突撃!! 呪いの家!!《1》
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その日、やって来たのは、我が家よりちょうど一キロ離れた辺り。
川と森が近くにあり、自然豊かで周囲の景色は非常に良いのだが――。
「なるほど、ここが……」
俺の視線の先にある、広い敷地の、だが荒れ果てている、一軒の日本家屋。
人の手が入っていないからだろう。玄関に続く道に雑草が生い茂り、廃墟とは思わないものの、家自体も何だか薄汚れている感じがある。
一つ、現世と位相が違うかのような。
だが、それにしても立派な家だ。
俺、住むなら和風建築が良いと思っていた。これは完全に俺だけの意見だな。ウタはともかく、リンもそこは特にこだわらなかったし。
何だか落ち着く感じがするので、ずっと住み続けるのなら、日本家屋が良いなと考えていたのだ。
リビングとかはフローリングの方が好きなのだが、それこそリフォームなりなんなりで改装すればいいだけの話だしな。
まあこの家も別に、全部が全部畳張りって訳じゃないだろうし、とりあえずは中を見てから考えよう。
リンからも話を聞いてみたが、よくわからなかった。
唯一出て来た証言が、「……ピカピカ光る車が、いっぱい来てたのは見たことある、かも?」というくらいで、多分パトカーのことを言っていたのだと思う。
よく散歩するウタも、特にこの近辺で違和感を覚えたことはないようだし、つまり俺達の三人とも、『呪いの家』という物騒な通り名のあるこの家から、悪意等を感じたことがなかったということだ。
我が家とこの家との距離なら、何か異変があれば、それがどんなに些細なものであっても、俺とウタは確実に気付けるからな。
しかし、それでも死者が出ているのは確か。
さて、鬼が出るか、蛇が出るか。
「で――キョウ、何で来たんだ?」
俺は、隣で物凄い嫌そうな顔をしているキョウにそう問い掛ける。
俺がこの物件の『内見』にやって来たところ、先にこの現場で、キョウが待っていたのだ。
いやまあ、事前にキョウから、いつこの家を見に来るのかと連絡は来ていたので、何時頃に行くとは伝えてあったのだが……。
「こっちが一番聞きてぇわ! 何であたしが、幽霊屋敷なんかに来なきゃなんねぇんだ……」
「お前、幽霊ダメなタイプか?」
「ダメに決まってんだろ! 物理攻撃はあんま効かねぇし、突然出て来て嫌な精神攻撃はしてくるし! 普通の魔物とは、厄介具合が全然違ぇだろ! 普通に怖いっての!」
逆ギレ気味に、そうまくし立てるキョウである。
まあ確かに、俺達にとって幽霊――レイスっていうのは、いるかいないかわからない恐ろしい存在ではなく、明確に存在していて、大体が襲い掛かってくる敵だからな。
しかも実体がないため、戦闘もちょっと面倒だ。壁の中から急に襲ってきたりも普通にするし。
全てが全て、敵性って訳でもないんだがな。
「あー……もしかして田中のおっさんに言われたのか?」
「そうだ。優護が戦う機会はなるべく見逃すなってよ。あたしのためになるだろうからって」
「自分で言うのもアレだが、俺の戦闘は別に、ためにはならないと思うんだが。結構ムチャクチャやってるし」
「本当にな。未だにアンタの底は知れねぇし。……あと、前も少し話したろ。本来あたしらの仕事は、ペアでやるんだ。で、アンタのペアとして登録されてるのが、あたしだって」
……そう言えば、五ツ大蛇討伐に向かう前、そういう話を聞いたっけか。
そうか、一応これも仕事になるから、相棒としてキョウが派遣されてきたのか。
――と、彼女と話していたその時、突然ポンと俺の隣に、緋月の猫フォルムが現れる。
「緋月? どうした?」
「にゃあ」
緋月は一声鳴いて、キョウの方を見る。
……あぁ、挨拶というか、顔見せか。
「! こ、この子は……?」
「緋月だ。俺の刀が実体化した存在だな」
「……刀が?」
「刀が」
「……そうか。もう何でもありだな、優護」
アイテムボックスから取り出した緋月本体を見せてそう言うと、キョウは呆れたような、達観したような表情を浮かべる。
別に俺が何かした訳じゃないんだが……。
ジッと見つめ合う、一人と一匹。
多分緋月の方は、キョウを見定めようとしているのだろう。リンの時も同じ反応をしていたし、この相手がいったいどういう存在で、どういう臭い、魔力をしているのか、今覚えているのだと思う。
対して、キョウは若干指をわきわきさせ――。
「……可愛い」
「え?」
「……いっ、いや、何でもねぇ! それよりほら、仕事ならさっさと行くぞ!」
「緋月、可愛いってよ。撫でさせてやってくれ」
「しっかり聞こえてんじゃねぇか!?」
愕然とした様子でツッコむキョウに俺は笑い――そして、予め渡されていた鍵を使って、家の中へと入る。
すぐ隣を緋月が歩き、周囲を観察している。
一歩遅れて、恐る恐る付いてくるキョウ。
「緋月、何か感じるか?」
「にゃあ」
「だな。俺もだ」
ここまで来て、やはり何も感じない。
家の中に入れば、ワンチャン何かあるかとも思ったが、今のところ特に違和感などは感じられないのだ。
ただ……一つ、おかしなところがあった。
綺麗過ぎる。
人が住まなくなった家は、急激に劣化していくものだという話はよく聞く。
だが、外部と違って、この家の内部は、全く劣化しているように見えなかった。
カビの臭い等が全くない、清浄な空気。
汚れのない、透き通った窓ガラス。
新品のようにも見える畳と障子。
何よりおかしいのが、床だ。
埃が、全く積もっていない。
この家は、人が住まなくなってからすでに二十年が経っていると聞いている。にもかかわらず、床を指でなぞってみても、埃が一切付かない。
不審死から放置されているためか、家具も結構残っているようなのだが、それらも同様だ。痛んでもいないし、戸棚のガラスや食器なども綺麗に磨かれているのがわかる。
まるで、つい最近まで、誰かが住んでいたかのような。
「……マリーセレスト号か」
「ゆ、優護、どうだ? 異変はあるか?」
俺の服の裾をちょびっとだけ掴みつつ、そう問い掛けてくるキョウ。和む。
割と度胸はある方というか、いつか真っ暗な森を、蜘蛛退治で一緒に進んだ時は全然怖がっていなかったのに、こういうところは怖いらしい辺り、本当に幽霊系がダメなのだろう。ウタとキョウの二人でホラゲーやらせたい。
まあウタは逆に、こういうところに来ても一切怖がらないだろうけどな。
俺も、除霊(物理)が出来るようになる前はやっぱり普通に幽霊が怖かったので、キョウの気持ちはわかる。心霊スポットとか、絶対行きたくなかったし。
幽霊という存在が、俺の中で『恐ろしい存在』から『敵』に変化したからこそ、平気になった感じだな。
「とりあえず、悪意とか敵意の類は感じられないから、安心しな。けど、この家がおかしいのは確からしい。見ろ、誰も住まずに二十年経ってるって話なのに、随分綺麗にされてるぞ」
「……き、綺麗好きの幽霊がいるってことか?」
「はは、そうかもな。――んー、見れば見る程、良い物件だな。マジでここに住むか……?」
「ほ、本気で言ってんのか?」
正気を疑うような視線でこちらを見てくるキョウ。
「え? だって綺麗じゃん。俺は審美眼には全く自信が無いが、それでもここが、品の良い家だってのはわかるぞ」
外の空き地と林込めての値段らしいが、流石二億の家ってだけはある。
成金っぽさを感じさせず、まるで祖父母の家みたいな安心感があり、だがそれでいて、随所の設計が細やかで。
金を出して住むならこういうところが良いっていう、まんまの家な気がする。確認したところ、風呂もデカかったし。
「……確かに、先入観無しで見れば良い家だろうよ。その先入観を植え付けられた前情報部分が最悪過ぎるが。あたしも支部長から話聞いてるが、ここ、四人死んでるって話だぞ……?」
「四人は確かに多いな。一人二人ならまだしも」
「いや人が一人死んでたら、それだけで大問題だっつーの!」
四人は実際、偶然ではあり得ない数だろう。
だから、しっかり警察の調査も退魔師の調査も入ったようだが、にもかかわらず原因不明。
取り壊しの計画もあったそうだが、何だかんだと話が流れ続け、今に至るそうだ。
まさに呪いの家らしい展開だな。
「そんだけ人が死んでるっつーのに、それを全然感じさせないで綺麗なのが、むしろ不気味だわ……」
周囲を落ち着きなく見渡しながら、緊張した様子で腰に差した雅桜に常に片手を添えているキョウ。
そんな彼女に、俺は笑って言った。
「――落ち着け、大丈夫だ」
安心させるため、リンにする時みたいにわしゃわしゃと彼女の頭を撫でる。
ウタとリン、あとレンカさんよりは背が高いが、それでも撫でやすい位置にある頭だ。
「何が出て来ても、キョウのことはちゃんと守ってやる。何が出て来ても、俺と緋月なら、斬れる。だから、もっと気を抜いていい。そんなに、怖がらないでいい」
「…………」
キョウは俺を見上げ、大人しく撫でられた後に、少しだけ頬を赤くしてこちらから視線を逸らす。
「……おう。頼りにしてるよ、優護」
「あぁ、任せろ」
「にゃあ」
もっと肩の力を抜け、と言いたげな様子で、ぺしぺしとキョウの足を軽く叩く緋月。
「……なあ、優護。この子、撫でていいか?」
「緋月、いいよな?」
「にゃあ」
「しょうがないからいいってさ」
「はは、そっか。ありがとな、えっと、緋月」
その場にちょこんと膝を抱えるように座って、緋月を撫で始めるキョウ。
いつもの大人びた表情とは違う、ふにゃりとした、あどけない少女そのものの表情。
お前は、その顔が一番可愛いよ。
明日は更新無し!




