ウタとホラゲー
我が家にて。
「お? 何じゃ、レイスの映ったげーむがあるの」
「レイス? ……あぁ、ホラゲーか」
俺とウタは、よくゲームをする。
向こうの世界にはないからウタが興味を引いた、という理由もあるが、元々俺がゲーム好きだったこともあり、今のところは金銭にも余裕があるので、気になったものは割とすぐに買ってしまっている。
そりゃあ、ゲームは結構な値段がするが、大人になったら別に、買えない額じゃないからな。それに、それで数十時間は遊べる訳で、娯楽としての費用対効果がかなり良いと俺は思っている。
外に遊びに行くのは当然良いが、果たしてそれで何時間遊べて、幾ら掛かるのか、という話だ。まあ、流石にこれは、考えがひねくれ過ぎかもしれないが。
で、買うゲームは、二人用のものもあるが、一人用のものも実は結構多い。
ウタは割と、人がプレイしている様子を見るのが好きなタイプらしい。
だから、操作自体は俺がやり、謎解きやギミックとかはウタが解く、という形で一人用のRPGとかをやることも多く、すると攻略がまあ、順調に進むこと進むこと。
ウタはやはり、俺とは頭の出来が一つも二つも違うようだ。日本語の細かい言い回しとかが出て来る謎解きだと流石にちょっと考えていたが、俺から意味を聞くと、十秒もせず答えが返ってくる。
日本語の絡まない、アイテムの組み合わせを用いる謎解きとか、瞬殺である。
そういう訳で、色々手広く遊んでいる俺達であるが、その中でまだ手を出していないジャンルが――ホラゲーだ。
「この世界は幽霊……レイスの実在が確認されてないからな。だからこういう、ホラー系のゲームが結構人気なんだ」
「こちらの世界に、レイスはおらんのか?」
「いや、多分いると思う。表沙汰になってないだけで。日本の場合はすぐに死体を焼くから、スケルトンとかのアンデッド類はほとんど出現しないんだろうが、レイス自体は全国各地で目撃例があるからな」
信じる信じないは別にしても、これだけ幽霊という存在が一般的なのだ。出現自体はしていると見るべきだろう。
向こうの世界はアンデッドが普通に出現するので、嫌悪感や、実際に襲われるという恐怖感を抱くことはあっても、それは物理的に障害を加えてくるものであるため、ぶっちゃけ害獣とかと同じような扱いだった。
熊や猪は怖い。それと一緒である。
そのため、日本のホラーのように、ギュウ、と精神的に襲い掛かってくるような存在だとは見られていなかったし、その価値観はウタも同じだろう。
俺は、内心でほくそ笑みながら、ウタに言った。
「よし、そんじゃあせっかくだし、これやってみるか。お前に、この世界の恐怖というものを教えてやろう」
「ほう? お主はこのげーむ、やったことがあるのか?」
ウタは、画面に映っている待機画面のアイコンを指差す。
「あぁ。思わず泣き叫んで、何度もリタイアしようと思ったゲームだ」
「ほほう、元勇者が泣き叫ぶとは! いやはや、楽しみじゃのぉ?」
ニヤニヤしながらこちらを見てくるウタ。
きっと、自分はそんな無様は晒さないとでも思っているのだろう。
「……? 何じゃ、その顔は」
「いやぁ? その余裕がいつまで続くか見ものだなって思って」
「……べ、別に怖気付いてはおらんが、そんなになのか?」
「やめるか?」
「……や、やめんわ! ほれ、早く始めるぞ!」
「はいはい」
今回やるのは、本編が発売せずに終わった、今ではもうダウンロードが出来ない幻のホラゲーだ。
ウタはコントローラーを操作し、ゲームが開始する。
――ゴキブリの這い回る小部屋から始まり、やがて出るのは、廊下。
「…………」
俺は、ここがまだ何も出て来ないのを知っているが、すでにちょっと恐怖を感じているっぽいウタ。
このゲーム、凄いのが、ただ歩くだけで凄まじく怖いというところだ。
何もないのに、先に進むのが、怖い。
ステージは、曲がり角のある長い廊下から一切変わらず、そこを延々とループし続けるだけなのに、それが死ぬ程怖いのだ。
「おう、どうした。わかりやすく口数が減って」
「う、うるさいわ。今少し、げーむ性を学んでおるところじゃ。お主は黙ってそこで見ておれ」
「そうだ、ちょっと俺買い物に――」
「そ、そこで見ておれ!」
少し焦った様子のウタに俺は笑い、彼女の操作を見守る。
順調とは全く言えないが、ウタはビビりながら、どうにかゲームを進めていく。
直接どん、と来るものはないが、ジワジワと精神に負荷を掛けていく演出が次々にウタに襲い掛かり、一つ一つの音なんかにビクッと反応している。
決して長いゲームじゃないのだが、思わずといった様子でいちいち止まってしまっているので、これはクリアまでに時間が掛かりそうだな。
というか、一回クリアしてる俺も普通に怖い。どこで何が出て来るか知ってるから身構えられるだけで、全く知らないウタの恐怖はいったいどれ程か。
「……ゆ、ユウゴ。道の先に化け物がおるんじゃが」
「そうだな」
「行き先があっちしかないんじゃが」
「そうだな」
あまりに怖くて、その場をウロウロ、行ったり来たりで全然前に進めないウタ。
「おう、クリアまで三年掛かりそうだな?」
「が、外野は黙っておれ! ……ええい、南無さんんッ!?」
決意したウタが進もうとした瞬間、バチッと電気が消え、化け物の姿も消える。
「…………」
「進まないのか?」
「……ま、魔王に後退の二文字無し! ぬおおお!」
ウタは暗闇を駆け抜け……だが、何も起きなかった。
「……な、何じゃ、何もいなかったではないか! 全く、こけおどしじゃったな!」
無駄に意気揚々と次のループに入るウタだったが、恐怖演出は止まらない。
――後ろを向きなさい。
ラジオから流れ、聞こえてくる指示。
「…………」
「進まないのか?」
「うぅ、ま、魔王に後退の二文字無し……」
「いや後ろ見るし、これはどちらかと言うと後退だと思うが」
嫌々、というのがこれ以上なくわかる動きで、割と泣きそうになりながら、ウタはちょっとずつちょっとずつ、本当にミリ単位の動きで後ろを向き――。
「……? 何もいない――」
次の瞬間、画面いっぱいに現れる、化け物。
「うにゃあっ!?」
そして、驚いた拍子にウタはコントローラーを握り潰した。
ウタの悲鳴に、近くで微睡んでいた緋月が「何事!?」と飛び跳ねる。
「うわっ!? おいバカ!」
両手を置く位置がグシャリと潰れ、内部が露出してしまっている。これはもう流石にゴミ箱行きだな。
……多分、驚いて瞬間的に魔力を練り上げてしまったのだろう。
「う、す、すまん……」
「お前な……手、怪我してないか?」
「だ、大丈夫じゃ。……す、すまぬ。壊してしもうた。痛い、痛い、驚かしてすまぬ、緋月」
抗議するように、ウタに猫パンチを食らわせる緋月である。
「……まあ、今のは仕方ないか。けど、これからは気を付けてくれよ?」
「う、うむ……」
小さくため息を溢し、俺はウタの壊したコントローラーを片付け――言った。
「さて、コントローラーはもう一個ある訳だが……続き、やるか?」
「……や、やらない」
負けを認めるような顔で、絞り出すようにそう言うウタに、俺は笑った。
◇ ◇ ◇
夜。
「……ゆ、ユウゴ」
「おん?」
電気を消し、寝る、という段階で、ふと床の布団に横になったウタが口を開いた。
「そ、そのー……」
「? 何だよ」
珍しく歯切れの悪い様子のウタに、不思議に思っていると、彼女は言った。
「……て、手を」
「手を?」
「……手を、握っててくれんか」
そこでようやく、ウタの今の心境を理解し、思わず俺は小さく吹き出してしまっていた。
「はは、元魔王様でも、やっぱホラゲーは怖かったか」
「う、うるさいわ! あんなの誰だって怖いじゃろう! というか、怖過ぎじゃ! 普通に夢に見るわ!」
「まあ、割と冗談抜きで世界一怖いとか言われてるゲームだしな」
俺も、あのゲームが死ぬ程怖かったせいで、他のホラゲーをやった時に、なんか温く感じるようになってしまったくらいだ。
二度とやりたくないが、同じレベルのホラゲーが出て来てくれないかとも思うような、何だか複雑な心境である。
「……儂、耐性がある故精神干渉系魔法を食らったことは無いんじゃが、恐らく恐慌状態に至った兵なんぞは、あんな感じの恐怖を感じておったんじゃろうな……まさか、それをげーむで知ることになるとは」
「日本のホラーは、ああいう精神的に来るものが多いんだ。今度ホラー映画観賞会でもするか」
「やらん」
嫌そうに即答するウタに俺は笑い、ベッドから下に腕を垂らす。
「ほら」
「……ん」
ウタは、俺の手を握る。
小さく、滑らか。
絡む指。
「これで眠れそうか?」
「……わ、儂が寝るまで、しかと握っておいてくれよ?」
「はいはい。じゃ、おやすみ」
「……も、もうちとお喋りせんか? 儂はまだ眠気が薄いでな」
「わかったわかった、付き合ってやるから」
そうして喋っている内に、だんだんとウタの言葉が少なくなり、やがて彼女は寝息を立てていた。
多分もう大丈夫だと思うが……もう少し、握っといてやるか。
おやすみ、良い夢見ろよ。
『P.T.』より怖いホラゲーって、今後出て来るのだろうか。
知らない人は、実況動画でもいいんで、是非とも見てほしい。あの作品はね……誰かの実況があるくらいで恐怖が和らぐような、生易しいホラゲーじゃないんでね……。




