山を食らう蛇《5》
諸君メリクリ。
――鬼族の現当主、綾。
彼女は、本来であれば、四ツ大蛇討伐班として行動する予定であった。
しかし、まずシロがツクモに呼び止められ、行動開始の時間までに集合地点に現れなかったこと。
四ツ大蛇討伐班は、シロと綾と優護、それでも戦力が足りない場合はツクモ、という編成であったため、シロ達が来ないのならば己一人でも向かうつもりであったのだが、そこで彼女にも想定外が起こる。
優護がすでに戦闘を開始していたことは無線連絡で聞いていたので、この場からの移動を開始した直後、付近に『脅威度:Ⅳ』の魔物が出現したのだ。
放っておいたら優護達の下へ向かう動きをしており、そしてそれを止めようと別の部隊が戦い始めたが、明らかに戦力が足りておらず、危険な状況となっていた。
見捨てることも出来ず助けに入り、だが次々に追加の魔物達が現れ続けるせいで、抜けることが出来なくなってしまったのだ。
だから今、合流よりも先に、彼女は周辺の魔物の排除を始めたのだが……。
「全く、数が多いな、本当に!」
大太刀の一刀で、ズン、と敵を派手に両断する。
まるで大地を叩き割るかのような、とてつもない力を込められた一撃。
大振りな攻撃のため、隙と見た他の魔物達がすぐに周囲に殺到してくるが、人間ならば不可能な速度で大太刀を切り返すと、ぐるんと回転しなが振り抜く。
刹那遅れ、群がっていた魔物達の全てが、同時に斬り裂かれた。
――綾の退魔師としてのランクは、『S』。文句無しの日本最高戦力の一人だ。
単独でも『脅威度:Ⅳ』の魔物を倒せる程の、貴重な戦力である。
彼女の使用する大太刀の名は、『十斬り』。
十人を一刀で斬り殺した、という物騒な逸話を持つ妖刀で、綾の鬼族の力で振り回しても折れず、刃毀れもせぬ、相当な逸品である。
愚痴る余裕はあるが、己が抜ける余裕はない。現在は、そういう状況であった。
「想定されていたことではありますが、想定以上の量でもありますな。それだけ四ツ大蛇――いや、今は五ツ大蛇でしたか。あの蛇の放った魔力が濃かったのでしょう」
そのすぐ隣で戦っているのは、優護に貰った短剣、『瞬閃』を振ってインファイトで敵と戦っている、田中である。
彼の武器は、短剣だ。そのため、限りなく入り身での戦い方をする。
恐ろしい相貌の魔物の懐に、躊躇なく跳び込んで急所を一突きにし、そして他の魔物の攻撃を体術で受け流して、すれ違いざまに斬り刻む。
攻防一体、という言葉をこれ以上ない程動きで表しており、まるで流れるように、次々と魔物を撃破していた。
田中の退魔師のランクは、『A』。
彼もまた、日本において一握りの戦力である。
そもそも、『S』と認定されている純人間は、いない。
シロや綾のように人間でなかったり、半妖だったりする者だけであるため、純人間としての最高到達地点は『A』であると言っても良いだろう。
「……それにしても田中、随分良い短剣を使っているな。お前、そんなの持ってたか?」
「海凪君から買いました。どうも彼は、収納の魔法の中に無数に武器を入れているようですな。例の飛鳥井殿の一件の際、私の武器を壊したからと言って、一本いただきました」
「……普段からそんないっぱい、武器持ち歩いてるのか。彼」
「というより、完全に倉庫代わりとして収納の魔法を使用しているのでしょう。こちらに隠さなくなってからは、書類等を渡した際もそこに入れていましたから」
そう、平然とした様子で話す田中に、綾は少し面白がるような表情で問う。
「田中は海凪君の心配をあまりしていないんだね。今、彼が一人で戦ってるって話だけど」
「先程などは、ヘリから飛び降りてそのまま空中を走り、五ツ大蛇に突撃していきましたから。彼の実戦の様子を見たのはこれが初めてですが、巫女様のお目に掛かっただけはあると思ったものです」
「まあ、そうだね。つい最近とか、海凪君に会うためにわざわざ電車で一人、シロ様が出て行かれたからね。その時の旧本部の慌てようと来たら、凄かったよ。気付いたらシロ様、いなくなってたから」
「あぁ、あの騒ぎの……本当に会いに行っていらっしゃったのですか」
「そうみたいだ。帰ってきた時、随分上機嫌だったよ。彼を見て、蛇の討伐も決めたみたいだったし。――そこのところ、どうだい、杏ちゃん。一番彼の戦いを見てるのは、君らしいけど」
そして、二人と共に、杏もまたその場にいた。
綾と田中が正面で魔物を斬り裂いていく中、正面火力とはなれずとも、抜けてくる細かい魔物達を確実に排除し、二人の手間を減少させている。
杏は元々、基礎がしっかりと出来ているため、動き自体は悪くない。
敵を注視して、動きを予想して、慌てず冷静に攻撃する、ということが出来ている。
そしてそこに、優護の渡した『雅桜』が合わさることで、彼女の実力を数段引き上げていた。
一刀だけで、敵を殺すことが出来る。そのような武器は、はっきり言ってあまりない。
陰陽大家――『旧家』とも呼ばれる者達の当主、あるいはそれに連なる立場の者達が良い武器を使っているくらいで、他の者達は粗悪とは言わないまでも、優護ならば「え? それが主武器? マジで?」と真顔で言うであろう性能のものばかりだ。
無論、『脅威度:Ⅰ~Ⅲ』辺りの魔物を討伐するには、それでもまだ何とかなる。
だが、『脅威度:Ⅳ』以上と戦うことを考えた際、それではあまりにも性能不足なのである。
名刀を生む技術はある。が、『妖刀』を生む技術はそれよりも数段難しく、とてもではないが需要に供給が追い付いていないのだ。
武器不足。それもまた、『特殊事象対策課』が戦力不足に陥っている要因の一つだった。
「優護は、生き残る、ということをかなり意識した立ち回りをしているそうです。そんな彼が一人で突っ込んで行ったのなら、勝算は十分にあると考えてのことなんでしょう」
二人と違って余裕はないが、それでも綾の質問に答えられるくらいの冷静さは保っている杏が、そう答える。
「へぇ? あの蛇、シロ様を含めた当時の精鋭部隊が、結構な被害を出しながらも討伐し切れないで、結局封印するしか出来なかったんだけど」
「……少なくとも、あたしには大蛇の実力も、優護の実力もわかりませんから。優護は、大百足をまるで子供を相手するみたいに圧倒して、一刀で肉体を両断する実力の持ち主です。似たような――と言っても、規模感は違いますが、そういうデカいのの相手は慣れてるんでしょう」
どこまでも優護のことを信頼しているような様子の杏の言葉に、綾は少し微笑ましくなり、思わず笑みを浮かべる。
「そっか。杏ちゃんは彼を信じてるんだね」
「……べ、別に、そういう訳じゃないです。ただ、その、アイツの規格外の戦闘を見る機会は、それなりにありましたから。巫女様も信用した以上、きっとその実力は、私の考えているものよりずっと大きいんだろうって、そう思っただけです」
今まで見て来た、優護の戦い。
そして、巫女様が認めたという力。
杏からすれば、「あぁ、やっぱり優護の実力は、とんでもない領域にあるんだな」と思うだけである。
彼が戦えると判断したのならば、戦えるのだ。
相手がどれだけ強くとも、他の誰が敵わなくとも。
杏は、優護の判断を信じるのみである。
――と、そうして三人で魔物達の掃討を行っていた時だった。
綾の無線に、通信が入る。
『えーっと……これでいいのですかね? 綾、聞こえますか』
「! はい、聞こえます、シロ様」
少し不慣れな様子で無線から聞こえてきたのは、シロの声。
『良かったです。これ、首に付けるの、首輪みたいで嫌ですね。なかなか窮屈です。もうちょっと他の形で造ってほしい――』
「シロ様。次までに首輪型でないものを用意しますので、本題をお願いします」
己の主が、結構話が脱線する方だということを知っている綾は、少し苦笑しながらそう言う。
『おっと、失礼しました。おほん、それでは綾、あなたは今どこにいますか?』
「当初の合流ポイントより、少し内側に入ったところです。出現した魔物の数が想定より多く、私が離脱すると戦線に穴が開きそうであったため、そのまま駆除に当たっています」
『こちらへは来れそうですか?』
「後のことを考えないで良いのならば」
――綾の、『S』ランクとして認定された力。
それは、とある能力を発動した時に発揮される。
付けられた名は――『狂化』。
鬼族の戦士が持つ、一騎当千と化す力で、人間達に恐れられた最も大きな要因である。
だが、それには代償が存在した。
著しく魔力を消費してしまうため、交戦可能時間が短いのだ。
後のことを考えない、というのは、一度その力を使ってしまえば、その後はしばらく動けなくなるということを意味していた。
『わかりました。――私達はもう勝負を決めるつもりです。問題ありません、やっちゃってください』
シロからの言葉に、綾は、笑った。
「了解です、すぐに向かいます」
そうして無線が切れたところで、綾は二人へと言った。
「シロ様から要請が入った。私は五ツ大蛇討伐に向かうよ。力を使うから、ちょっと離れてて。この辺りは私が一時的に壊滅させるから、その後はよろしく」
すぐに理解を示すのは、田中。
「わかりました。清水君、この場所では綾姫殿の邪魔となる。離れるぞ」
「えっ、わ、わかりました」
そうして二人が距離を取ったのを見て、すぐに綾は魔力を練り上げ――すると、その瞳が赤く染まっていく。
纏う魔力が、とんでもなく増幅していく。
「――ガアアアアァァッ!!」
響き渡る、怪獣のような雄叫び。
次の瞬間、彼女は目にも止まらぬ程の速さで突っ込んだかと思いきや、近場にいた魔物をそのまま殴り殺す。
ブシュウ、と爆ぜる血肉。
次々と殴り殺し、握り潰し、蹴り殺し、斬り殺す。
理性など欠片も感じさせないような、獣のような戦い方。
しかし、完全に理性が飛んだ訳ではない。
未熟な鬼族では、力に酔って本能のままに暴れ出すところを、強靭な精神で以て抑え、作戦を遂行する。
それが出来るのが鬼族の一流の戦士の証であり、現当主である綾は、力に酔う己を客観視して百パーセント制御することが可能な、さらに一握りの戦士であった。




