エピローグ
今年最後の更新!
――五ツ大蛇の討伐から、少し経ったある日のこと。
空は、快晴。
青一色だけが一面に広がり、日差しが全身で感じられる。少し暑い。
そろそろ夏か、と思わせる天気模様だ。
夏物の、ウタ達の服を買っておかないとな。
「リンが喜んでくれるといいのぉ!」
「そりゃ、リンは喜んでくれるだろうさ。なんせ、俺が実験台になって色々食わされた結果、出来上がった弁当だからな」
「……さ、最近のは良い出来じゃったろう?」
「まあそれは認める」
コイツが最近よく作ってくれるようになった弁当は、普通に美味しい。
焦げた何かが入っていることもなければ、完全に形の崩れた何かが入っていることもない。
実際、レシピを調べて、ちゃんと練習して頑張ってくれていたことはよく知っている。以前、チラッとピクニックに行こうという話をした日から、本当にずっと練習していたのだ。
今日作った弁当なんかも、俺が手伝ったのは米を炊いたりしたくらいで、稲荷寿司までしっかり一人で作ってたからな。
リンが好きな、三角稲荷だ。
どうも、料理をすることが好き――というより、料理をして、それを食べて喜んでもらうことが好きになったようで、俺が「美味い」というと、嬉しそうに「ふふん」と笑うのだ。
家庭的な元魔王。お前はどこを目指しているんだ、いったい。
向こうの世界の奴らは、今のウタを見たらきっと心底驚くだろうな。
「お前は本当に良い女だよ」
「んにゃっ!? にゃ、にゃんじゃ急に!?」
「? あ、悪い、口に出てたか」
「何を平然としておるんじゃお主は!?」
「いやまあ、意気揚々と弁当作って、リンが喜んでくれるかと楽しみにしてるお前の姿見て、つい」
「……ふ、ふん、とうとうお主も儂の魅力に参ったか! 元勇者が元魔王に頭を垂れる日も近いの!」
赤くした顔を俺から反らし、わかりやすくふんぞり返ってみせるウタに、俺は笑う。
「はいはい。まあ今のお前になら、別にそうしてもいいぞ」
「言うたな! では、では、あー……頭を垂れて、いっぱい儂の料理を食うてもらおう!」
「おう、いっぱい食べてやるよ」
そう、二人で冗談を言いながら、俺達はリンの神社に続く階段を昇る。
――今日は、ピクニックの日だ。
俺の刀の訓練がてら、リンのところでピクニックでもさせてくれないかと聞いたところ、リンはすぐにオーケーしてくれたので、こうして遊びに来ている。
ちなみに特殊事象対策課の方だが、五ツ大蛇に関するゴタゴタは、まだまだ続いているようだ。
まず、近場に湧いた魔物の大半は、あの日の掃討戦で粗方排除したが、それでも全て排除し切れた訳ではなく、そのため現在も部隊が展開して駆除作業に当たっているようだ。
奴が広範囲に振り撒いた負の魔力の浄化作業も、まだ終わっていない。放っとくと新たな魔物が生まれる土壌になってしまうので、大気に紛れて問題なくなるまで作業を続けるんだとか。
まあ、そう簡単な奴ではなかったってことだな。
俺に対する報酬の算出も終わっていないようで、ただリンの戸籍と、あと億単位の報酬は必ず用意すると言われている。
……正直、そんなに金あっても使わないんだが。
うーん、本当に家買おうか。
――リンの住まう神社は、我が家の程近くに広がっている、山の中にある。
山と言っても、そう大きいものではなく、山頂まではニ十分くらいで到達するような規模感なのだが、横に幾つか同規模の山が連なっているので、緑の広がっているエリアはかなり大きい。
まあ、リンの神社のある辺りは半ばダンジョン化しているようなので、あんまり関係ないんだけどな。異空間なので。
そういや、リンの神社は、あれだけの警戒網を敷いている局にもバレていないようだ。
俺がバイトに行ったりしている間、数回ここに来たことがあるらしいウタ曰く、「ここは、たとえ魔法の素養があっても、招かれざる者には見えんじゃろう」とのことで、どうやら自己防衛機能を備えている場所であるらしい。
仮に見つかったとて、危険性はないとして放置されるだろうが。
実際のところ、日本には幾つもこういう場所が存在しているのだそうだ。人が全然足りていない現状、その全てを排除するなど現実的に不可能であり、その必要もないため、危険性が皆無――つまり『脅威度:0』と判断された場所は、放置されるのだそうだ。
人が迷い込む可能性があると脅威度も上がるようだが、そもそも見えない以上ここでそうなる可能性は著しく低いだろうしな。脅威度が上がることは今後もないだろう。
「……! お兄ちゃんと、お姉ちゃん、来た!」
「お、リン。おはよう。今日はお邪魔するぞ」
「おはよう、リン!」
「……いらっしゃい、二人とも」
ブンブンと尻尾を振り、嬉しそうな顔で俺達を迎え入れたのは、ここの主であるリン。
物静かな子ではあるが、テンションが上がっている様子が今はとてもわかりやすい。
「ふふーん、見よ、リン! しっかりお弁当を持ってきたぞ! 稲荷は勿論、他のお主の好物もちゃんと入っとるでな!」
「……からあげさんも?」
「からあげさんも入っとるぞ!」
「俺もウタも好きだから、からあげは大量にあるぞ。あと、たこさんウィンナーも」
「そう、たこさんうぃんなーも!」
「……おー!」
パチパチと嬉しそうに拍手し、それから両手で万歳し、全身で喜びを示すリン。可愛い。
「……それじゃあ、二人とも。こっち来て! ぴくにっくに、とてもいいところがある」
リンに連れられ、歩く。
彼女の神社には、本殿が一つポツンとあるのみ。
人が暮らすには、あまりにも何もない建物で、以前見たシロちゃんの庵と同じ程度の大きさしかなく――だが、とても綺麗なところだった。
清浄で、厳かな、美しい自然。
近くを小川が流れており、木々の間から差し込む木漏れ日が水を照らして、キラキラと煌めいている。
外は少し蒸し暑いくらいだったが、ここは、とても涼しい。
ここもまた……神域と呼ぶべきなのかもしれないな。
そんな、どこか俗世と一つ離れたような場所の中で、リンに連れられたのは、少しだけ離れた森の中だった。
ちょうど、円形に開かれた場所があり、そこを芝生が覆っていて、色とりどりの花が咲いている。
木々と草花を揺らす、穏やかな風。
「ほぉ、綺麗な場所じゃの」
「……ん。凛のお気に入りで、宝物の場所」
自分の好きなところを俺達に紹介出来て嬉しいのか、ニコニコ顔でそう言うリン。可愛い。
「よし、まずは……シート敷くか! リン、手伝ってくれるか?」
「……ん!」
そうして俺達は、まずシートを三人で一緒に敷いていき、アイテムボックスから取り出した折り畳み式の小さな椅子やテーブルを準備する。
一応、刀を振るうために広いところが欲しくて来たのだが、色々遊ぶものも持って来ている。フリスビーとかバドミントンとかな。今日のためにシートから一式買った。
実は釣り竿とかも買った。今度釣りに行こうと思う。
娯楽のために結構金を使ってしまったが……ま、この使い方なら別にいいだろう。
アウトドア用品は、普段使わないので保管場所に困るのが難点だが、アイテムボックスがある以上問題はないしな。こういう時にそういう道具があると、なかなかハッピーだ。
ただ、もうお昼の時間も近かったので、そのまま弁当も準備して食べることにする。
はち切れんばかりにブンブンと尻尾を振って、弁当箱の前で待機するリンを見て、ウタは笑いながらその蓋を開け――。
「……うおー!」
元々大興奮だったが、さらに一段階テンションを上げるリンである。
「リン、あまり興奮すると、溢してしまうぞ? この机、ちと不安定じゃからな」
「はは、まあ美味そうだから気持ちはわかるぞ。ほら、箸とフォーク」
「……ん、ありがと!」
準備を終えた俺達は、揃って手を合わせる。
「それじゃあ、いただきます」
「いただきます」
「……いただきます!」
そして、食べ始めた。
「リン、今日のは、ほとんど全部ウタが作ったんだぜ。俺はちょっと米炊いたりしたくらいだ」
「……すごい! とってもすごい! お姉ちゃん、すごくすごく美味しい!」
「かか、いっぱいある故、そう焦らずゆっくり食べていいんじゃぞ」
「……ん! 味わって食べる!」
稲荷寿司の一つを食べ、フォークに差したからあげも食べ、満面の笑みになるリン。
そんな彼女を見て、本当に嬉しそうにしていたウタは、ふと思い付いたような顔でこちらを向く。
「ユウゴ」
「おん?」
「あーん」
こちらに差し出されるフォーク。
一瞬俺は固まるが……少し照れ臭くなりながらも、それをパクッと食べる。
「美味いか?」
「……美味い」
気恥ずかしくなって、そっぽを向きながらそう言うと、ウタはにひー、と笑った。
「……リンもする。お兄ちゃん、あーん」
「お、おう、ありがとう。……ん、美味いぞ」
「……お姉ちゃんの料理だから、当然!」
「いやぁ、そうとは限んないんじゃないか? 今日のは最高の出来だし、前よりかなり上達してるのは俺も認めるが」
「おっと、余計なことを言う口には、もう一個からあげを放り込んでやろう」
「美味いから別にいいぞ」
「やっぱりやめて、こっちの稲荷を放り込んでやろう」
「稲荷も美味いからいいぞ」
「……そ、それなら、このきんぴらごぼうじゃ!」
「きんぴらは俺、野菜の中でもかなり好きな部類だな」
「……ぐ、ぐぬぬ、ええい、お主は何でも美味しく食べて、幸せな気分になればいいんじゃ!」
「いや何で悔しそうなんだ、お前」
「……んふふ、お兄ちゃんとお姉ちゃん、やっぱりとっても仲良し」
その日、俺達は存分に料理を堪能し、遊びを堪能し、昼寝も堪能し、ピクニックを楽しんだ。
今の、俺が生きる意味。
それは、きっと――。
今章終了!
……もっとほのぼのを増量したかった。次章はそうしようか。
ここまで読んでくれてありがとう、ブクマ、評価いただけるととても喜びます!
それじゃあ諸君、良いお年を! また来年な!




