家探し
『――はい、もしもし、シロです。この番号は、海凪 優護ですね』
「そうです、突然すみませんシロちゃん」
スマホの向こうから聞こえる、シロちゃんの落ち着いた声。
『いえいえ、気にしないでください。あなたの元気な声が聞こえて嬉しいところです。私としては、このままのんびりお話ししたいところですが、海凪 優護から電話を掛けてきたということは、何か用事があるのでしょうか?』
「はい、えーっとですね、例の五つ大蛇の討伐報酬って、もう決まってしまいましたか?」
『基本額の算出はほぼ終わりましたが、確定ではありません。何か、欲しいものが思い付きましたか?』
「はい、実は今の家から引っ越ししようと思いまして。このまま報酬をいただいて、それを引っ越し費用に充てようかとも考えたんですが……一度、相談させてもらおうかなと」
『ほうほう! なるほど、わかりました。いいでしょう、お家が報酬の一つとして欲しいということですね。土地は決めてありますか?』
「一応、今住んでいるところの近くというのは決めています」
『わかりました。我々の組織は、それなりに伝手がありますので、建築業界の者の派遣も可能です。最大限の協力をお約束いたしましょう』
「助かります。すみません、こんなこと頼んじゃって」
『いえいえ、全然構いません。あなたは、我々のひーろーですから。それくらいの要望は聞かなければ、罰が当たるというものです。引っ越しが終わりましたら、お祝いに行ってもいいですか?』
「はは、勿論です。全力で歓迎させてもらいますよ。ウチの奴らも紹介します」
『ふふ、楽しみにしておきますね』
それから幾つかの話をした後、俺はシロちゃんとの電話を終えた。
◇ ◇ ◇
数日後。
「……海凪君、ウチは不動産屋ではないのだがね」
やって来たいつものビル、第二防衛支部にて、頭の痛そうな顔をする田中のおっさんである。
「なんか、すいません。シロちゃ――シロ様に連絡したら、こんなことになっちゃいまして」
「巫女様と直通でやり取りが出来るのが、そもそもおかしいのだがな。あの戦いの功労者に最大限の便宜を図るというのは、わかる話なのだが……まさか支部長にまでなって、不動産屋の真似事をする日が来ようとは」
いやホント、すんません。俺の担当窓口、あなたになっちゃったみたいなんで。
――そう、シロちゃんに連絡した後、詳しい話をすることになったのだが、その相手が田中のおっさんだった。
色々資料を持ってきてくれており、向こうも今日のために準備してくれたようだが……まあうん、間違いなく本来この人がやるべき仕事ではないだろう。
自分で言うのもアレだが、多分俺の相手は、おいそれと他の人員に任せられないから、ということなんだろうな。
この支部で俺の相手をするのは、大体いつもキョウだが、今回は話の内容が引っ越しだし。
「……まあいい。これも仕事だ。それで、引っ越しをしたいという話だったな。君ならば、我々の組織の持ち家を、格安で貸し出すことも可能だが」
「今住んでいるところの付近にそれがあるのなら、全然考えますよ」
「ふむ、思い入れがあるのか?」
「思い入れはありますが、単純に離れられない理由もありまして。ウチ、今ほぼ三人暮らししてるんですが、その内の一人が近くの神社に住んでいて、あんまりそこから離れたくないんです」
「……そうか。例の、もう一人分の戸籍が欲しいという子か。お狐様だという」
旧本部に行った際、軽くその話はしたが、覚えていてくれたようだ。
「えぇ、その子ですね。どうです、今の家の近くに貸し家とかありますか?」
「いや、流石に無いな。わかった、そういう事情なら、今の君の家の、近場の物件を探そう。ちなみに巫女様は、新しく家を建てる気満々だったぞ。『一流の建築士を連れて来て、海凪 優護の家を建ててあげるのです!』と言っていたが。しかし、実際に建てるとなると、出来上がるのには少々時間が掛かるな」
「え、あー……ま、まあ、金が無い訳じゃないので、実際に建てることも考えていますが、流石に今回の報酬全てを使って新築を建てられても、ちょっと困りますよ? あんまり豪邸過ぎても困りますし」
「無論だ。とりあえず、巫女様の命で資料は用意した。大まかに、このような家がいい、という案を出してもらいたい」
「あー、本当に色々ありがとうございます」
「気にするな。先程も言ったが、これも仕事だ」
そうしてしばらく、田中のおっさんが持って来てくれた資料を確認しながら、引っ越しに関する話し合いを続けていき――。
「――ほう、ちょうど良い物件が一つあるな。新築ではなく、中古だが」
「中古ですか」
田中のおっさんは、何でもないように言った。
「うむ。呪いの家だな」
「……呪いの家?」
「呪いの家」
「……そうですか。呪われてるなら、全然ちょうど良くはないと思いますが」
「だが、君の言う条件にはピタリと当てはまる。和風建築で、二階建て。6LDKだ。広いリビング等は勿論、浴場も大きいな。裏には空き地と小さな林があり、そこまでが敷地のようだ。少々古いようだが、それこそ巫女様が手配してくれている業者にリフォームを頼めば、君の条件を百パーセント満たした物件になるだろう」
「けど、呪われてるんですよね?」
「実際のところは知らぬが、そういう記録が残っているな。家に住んだ者が次々と不審死し、調査が入ったものの原因不明。そのまま放置されているようだ。当時、退魔師も調査に向かったが、その者では原因が特定出来なかったらしい。単純に人間の仕業だったのか、退魔師の能力が足りていなかったのか、それだけの厄介ごとがあるのか」
「ますます候補に入らなそうな物件なんですが」
「君ならそれくらい、どうとでもなるだろう」
「田中さん、俺のこと便利屋か何かだと思ってます?」
……まあ、呪いの解除が出来るか出来ないかで言えば、出来るんだが。
大体そういうの、緋月で斬れば一発なんで。除霊(物理)である。
というか、ウチの近辺に、そんな物件あったのか。全然気付かなかったんだが。
俺の五感――いや、六感に引っ掛からない呪いの家、ねぇ?
リンはこの地方で二百年生きてるみたいだし、聞いたら何かわかるだろうか。
「経緯が経緯故、現在は格安で売り出されているものの、建てられた当初は二億程という値が付いていたようだな。ま、土地代も含めてという額だがね」
少し悩んでから、俺は答える。
「……とりあえず、現地で見てから考えます。仮にこれ、呪い解除出来たら、仕事扱いにしてもらえますかね?」
「あぁ、構わないだろう。では、物件を管理している不動産会社に連絡するとしよう」
さっそくとばかりにどこかへ電話をかけ始める田中のおっさん。
……これ、体よく厄介ごとを押し付けられてないだろうか。
まあ、別にそこに住むって決めた訳でもないし、仕事になるんだったら、いいんだけどさ。
――それから数日後、俺は何故かやって来たキョウと共に、その物件を訪れていた。




