海凪 優護という男
「――では清水君。報告を聞こう」
海凪 優護への説明を終え、彼がビルを去った後、何だか疲れた様子の部下に向かって田中は問い掛けた。
「……はい。隊長も測定時の様子を見ていたと思いますが、とてつもないレベルでの魔力操作技術を身に付けています。となると、魔法に関しても同水準の技術を身に付けていると考えるべきでしょう」
「そうだな、私も同感だ。ビルに入ってくる際の様子も見ていたが、彼は結界にも気付いていたようだ。――以前出会った時は刀を持っていたそうだが、戦闘能力は?」
「私では手も足も出ない、としか言えません。完全な奇襲の狙撃を、斬って防げる化け物なんて、そうそういてたまるか、って感じです」
「ふむ。では、私と比べてどうかね?」
「……わかりません。少なくとも、私が測れるレベルにはありません」
「クク、そうか。それは恐ろしいな」
楽しげに笑みを浮かべる上司に、杏は報告を続ける。
「もう一つ。注意すべきは、本人だけではなく、彼が持っていた刀自体もですね。……仮にあれが、脅威度『Ⅴ』に分類されても、私は納得するでしょう」
「ほう、それはまた大きく出たな。私も一度、見てみたいところだが……」
「彼はあれを主武器として使っているようなので、ウチの組織に所属してもらった以上は、その機会はあるかと。――隊長、優護の経歴に関して、新しい情報は?」
「ふふ、優護か。なるべく友好的に接しろ、という指示を遂行してくれているようで何よりだ」
「……指示された以上は従いますので。それで、どうなんです?」
「さて、今のところは何もわからんな。清水君に伝えたものと同じ、どこかで武術や剣術を学んだ痕跡は欠片もなく、平々凡々な青年の経歴のみしか出て来ん。あり得ないのだがな、そんなこと」
そう、あり得ない。
海凪 優護という男の経歴には、どこにもおかしなものが見つからず、突然魔力が扱え、刀が振るえるようになったとしか思えないのだ。
そして、今まで一切こちらの世界に関わろうとしていなかったのに、今回に限っては、何故突然手助けを行う気になったのか。
――要観察、だな。
幸い、組織に所属してもらうことは出来た。ここから徐々に情報を得ていけば良いだろう。
初めて見た彼に対する、田中の抱いた印象は――刃。
鞘に収められた、一振りの刃だ。
それが鈍らか、名刀かはまだ田中では判別が付かない。鞘に収められた状態ならば、彼は見た目通りの、普通の青年なのだ。
しかし、一度抜かれたのならばきっと――この部下の様子から察するに、その刃は尋常ではない鋭さをしているのだろう。
「現状は、要観察、といったところだな。――さ、もう遅い。君もそろそろ帰って、ちゃんと学校の宿題をやりたまえ。勉学は大事なものだ」
「……私はこのまま、ここに就職するつもりなんですが」
「あぁ、我々もこのまま君を雇うつもりだ。しかし、それが勉学を疎かにしてよい理由にはならない。それは、本来就職などとは関係なく、己を磨くために行うものだからだ。仕事と訓練と学業と、非常に忙しいとは思うがな。今ある時間を最大限有効に使いたまえ」
「……はい」
微妙にげんなりした様子で返事をする部下に、田中は小さく笑った。
◇ ◇ ◇
あの後、田中支部長から幾つかの話を聞いて最後、「何かあったらそこに連絡が行くので、常に持っておくように」とスマホが支給された。
これが現代の首輪かと思って、ちょっと面白くなってしまった。都合が悪い時はアイテムボックスの中に放り込んで、居場所の隠蔽をしよう。
俺が望んだ出会いではなかった訳だが、組織に関する質問をするという体で、色々と聞きたいことは聞けたように思う。
まず、表沙汰にこそなっていないが、この世界には元々魔力が存在していたし、魔物も存在していた。
ただ、魔物に関してはほぼ全て、向こうの世界における『精霊種』のような在り方をしており、死んだ場合には肉体が残らず、空中に溶けて消える。繁殖自体はするようで、山奥で繁殖されて駆除に相当な時間が掛かった事例もあったという。
で、そうして繁殖した個体は、場合によっては死体が残るようになるらしい。時々ネットニュースなんかで出る怪生物の中には、そういう奴もいるそうだ。
魔物は、脅威度という指標で分類分けしているようで、『Ⅰ~Ⅴ』までが存在しているようだ。数字が大きくなればより脅威であると見なされる。
俺達のような魔物を退治する者は、日本では公式で『退魔師』などと呼ばれているそうで、通常、脅威度『Ⅱ』以上の案件で出動が掛かるそうだ。『Ⅰ』は自衛隊の専門部隊が対処するらしい。
この前みたいなオーガなんかは、『Ⅲ』に分類されるようだ。
結構強い扱いだが、実際オーガは強い。オーガってか、大鬼か。
数日前に戦った個体は、戦闘経験が無くて力任せの戦いしか出来なかったが、人より数倍強靭な肌に、筋力。
生まれながらの戦闘民族としての大きなポテンシャルがある。多分銃弾程度なら素肌で受けられるだろうし、魔法まで学び始めたら、戦車とでもタイマンを張れるようになるだろう。
……それにしても、全国で魔物は出現しているのに、それを一般人に気付かせない組織力に、こっちの世界の強さを感じるな。
人手不足だとか言っていたが、それが出来る余裕が、こちらの世界にはまだあるということだ。
ま、流れでバイトとして雇われてしまったが、こうなったら俺も、多少は手伝うとするか。自分からどうこうするつもりは今の俺にはないが、努力している人の手助けくらいはやってやらんとな。
そんなことを考えながらも、まあそんなすぐに仕事が来ることもないだろうと、俺は再び日常に回帰していたのだが――。
「……何だ?」
例のビルでの話し合いがあってから、わずか数日後のこと。
レンカさんの店でバイトを終え、家に帰ろうとしていたところで、何か気配を感じ取る。
チリリと来る、悪意。
これは、俺に『魔力感知器官』が備わっているからこそ感じ取れるものだ。
魔力は正直だ。
悪意、敵意、怒り、そういう感情の高ぶりで魔力は動き、すると感知は容易くなる。一流の戦士であっても、感情の高ぶりが魔力に作用するのは変わらない。
勿論、それを感じ取るための訓練は必要だが、まあ戦場で数年も暮らしていれば、勝手に身に付く技能ではある。
身に付くか、あるいは死ぬか。
これは田中のおっさんに連絡すべきか、と思った俺だったが、それよりも先に、ポケットの中で震える感触。
着信があったのは、プライベートのものではなく、支給された方のスマホだった。
「はい、海凪です」
『海凪君、田中だ。つい先程、特殊害獣の出現が確認された。現在清水君及び、バックアップチームが現場に急行すべく動いているが、戦力的に未知数な部分がある故、応援を頼みたい』
へぇ……こっちの世界の魔力感知性能もなかなか高いんだな。
発生してから、こんな短時間で気付けるのか。
『受けてもらった場合の報酬は、討伐の成否にかかわらず五十万。そして、討伐に成功した場合、それとは別に特殊害獣の脅威度レベルに合わせて報酬が支払われる。今回の特殊害獣の推定脅威度は『Ⅲ』のため、討伐成功時の報酬は三百万だ。どうかね?』
うーん、金銭感覚がバカになりそう。
かなりの報酬のように思えるが、場合によっては命を掛けなければならないのだと考えると、果たして対価として多いのか、少ないのか。
まあ、人が少ないというのは散々言っていたことだし、こういうところはちゃんと奮発するようにしているのだろう。
「わかりました、受けましょう」
『ありがたい。では、問題がないのならば、今すぐ君のいる場所に車両を送る。その場を動かず――』
「あ、いや、走った方が速いので、車はいいです」
『……走る?』
「先に行ってます。では」
俺は電話を切ると、己の肉体に『隠密』の魔法を掛ける。
そして、道路を割らない程度に力を抑え、だがそれでも本気で、走り出した。