山を食らう蛇《3》
天然ウナギは草。
そりゃね、敵を斬って吸収するなら、グルメよ。美味しく食べたいのよ、きっと。
感想いつもありがとう!!
――優護が『四ツ大蛇』ならぬ、『五ツ大蛇』と戦闘を開始した頃。
「……ツクモ、どういうつもりです?」
シロは、ツクモと顔を合わせていた。
同じ尻尾の数で、ほぼ同じ背丈の二人。少しだけ、シロの方が高いか。
ただ、片方は袴を着ているのに対し、もう片方は現代の少女らしい服を着用している。
表情も対照的で、片方は難しいような顔をしており、もう片方は楽しそうに笑みを浮かべていた。
「どうもこうもないわ。こういう作戦で、想定外が数多起こるのはままあることであろ?」
「そういうことを言いたいのではありません。どうして、私が向かうのを止めたのです」
当初の作戦通りならば、すでにシロは現場付近で待機し、仮に想定外が起こっても対処出来るようにしているはずだった。
それを止めたのが、ツクモだ。
自分達ならばいつでも急行出来るし、少しこちらに来い、と。
ツクモは、テロリストグループの頭がすでに死亡し、出現した四ツ大蛇が五ツ大蛇へと変貌していることを知っていた。
故に、放っておけばそのまま現場まで向かうであろうシロを止め、一旦情報共有をすることに決めたのだ。
「貴様が、何も考えずこのまま現場に向かおうとするからよ。というか、前から言うとろう。人間が好きなのは構わぬがな。貴様が全てを解決するようでは、逆に人間達の成長の機会を奪うぞ」
「あなたが昔から言っていることは理解しますが、今回は別でしょう。対象は四ツ大蛇です。この魔物を相手にするのならば、全力で取り掛からなければならないはずです」
「さて、そうでもないかもしれぬぞ? 今までの貴様らの組織ならば、期待は出来ぬところであるが……今は、特級の戦力がいるであろ」
「……海凪 優護ですか」
ツクモは、ニヤリと笑みを浮かべる。
「貴様が四ツ大蛇の討伐に踏み切ったのも、彼の男子の存在があるからであろ? あの者ならば、己らと共に戦えると考えたからこそ、割と保守的な貴様も動くことを決めたはず」
「……そうです。彼がいてくれるなら、戦えるという判断です」
「ならば、見てみるとしよう」
そう言ってツクモが、何もないところから当たり前のように取り出したのは、片手で持ち運べるが、ノートPCとしても使えるであろう大型のタブレット。
幾つかの操作を彼女が行い、やがてそこに映ったのは、夜の暗闇である。
しかし、映像に補整が掛かり、暗いながらも状況がよく窺えるようになっていた。
「これは……使い魔に、かめらでも持たせているのですか?」
興味深そうにそう言うシロに、ツクモは呆れた顔を浮かべる。
「貴様は、ほんに知識が古いのう? 違うわ、ドローンよ」
「泥?」
「泥ではない、ドローンじゃ」
「ふむ、忍者ですか?」
「それはドロン、の効果音――ええい、そんなことはどうでも良いわ! 全く、相変わらず呆けた小娘ぞ」
「私が小娘ならば、あなたも小娘ですが」
「一緒にするな馬鹿たれ! 妾は、言わば貴様の姉ぞ! もっと敬え!」
「む、その見解には異議を唱えたいですね。どちらがお姉ちゃんかと言ったら、私の方でしょう。今も、みんなのお姉さんとして頑張ってます。ツクモはいつも好き勝手やっていて、末っ子みたいですし」
「誰が末っ子じゃ、誰が! そもそも、実際の歳も妾の方が上ぞ!」
「いや、大体同時期に生まれているのはわかっていますが、実際にそれがいつかは、お互いわかっていないでしょう。そもそも私達にとって数十年の差は、ほとんど誤差みたいなものですし」
「……それはそうであるが!」
本人達は至って真面目に、しかし傍から見れば子供の喧嘩にしか見えないような言い争いを少しの間続けた後、どちらもそんな場合ではないと思い直し、話を元に戻す。
「何故、わざわざその、どろーんなるものを使うのです? ツクモも使い魔はいるでしょう」
「貴様らはすぐにそう考えるがの、どれだけ魔法で隠蔽したとて、気付く者は気付く。しかしこれには、魔力は使われておらぬ。完全な科学の結晶よ。すると、魔法能力に自負のある者程、意外とこれに気付けぬ。米軍の横流し品故、性能も折り紙付きじゃ」
「……あなたは、本当に新しいもの好きですね。確か、びーばーと言うんでしたか?」
「ビーバーは動物ぞとか、誰がミーハーじゃとかツッコみたいところであるが、それをしているとまた無駄な時間を過ごしそう故、流すぞ。――ん、映ったな」
ツクモが見せるタブレットに映っているのは――優護。
彼と、首が一本増えた五ツ大蛇との怪獣大決戦の様子である。
戦闘の巻き添えにならないようかなり離れていながらも、ドローンは、その映像を十全に映し出していた。
「首が増えておるのは、封印の中でも力を貯めておったのであろうな。妾達と同じく、その分だけ強くなっておるはずであるが……くふふ、あの蛇めが全く手も足も出ておらん」
「……凄まじいですね。あの戦闘能力もですが、あの刀、四ツ大蛇――いえ、五ツ大蛇の首を簡単に斬り飛ばしています。しかも、その再生で手一杯で、反撃が全然間に合っていません」
「あの蛇、表面に粘性の魔力を纏っておったはずであるがな。それ故近接には滅法強かったはずが、意にも介しておらん。いやはや、恐ろしいものよ」
そこに映っているのは、一方的な戦闘となりつつある場面だった。
五ツ大蛇もまた、反撃は行っている。
小さな羽虫を払うために、特大の範囲攻撃魔法を放ったり、自らの肉体で押し潰さんと大暴れしているが、それを逆に利用されて次々に首を斬り落とされ、すぐに再生はするもののそれでいっぱいいっぱいになっていた。
反撃の仕方も、苦し紛れであることがよくわかり、全く効果的な攻撃になっていない。張り付かれて斬り刻まれるのを嫌がって、とにかく広範囲を巻き込むような攻撃を続けているのだが、そんな大雑把な動きにやられる程優護は甘くなかった。
シロは、タブレットから顔を上げ、ツクモを見る。
「……余裕があると言いたいのはわかりました。それでも、援護が必要でない訳じゃないでしょう。私は行きます」
「良い機会であるぞ? 海凪 優護がいったいどれだけ戦えるのか、もう少し確認しても良いのではないか?」
「では、ツクモがそれをしてください。彼だけに命を掛けさせる訳にはいきません。そもそも、海凪 優護はばいとなのですから。あまり負担を掛けては、申し訳ないです」
そう言ってシロは、ふわりとその場に浮かび上がると、そのままビュンと空を飛んで行った。
「……やれやれ、せっかち狐め。貴様が協力したら、あの者の底が見えぬではないか。……この様子では、底など出んかもしれぬが」
ツクモは、出来ればこの機会に海凪 優護の実力が見たかった。
シロを一度止めたのは、それも理由の一つだった。
別に見殺しにしたい訳ではなく、仮に一人で戦わせても問題ない実力があるだろうという判断があってこその動きだったが……タブレットの映像を観る限り、これなら本当に一人で倒せてしまいそうで、思わず少し苦笑を溢す。
規格外なのはもうわかっていたが、あの蛇を相手にして、まさか善戦どころか、圧倒する結果になるとは思わなかった。
それでも、あの蛇の驚異的で脅威的な再生能力をどうにかしない限り、倒し切ることは出来ないだろうが、案外彼なら何か思い付いて、一人で討伐を完了させてしまうかもしれない。
――ちなみに、シロを止めた理由は、まだある。
単純にツクモは、シロを心配していた。
人間達は、酷くか弱く、放っておけば簡単に死ぬ。
そのことを、シロもツクモも、よく知っている。
だからシロは、己でどうにかしようとするのだ。強い魔物が出ると、人間達を守るために、己で倒そうとする。
最近はその傾向も多少マシになり、死人が出たとしても人間達に任せるということが出来るようになってきていたが……ツクモは、もっと考えさせたかった。
それ程の責任を負う必要は無いのだと、伝えたかった。
「……まあ良い。ならば妾も、妾の仕事をするか」
近くで待たせていた大型のバン――と言っても、以前優護と会った際に乗っていたものとは違い、まるで戦闘指揮車のように後部座席部分が丸ごと改造されたもので、長期の作戦行動でも問題なく行動出来る造りとなっている車に乗り込む。
そしてその中で、数枚の大型モニターを見ながら、何らかの操作を行っているメイド服の女性。
ツクモの部下であり、右腕であり、身の回りの世話を任せているメイド――西条 透華。
部下自体は他にも大勢いるが、こうして常に行動を共にしているのは、彼女だけだった。
「西条、唆された阿呆どもの動きは?」
「問題なく追えております。内、一つの別動隊が、焦って協力者へ連絡を取り始めました。特殊事象対策課内部で泳がしている方ではなく、我々が追っているホシの方です。盗聴内容の詳細は、そちらに」
「よし。グループリーダーが逃げる間もなく潰されて死んだのは想定外であったが、何とかなりそうか」
ツクモは、優護の映像を撮っているドローンの他にも、二機程同じものを飛ばしていた。操作は全て、西条が行っている。
それらが追っているのは、五ツ大蛇の封印を解いた、テロリストグループ。
だが、ツクモは、この者らを重要視していない。その気になればいつでも排除可能な、取るに足らない木っ端だからだ。
――問題は、そんな木っ端を唆し、弱まっていたとはいえ、シロが本気で張った封印を解くことが可能な杖を提供した者。
日ノ本にちょっかいを掛けている者。
必ず引きずり出し、殺す。
今、ツクモはそのために行動していた。
「くふ、おいたをした手は、しかと叩いてやらねばの」
届く映像を観ながら、ツクモは不敵に笑い――。
「……西条、妾もドローン、操作したい!」
「以前そう仰って、一機お釈迦にされていらしたので駄目です」
「今日は行ける気がする!」
「現在は夜で、さらに操作難易度が上がっているため駄目です」
「……わ、妾が金を出して買ったものであるぞ!」
「今は結構真面目な作戦の最中ですので駄目です」
「ぐ、やはり現代で生きるならば、ドローン操作くらいは練習して出来るようになっておくべきか……」
とりあえず何でも手を出そうとする己の主に、西条は若干呆れたような顔を浮かべる。
「ツクモ様、あなたはいったいどこに向かわれているのですか」
「無論、時代の行き着く先よ。それより西条、しかと追っておけよ? これで見失ったとあっては、流石に笑えんぞ」
「ツクモ様と違って私は操作が得意ですので、問題ありません」
「貴様、妾のメイドであるよな?」
「そうでございますが」
「……優秀なメイドがいて助かっておるよ」
「恐縮でございます」
◇ ◇ ◇
旧本部。
慌ただしく人員が動き出し、順次出撃していったため、人気が非常に少なくなった中で動く人影が一つ。
――飛鳥井 誠人である。
優護と揉めてから、しばらく座敷牢に入れられていた誠人だが、やがて出された。
己は飛鳥井家の跡取りなのだから当然だと、むしろ出すのが遅いと悪態を吐きまくっていた誠人は、己に恥を掻かせた者全員に必ず仕返しをしてやると、ただ憎悪で以て行動を始めていた。
飛鳥井家を継ぐに相応しい自分に、こんな目に遭わせた者を破滅させ、そしてやはり己こそが次期当主として相応しいのだと理解させる。
そのために行ったのが――テロリストグループへの、特殊事象対策課の動きのリークである。
逐一部隊の動きを報告し、必ず四ツ大蛇の封印の解除が達成されるようにする。
そうして出現した四ツ大蛇を、己が討伐し、まずは名声を取り戻す。
少し実力が足りないかもしれないが、その分を補う魔道具はすでに『協力者』から受け取っており、これならば倒せると、そう思っていた。
名声を取り戻した暁には、己に付き従う者も増えているだろうから、その力によって敵を潰す。
傲慢で、全てが己の都合良く進むと思い込む、まるで子供のような杜撰な計画を、至極大真面目に考えながら、誠人は行動を起こしていた。
当然だが、それに気付かぬ程、彼の周りの者達は無能ではない。
何故、こんなにも自由に動くことが出来ているのか。
それを当たり前だとして、疑問に思わないのは当の本人だけだった。
「――兄さん」
ふと、後ろから声を掛けられる。
その声に、一瞬で誠人の表情が憎々しげに歪み、振り返る。
そこにいたのは、刀を差した一人の青年。
まだ年若く、恐らくは大学生辺りだと思われる見た目。
その口元にはにこやかな笑みが浮かべられ、爽やかな雰囲気だが、どことなく裏が感じられるような、そんな表情だった。
そして誠人は、青年の顔を、嫌という程知っていた。
「貴様ッ、何故、ここに……ッ!!」
「何故、と問いたいのは僕の方ですね。兄さんには謹慎が言い渡されていたはずですが、何故そうやって、勝手に出歩いているんです?」
「……フン、この緊急事態だ。飛鳥井家の、次期当主たる私が動かないままでいる訳にはいかんだろう」
次期当主、の部分を殊更主張してそう言う誠人に、青年は思わずといった様子で苦笑する。
その表情を見て、馬鹿にされていると苛立ちを強め、誠人の瞳が殺意を帯びていく。
今ならば、誰にも見られぬ内に殺せるという思いが、誠人の胸中に浮かぶ。
「それでー……その腰の刀、なんです? 随分と禍々しい魔力を放ってますが。兄さん、そんなもの持ってませんでしたよね?」
「貴様に教える義理はない」
「義兄さん、気付いてないようなら教えてあげますが、それ、呪われてますよ?」
「フン、私の才能に掛かれば、この程度、使いこなすのは容易いのだ」
「……そうですか。まあ、何でもいいですが」
次の瞬間だった。
何か、熱が走った。
違和感を覚え、誠人は己の肉体を見下ろす。
右腕が無くなっていた。
それを認識した瞬間、トプ、と血が溢れ出し、激痛という言葉で表すには生温い痛みが走り始める。
「うっ!? 腕ッ、腕がああァァッ!?」
対峙する青年の手に握られているのは、いつの間にか抜き身となっている、血を滴らせている刀。
誠人は、気付けなかった。
弟がいつの間に刀を抜いたのか。
いつの間に攻撃を終えていたのか。
そこには、抗えない絶望的なまでの力の差が存在していた。
「き、貴様ァッ!! とうとう本性を現したかァッ!?」
「いや、まあ、もう用済みなので。兄さん。これ以上ロクなことをされないように、直接僕が殺しとこうかなって」
誠人は別に、才能が無い訳ではない。
名家の生まれに相応しいだけの能力はあり、将来を期待出来るだけのものを秘め。
だが――彼の不幸は、不真面目で決してやる気があるとは言えない己の弟が、彼よりも遥かに大きな才能を持っていたことだろう。
誠人が傲慢な性格になり、当主の座に固執し、こんな行動に出る程焦りを覚えることとなったのは、果たして彼だけが原因か。
名家という柵の多い家。才能が物を言う世界で、己よりも強い腹違いの弟。そんな誠人に失望し、こちらを無視するようになった母親。
彼がおかしくなってしまったのは、いったい、何が原因だったのか。
「じ、次期当主たる、長兄の私を殺す気かッ!?」
「あなた殺しちゃうと、本当に僕が継がなくちゃならなくなるんで、面倒なんですけどね。まあ、もうしょうがないです。別に家に愛着がない訳でもないですし、兄さんにメチャクチャにされるくらいなら、僕が継いでおきます」
己が心底から欲している当主の座を、まるで取るに足らないものかのように軽く扱う青年に、誠人は瞳に激情と憤怒と殺意を見せ――だが、それしか出来ない。
ゆっくりと近付いて来る弟から、ジリ、ジリ、と後退りすることしか出来ない。
「あぁ、安心してください。迷惑を掛けた例の彼には、僕の方からちゃんと謝っておきます。――飛鳥井家の次期当主としてね」
その言葉に、誠人は反射的に怒鳴り声をあげようとし――その瞬間、首を両断された。
敵を釣る、という動きを完璧に熟した誠人は、もう用が無くなったため、死んだ。




