引っ越し大会議
「――という訳で、これより引っ越し大会議を始める! 意見のある者は挙手の後に述べるように!」
「おー」
「……おー」
「にゃあ」
ウタ、リン、緋月の前で、俺はそう宣言した。
「とうとう引っ越すのか。このあばら家とおさらばとなると、少々寂しいものがあるのぉ」
「あばら家言うな。……まあでも、ちょっと寂しいものがあるのは確かだな」
言って俺、この家気に入ってたからなぁ。
一人で生きるには十分な広さで、静かで。緑も豊かで、風景も悪くない。
典型的な田舎で、少し駅から離れた立地ではあるが、スーパーやコンビニは近くにあり、のんびりと過ごすには最高の物件だった。
ま、次に住む場所も、この近くにはなるだろうけどな。リンの神社がある位置から、一キロ以上離れた場所に住むつもりは無いのだ。
「……この鍵、もう使わない?」
不安そうな顔でリンが胸元から取り出すのは、いつも首から下げてくれているらしい、この家の鍵。
「いや、大丈夫だ、リン。ドアノブ引き千切って、次の家にも持ってくつもりだからな。だから、鍵はそのままでいい」
「……! わかった。ありがとう、お兄ちゃん」
「引き千切るのか」
「引き千切る。――まあそういう訳で、流石に三人と一匹でこの家住むのは、狭いと思ってな。ぶっちゃけ今なら、土地買って家建てて、ってやれるくらいの金があるから、流石に引っ越すべきかなと思ってさ。物が増えて、そもそもが狭いこの部屋がさらに手狭になってきたしな」
ウタとリンの二人の物を置いているだけで結構手狭なのに、そこに緋月も加わったからな。
ちなみに、猫用トイレとかも買ったのだが、全く必要なかった。精霊種は、食べたものなんかも百パーセント魔力に変換して己の糧にすることが出来るらしい。
高いところに登るのは好きらしく、よくタンスの上とかに乗っているので、キャットタワーを買ってやりたいのだが、置き場所がないので買えていない。
やはりもう、ここで三人と一匹が過ごすのは、無理がある。そもそも今でも、部屋に置き切れないからって、ウタと手分けしてアイテムボックスに色々突っ込んでるし。
アイテムボックス無かったら、マジで物で溢れ返っていただろう。
「そうじゃな……流石に手狭か」
「……でも、みんなで寝られる、よ?」
「まあそうだけどな。寝室とリビングっていうのは、本来は別にした方がいいんだ。ベッドあると、すぐ寝っ転がれちゃうし」
「お主がそうじゃな」
「自覚はしてる」
ふとした時に、ベッドが目に入ると横になっちまうからな。寝室は、本当は別の部屋にあった方がいいのだ。
「……うむむ、そっか」
「そういう訳でお前ら、案があったら言うように! 本当に家建てるのか、賃貸かはちょっと考えるが、こういうところに住みたいって目安がまず必要だからな」
俺の言葉を聞き、まず手を挙げるのは、ウタ。
「はい! 玉座の間!」
「却下」
「何でじゃ!」
何でもクソもあるか。どこの一般家庭にあるってんだ、玉座の間が。
仮に本当に欲しいなら、自分の部屋に作れ。
ウタの戯言の次にリンが手を挙げる。
「……はい! お庭。広くて、綺麗なお庭、欲しい」
「庭か。……確かに広い庭があると、俺も素振りとか出来るしいいな。枯山水のある庭とか憧れるよなぁ」
シロちゃんのところの枯山水、メチャクチャ綺麗で良かったからな……いや勿論、あんな規模のものは無理だが。
ふと窓の外を見たら、そんな綺麗な庭が広がっている光景。憧れである。
手入れも大変そうだが、敷地内で人目を気にせず刀が振るえるなら、嬉しい。持ち家なら、もう気にせず本気の結界も張れるしな。
ウタと一緒にやれば、きっと核が降って来ても耐えられる家が出来上がることだろう。
「良い意見だ。ウタは見習うように」
「はーい」
「……んふふ。褒められちゃった」
「――にゃあ」
すると、次にアピールするのは、緋月。
鳴きながら、てしてし、と窓を叩く。
「ふむ……日当たりの良い、大きい窓が欲しいってことか? ん、それも良い意見だな。わかった、じゃあデカいリビングが欲しいってことにしよう。リビングがデカければ、窓も相応にデカいはずだからな」
「にゃあう」
それでいいと言いたげな様子で、こくりと頷く緋月。
前から思ってたが、お前本当に、一々動作が猫っぽくて可愛いな。
意思疎通が可能なペット。これ程可愛い存在も、なかなかいないんじゃなかろうか。
思わず、くしくしと緋月の頭を撫でていると、再びウタが元気良く手を挙げる。
「はい! 大食堂!」
「却下。ペナルティポイント二。三ポイント溜まったら罰ゲームな」
「何故に!?」
「えー、ウタさん。大食堂なんてあっても、使うの我々だけなんで。必要ありませんよね?」
「いるかもしれんじゃろ! 部下を百人くらい雇ったら!」
「我が家だっつってんだろ。百人いたら普通にビルとか借りるわ。いやそもそも、そんな予定も無いし。お前も真面目に考えるように」
そりゃあ、魔王基準で考えれば、玉座の間も大食堂も欲しいのかもしれんが。
もうお前、『元』が付くんで。部下がいる基準で考えないでください。
「えー、じゃあ……はい! 大浴場!」
「きゃっ――うーむ……」
反射的に却下と言いそうになったが……大浴場か。
正直、欲しい。
俺は、風呂がかなり好きだ。長風呂をする方だし、大浴場とは言わないまでも、全身を伸ばせるだけの広さがある湯舟は、ぶっちゃけ欲しいかもしれない。
今の我が家の家計事情なら、それを用意するのも無理じゃないだろうが……。
「……一旦保留ということで。じゃあ俺も意見を出すが、普通に欲しいのは、それぞれの自室だな。そこに服とかを置いて、それぞれのベッドも――」
「えー、寝る場所は一緒でいいじゃろ」
「……ん。凛も、みんなと一緒に、寝たい」
「にゃあ」
俺の言葉に、何故か全員一斉に反対する。
「そ、そうか?」
「うむ、今更別々の部屋で寝るのは、ちと寂しいからの。夫婦は同じ部屋で寝るべきじゃろう?」
「……ん。一人で寝るのは、寂しい」
「ウタの戯れ言はともかく……あー、なら、広い畳の部屋が一室欲しいか。そこで布団敷いて、みんなで寝ることにしよう」
「うむ!」
「……ん!」
「にゃあ」
嬉しそうに返事をするウタとリンに、一緒なのが当たり前と言いたげな鳴き声を溢す緋月。
……そうか。
まあ、じゃあ……寝室は同じにするか。
それが嫌じゃないと思っている己に、内心で少し、苦笑を溢す。
「……それぞれの部屋なら、凛のお部屋も、ある?」
「おう、勿論だ。リンは自分の家があるが、この家も、次に住むかもしれないところも、自分の家だと思って好きに過ごしてくれていいんだからな」
「……ん! ありがと」
ニコッと花のような笑顔を浮かべ、ブンブンと嬉しそうに尻尾を振るリン。可愛い。
「他に何かあるか?」
「ふむ、先程の大食堂は冗談じゃが、広いきっちんは欲しいの。ここのは、流石に狭いぞ。せめて余裕を持って二人並べるくらいは欲しい」
「あー、確かに。二人で並ぶとギリギリだもんな。オーケー、広いキッチンな。リビングと繋がってる構造だと嬉しいか」
――その後も、ああでもないこうでもないと、理想の我が家に関する話し合いを続け。
活発に意見を出し続ける彼女らの意見を纏めたメモを見つつ、俺は言った。
「えー、発表します。理想の我が家は、広い庭、リビング、風呂、キッチンがあり、隠された秘密の地下室があって、タンスを開けると異世界に繋がっていて、無限にちゅ〇るが湧き出る泉があって、決戦モードに入ると作戦指令室としての機能を果たして、最終形態では変形してロボになる、ということでよろしいでしょうか」
「異議無し!」
「……異議無し」
「にゃあ」
「そうか。わかった。……一からやり直し!」
ぶー、と非難の声をあげる二人と一匹を無視し、もう一度引っ越し大会議を始める俺だった。
異議ありありだわ。
いや、途中からツッコミを放棄した俺も悪かったけども。
 




