山を食らう蛇《7》
隣のシロちゃんが言う。
「海凪 優護。もう少しだそうです」
「了解です。――んじゃ、五ツ大蛇。そろそろ終わりにしようか」
五ツ大蛇と、正面からの殴り合い。
ここまでもこちらが押している戦闘であったが、そこにシロちゃんが参戦してくれたことで、さらに一方的な展開となっている。
俺の攻撃は全部奴に通り、向こうの攻撃は回避するまでもなくシロちゃんが全て迎撃してくれているのだ。
どうやら、緋月の斬れ味を信じて攻撃は俺に任せ、彼女自身はサポートに回ることにしてくれたらしい。
共に戦うのは今回が初めてで、お互いの手の内もほとんど知らない訳だが、それでも俺の動きを即座に察して的確に援護を入れてくれ、非常にやりやすい。
自分で言うのもアレだが、我流で好き勝手に動いて、非常にわかりにくいであろうこちらの意図をちゃんとわかって援護してくれている辺り、流石だ。
何だか、年の功というものをこれ以上なく感じるものである。
――コイツを殺すための作戦は、至ってシンプル。
奴の首を抑え、動きを阻害し、その間に尻尾を斬る。
俺とシロちゃんの二人だけでも無理じゃないだろうが、さらに万全を期すために用意したのが――。
「! 来たか」
遠くから聞こえてくる、ローターの回転音。
見上げると、暗くてわかりにくいが、こちらへ向かって飛んできている、恐らく自衛隊のものだろう編隊を組んだ四台のヘリ。
それも――消火ヘリ。
「おっと、そっちに気を取られちゃ困る」
反射的な様子で、首の二本が上空のヘリの方を見たが、そっちに手出しをされたら困る。
すぐに俺は跳び込み、俺達から気が逸れているその二本を斬り落とした。
「そうですよ。そもそも、そんな余裕を見せていていいのですか?」
隣でシロちゃんが、派手な光弾の弾幕を張り、残り三本へと凄まじい攻撃を放って消し飛ばす。
無くなる五本首。
反撃とばかりにその状態でも俺達に魔法が放たれ、同時に首の再生も始まったが、奴のヘイトがもう一度こちらに集中し、そしてそのタイミングで先程の消火ヘリ達がこの場に到着。
そこから放たれるのは――水ではなく、御神酒。
酒の雨が、空から大量に降り注ぐ。
「このお酒、結構高くて美味しい奴なんですけどね。しょうがないので、奢ってあげます。酔っ払うまで、いっぱい飲んでください」
効果は、絶大だった。
わかりやすく揺らぐ、五ツ大蛇の魔力。
溢れ出ていた負の魔力が押さえつけられていき、まるで酸でもぶっ掛けられたかのように、ジュウ、と体表面がダメージを負っているのがわかる。
へぇ……すごいな。効果的には、ほぼ聖水だ。
それも特上の、一発でアンデッドを昇天させられるであろう性能である。
御神酒を自衛隊の消火ヘリで噴射とは、なかなかシュールであるが、これが現代の戦いということなのだろう。
あと、匂いからしても、ぶっちゃけすごい美味そうだ。この酒。
普通に飲んでみたい。あとで残りとか貰えないだろうか。
『――――ッ!!』
のたうち回る蛇。
声にならない、特大の悲鳴。
そんな隙を、俺達は見逃さない。
「気に入っていただけたようで何よりです。――あなたを倒し切れなかった時から、私とて遊んでいた訳ではないのですよ」
そう言うと同時、シロちゃんの莫大な魔力が練り上げられ、魔法を発動。
次の瞬間、空に浮かび上がる、巨大な五本の光剣。
――五ツ大蛇の魔法の使い方は、言わば大艦巨砲主義の頃の戦艦だ。
数打てば当たる。デカい砲は強い。
命中率など考えない、弾幕による制圧だ。
対してシロちゃんの魔法は、射撃管制システムによって完全制御された、最高の威力と最高の命中率を誇る、現代の戦艦である。
その緻密さは、比べるべくもないのだ。
……まあ、実際にシロちゃんが現代の戦艦とやり合ったら、数隻くらい相手にしても余裕で勝てるんだろうが。
放たれた光剣は、同じ数の首に狙い違わず突き刺さり、そのまま地面に縫い合わせる。
今までのコイツならば、首を引き千切って即座に新たな首を生やしていただろうが、御神酒に阻害され、今はその動きがとても鈍い。
しかし、流石に命の危険を感じ取ったのだろう。その状態でもメチャクチャに魔法を放ちまくり、どうにか光剣から抜け出そうと身体を捩りまくっている。
「――ガアアアアァァッ!!」
が、それら全てを跳ね返すような一撃が、俺達の後方から放たれる。
後ろから弾丸のような速度でこちらに突っ込み、そのまま戦闘を開始したのは、アヤさん。
赤く染まった瞳。
以前見た時よりも魔力が相当に荒々しくなっており、戦い方も荒々しい。
――『狂戦士化』か。
向こうの世界にも、そういう能力を使える魔族はそれなりにいた。
魔力も体力も凄まじく消耗するが、一時的に通常時の倍以上の能力を発揮することが可能で、俺が戦ったことのある魔族の戦士の中にも、その間だけウタ並になるような奴すらいた。
確か……魔王軍の幹部だったっけな。ソイツと戦った時も、危うく死にかけたものだ。
ただ、大きなデメリットとして、消耗が激しいこと以外にも未熟な者が使うと理性が飛ぶ、という点があるのだが……見ている限り、アヤさんの荒々しい動きの中には、しっかりとした合理が窺える。
本能を、理性で制御している証だ。なるほど、これが彼女の本気か。
と、諸共消し飛ばしたくなったのか、突如としてヘドロの大津波が発生して押し寄せ、俺達全員を飲み込もうとするが、同時に発生したのが光の大津波である。
シロちゃんの魔法だ。
威力がデカ過ぎず、しかし押し負けず、完全に拮抗状態を作り出している。
圧倒しないことで、わざと向こうに攻撃の手を使わせているのだ。
別のことが出来ないように。
「海凪君、今です!」
「海凪君ッ、そっちは任したよッ!!」
「了解ッ!」
二人が相手をしてくれている間に、まるで神話の大戦かのように魔法が荒れ狂う空間を、俺は走り出す。
奴の胴に乗り、奴の胴を抉り飛ばさん限りに蹴飛ばし、走る。
うねる、長い胴。
数秒後、迎撃もロクにないまま、俺は尾の先端付近に辿り着き――。
「――あ?」
ぐん、と持ち上がった尻尾の先がこちらを向いたかと思いきや、ぐぱぁ、と開いた。
エイリアンの口みたいな、『ザ・グ〇ード』に出て来る怪物の口みたいな動きで開き、そしてその中心の、舌の位置に生えている――一本の剣。
俺は、叫んだ。
「うわキモッ!?」
同時、その尻尾の剣が、こちらに向かって攻撃を開始した。
◇ ◇ ◇
――優護達は、一つ勘違いしていることがあった。
八岐大蛇とよく似た五ツ大蛇は、とてつもない能力を有している。
貯めた魔力量によって首が増え、凄まじい再生能能力があり、地形を簡単に変える程の攻撃能力を持つ。
まさに神話に出て来る怪物そのものであり、まだ首が五つの現時点でも、放っておけば人間社会など簡単に滅ぼせるであろう力があることは間違いない。
優護という規格外と、緋月という頭のおかしい妖刀が相手であったために、上手く能力を発揮することが出来ずにいたが、日本最高戦力であったシロ達が以前倒し切れなかったというのは、決して伊達ではないのだ。
が――八岐大蛇とは、別種である。
首の数が違う、などという話ではなく、哺乳類と爬虫類程に離れた種――いや、もっと言うのならば、有機物と無機物程に違うのだ。
完全な、別物。
この魔物を見れば、八岐大蛇と同種であるだろうと、誰もが予測する。
誰もが、その予測を基に行動する。
だから、そのように似せて造られたのだ。
「――種の明かされた手品程興覚めなものはありません。しかし、この手品のことだとは、言っていませんからねぇ」
どこかで、悪意が嗤う。
御神酒って、実は美味しいんだよね。
水みたいですごい飲みやすい。
あと、書いといてあれだけど、今の子って『ザ・グリード』知ってるんかな。あれ、未だに史上最高のB級映画だと思ってる。
 




