまたまそれが最近だったとか。あるいは、不審者が勝手に入り込んで、勝手に住んでるとか」
「不審者が入り浸ってるってオチの方がよっぽど怖いな。敵なら斬ればいいだけだが、ただの人ならそういう訳にもいかないし」
「ホントにな。……いやけど、それにしちゃあ人が住んでる痕跡が無さ過ぎか。自分で言ったが、流石にその線は違うだろうな」
色々と考えているのだろう顔付きで、周囲を見渡しているキョウ。
「ふむ。よし、キョウ、外出るぞ」
「え? わ、わかった」
俺は彼女と緋月を連れて一旦家の外に出ると、空き地と林の方を確認し、最後に一度、敷地内から完全に出てみる。
……ん、なるほど。
「キョウ、不審死した四人の死因って聞いてるか?」
「あぁ。四人とも衰弱死だ。つっても、健康状態自体には問題が無かったみたいで、栄養失調とかでもなく、にもかかわらず衰弱死だ。だからこそ不審死ってことになってるんだが……」
衰弱死か。
やっぱりな。
「そういう時って、いったい何が原因だと思う?」
少し考える素振り見せてから、彼女は言った。
「……魔力だ」
「正解。魔力は血と同じだ。大なり小なり生物の体内に必ず存在し、あまりにも大量にそれを流せば、死ぬ。血と違うところは、人の意思で動かすことが可能で、消費可能な限界量が多いってところだな。で、それを失って死んだ際、一般人じゃあ魔力の状態がどうなってるかわからないから、出来上がるのは――」
「……衰弱した死体、か。つまり、人間の魔力を吸う何かが、ここにはいるってことか……?」
「そうなるな。ここ、綺麗なままなのは、その住人達の魔力のおかげなんじゃないか? 魔力で修繕される武器や防具なんていうのは、当たり前のものだしな」
緋月にも、軽くだがその機能がある。流石に折れたりしたら無理だが、軽い刃毀れ程度なら、勝手に直っていくのだ。魔力を吸収するって効果のある武器防具には、大体デフォルトで備わっている機能である。
人の怪我が、時が経てば治っていくのとほぼ同じだな。
まあ、手入れしないと斬れ味が落ちるのは確かだし、俺の気持ち的にも愛刀は大事にしたかったので、その辺りはちゃんとやっていた。
今も、毎日とは言わずとも、手入れは欠かさずに行っている。加えて、猫フォルムの時にブラシなどもちゃんとやっている。
手間暇二倍だが、可愛いものである。
「…………」
ぞっとした様子で、己の両腕をさするキョウ。
人の魔力を――言い換えれば、精気を吸い取る家。
まさに、呪いの家そのものだろう。
外部から見る限りでは。
「五ツ大蛇討伐の時に渡した指輪、どうした? もう消費しちまったか?」
「いや、まだ付けてる」
そう言って、彼女は左手を俺に見せる。
その人差し指に嵌められている、以前に俺が渡した身代わりのリング。
ん、ずっと付けててくれてたのか。
「そのまま指に嵌めとけ。じゃ、戻るぞ」
「も、戻るのか?」
「戻んないと解決出来ないだろ? 大丈夫だ、この家がどういうものかは大体理解出来た。俺の側から離れるなよ」
「わ、わかった」
そうして家に戻り、広い和室に向かった後、俺は緋月の本体を抜き放つ。
俺の動きを見て、慌ててキョウもまた、腰に差した雅桜を構える。
「緋月」
「にゃあ」
一声掛けると、彼女はスン、と消えて本体に戻り――俺は、行動を開始した。
「いやぁ、それにしても酷い家だ。こんな家に住む奴の気が知れないな! おら!」
大声で悪口を言いながら、障子戸の一枚を緋月で叩き斬る。
――その瞬間、ズン、と空気が変化した。
怒気。
刹那遅れて、独りでに浮かび上がった時計がこちらに向かって飛んできたため、斬り捨てる。
同時、数枚の皿がフリスビーが如く放たれるのを一歩下がって避け、畳返しで飛んで来た畳も斬る。
一瞬で荒れ果てる内装。
「はは、なんかアトラクションみたいで面白いな!」
「言ってる場合か!? アンタ、こういう時いっつもそうやって笑うよな!?」
俺の後ろで、同じく飛んでくる家具を避けたり防いだりしながら、そう声を張り上げるキョウ。
「可愛いもんだろ、こんな攻撃。まあ、当たったら痛いだろうから、ちゃんと避けろよ?」
「あたしはアンタ程身軽じゃねぇっての!」
「いや俺とキョウだったら、キョウの方が身軽そうだが」
「……それはそうだが!」
いつもみたいに、律儀にツッコんでくれる彼女に俺は笑い――ヒョイ、と皿を避けた後、緋月を納刀した。
「さて――ごめんごめん、急に斬られて驚いたよな。それに、酷い家って言ったのも嘘だ。本当はすごい良い家だと思ってる。結構本気で住みたいなって」
すると、停止する俺達への攻撃。
宙に浮いていた家具や小物類がその場に止まり、やがてゆっくりと床に落ちる。
「悪かった、仲直りしよう。俺の魔力、存分に吸ってくれていいからさ。斬ったところとか、壊れたところとか、それで修繕してくれ」
そう言ってその場に胡坐で座り込み、両手を地面に付ける。
最初は、躊躇うかのように。
恐る恐る、といった様子で俺の身体から魔力が吸われていき、それに合わせ、荒れた室内が徐々に元に戻っていく。
全てではなく、小物類は壊れたままなようだが、一部の大型家具も同様に修繕されていく。
「――うにゃにゃ!」
「え? あー、わかったわかった、お前も吸っていいから。けど、お前底無しなんだから、吸い過ぎないでくれよ?」
「にゃあ!」
突然横に現れた緋月の猫フォルムが、俺の指の一本を甘噛みし始め、そこから魔力を吸っていく。
お前な。「それは私の魔力!」じゃないわ。まあいいけどさ。
「……優護。この家って……」
「あぁ」
正体に気付いたらしいキョウに、俺は言った。
「この家は、ミミックだ」
「ミミック……」
「日本なら付喪神って言うべきか? 付喪神:タイプ『ミミック』みたいな……」
「いや名称は何でもいいっての。……つまりここは、胃袋の中なのか」
「定義的にはそうなるかもな」
ミミック。
物に化け、獲物を食らう生物。
この家は、間違いなくそれだろう。こういう擬態形の生物は、気配を隠すのが非常に上手いため最初はわからなかったのだが、外の空気と中の空気が微妙に違うのを先程確認して、もしやと思った。
向こうの世界で、似たような生物は何度か見たことがあったからな。先住者の死因は、十中八九この家に限界まで魔力を吸われてしまったせいだろう。
完全に戦闘態勢を解いて、魔力を吸わせている俺の姿を見て、キョウは少し戸惑ったような様子を見せた後、刀を下ろす。
「……倒さないのか?」
「倒す必要があるなら倒す。そうじゃないなら倒さない。俺にはこの家を斬る理由が見当たらないな」
「けど、四人死んでんだぞ?」
「まあな。ただ、それがこの家の本意だったかどうかは、わからんぞ」
多分この家、相当空腹だったはずなのだ。
二十年誰も訪れず、つまり魔力を補給することが出来ず――そしてそこに現れた、二人の人間。
餌。
にもかかわらず、この家は俺達を食らおうとする意思を見せず、一回外に出て帰るフリをしても、何も仕掛けて来なかった。
もしかしたら、油断させてその内ガブッと、ということも考えていたかもしれないが……俺はずっと、一切の悪意を感じなかった。
だから最初から、この家に何かいても、それは敵じゃないのだろうと考えていた。
さっき挑発して一回攻撃した時も、怒ってはいたが、俺達を吸い殺してやる、みたいな悪意は何も無かったのだ。
先住者の四人を、殺すつもりで殺していたのなら、俺達に対して手心を加えるなんてことはしないだろう。
何があって吸い殺したのかは、ちゃんと究明しないとならないだろうが……それについては、ウタにも見てもらえば何とかなる気がしている。
アイツなら、助けになってくれるだろう。
「よし、決めた! やっぱり次に住むの、この家にしよう。買おう、ここ」
『――――』
俺の宣言に、魔力がうねる。
真意を問いたげな、不安そうな、それでいて期待するような。
「これでも俺は、色々出来るんだ。この家に住む予定の同居人もな。だから、心配しないでいい。お前がどれだけ魔力吸っても、俺達はそう簡単に死なんからさ。色々やりようもあるし」
「にゃあ」
俺の横で、「お前後輩な」と言いたげな様子で、緋月がぺしぺし畳を叩く。
『――――』
その時、いったいこの家が何を思ったのかはわからない。
だが、感じられる温かな空気からして……きっと、喜んでくれたのだろう。
「そういう訳だからキョウ、ここの討伐は無しな。引っ越しが完了したら、お前も是非とも遊びに来てくれ」
隣のキョウにそう話し掛けるも、彼女は俺をジッと見詰めるだけで、口を開かず。
「? どうした?」
「……何でもねぇ。やっぱ優護は、優護だなって思って」
「いやどういう意味だよ」
「さてな」
何故か、とても嬉しそうに笑いながら、キョウは肩を竦めた。




