シロ、来襲《2》
そうして話が一段落したところで、ふと俺は、前から気になっていたことを問い掛けた。
「そう言えばシロちゃん、何で『巫女様』って呼ばれてるんです?」
「あぁ、それは昔の名残です。海凪 優護もそうだと思いますが、我々は魔力感知のおかげである程度異変が察せますね?」
「えぇ、まあ」
「それで、昔に危険を察知した際、よく人間達に警告を出していたんです。危ない魔物が近くにいるぞ、とか、地面の魔力の波動がおかしいから、地震が来そうだぞ、とか。そういうのを幾度か繰り返していたら、いつの間にかそういう風に呼ばれるようになりました」
あぁ……確かに、魔力を扱えない人間からすれば、ほぼ予言みたいなものか。
シロちゃんの魔力量だったら、物凄い広範囲を感知出来るだろうしな。巫女にもなるか。
「今は便利な時代になったものです。異変があれば、私が知らせずともいっぱいのピコピコですぐに感知することが出来ますし、すぐに皆に知らせることが出来ます。クルクル回って空を飛ぶ乗り物で、その場所へ向かうことも簡単です」
いっぱいのピコピコ……レーダーとかの機械のこと、だよな? 多分。
クルクル回るのは……ヘリか。
「その辺りは、確かに昔と比べると遥かに便利になったんでしょうね。物理的に世の中から暗闇を消し去ったことで、魔物の出現も多少は減ったでしょうし。最近増えてるとは聞いてますが」
「淀んだ魔力は、性質的に暗がりに溜まりますからね。魔物の発生件数も、実際に増えてはいますが、私の知る一番酷かった時期と比べれば全然まだマシ、といったところです。対策を考えなければならないのは、間違いありませんが」
「一番酷かった時期はどんな感じだったんです?」
「各山に当たり前のように魔物が生息していました。人里を少し離れただけでも、出現しました。一つ一つ皆で討伐していって、安全地帯を増やしていった、といった感じです。大体戦国の頃ですね」
うむ、この人から歴史の話を聞いたら、本当に面白そうだな。生き証人で、実際に色々を見て来ている訳だし。
――ツクモは俺に、魔物が出現する瞬間を見せた。
が、あれは正直、タイミングが良かっただけで、極端な例だったと思っている。そんな頻繁に魔物が出現しているのなら、もっと俺の感知に引っ掛かっているはずだからだ。
そもそも、魔石を用意していなければ、あの魔物が出現することも無かった。
悪意を持った者がその気になれば、簡単に敵性生物を出現させられるというのは、確かな事実だろうがな。そんなのは、他のテロも一緒だろう。
別にアイツが嘘を吐いているなどとは思っていないが、鵜呑みにする必要もないだろう。
ただ、そうして俺が、ツクモの言葉を信じ切らないことも、多分奴は想定済みなのだ。それでいいとも考えているのだと思われる。
何故なら、特殊事象対策課のやり方が温い、ということは、俺も少し思ってしまっているのだから。
シロちゃんが望むのは、ゆっくりとしていても、一歩一歩進む確かな進歩なのだろう。で、それに対しツクモは急進派とでも言うべきだろうか。
「ところでシロちゃん、あれは何でしょう?」
俺は、電光掲示板を指差す。
「あれは、絵と文字が出るピコピコの広告です」
「そうですか。あっちは?」
次に、信号を指差す。
「あれは、信号のピコピコです。渡る時は、手を挙げて渡らないといけないんです」
「なら、今通ったあれは?」
最後に、車を指差す。
「あれは、ピコピコと光る牛車ですね」
シロちゃん、流石に牛車は違うと思います。
「ふふん、私はお姉さんなので、物知りなのです。海凪 優護も、困ったらこのシロちゃんに頼るといいです」
「えぇ、そうさせてもらいますよ」
何だかリンを思わせるような動作で胸を張り、ドヤ顔を浮かべる彼女の頭を思わず撫でそうになってしまい、どうにか俺は我慢する。
何となくだが……いつもこういう会話をツクモとでもしていて、んで呆れた顔でもされてるんだろうな。容易に想像出来るわ。
――と、その時、彼女の懐から、電話の鳴る音が聞こえてくる。
ゆっくりした動きでスマホを取り出したシロちゃんは、表示を確認し――ピッと切った。
あ、切るんだ。
「出なくて良かったんです?」
「構いません。どうせ、私を探すための電話でしょうから」
「……探す?」
「はい。出掛けることは、誰にも伝えてませんから」
「えっ」
「ツクモばかりずるいです。私とて、外に出てみたいと思う日はあります。たまには自由に行動してもいいでしょう。一両日空ける訳でもないんですから」
シロちゃん、まさかの無断外出だった。
「あ、と言っても、ちゃんと書き置きはしてありますよ? ちょっと出て来ます、晩御飯までには帰りますって。にもかかわらず、こんな風に何度も電話を掛けてくるって、少し過保護じゃありませんか?」
「何度も掛かってきてるんですか」
「何度もです」
それは流石に何かあったのではなかろうか。
……いや、魔力の異変は俺も感じられないし、俺以上に感知範囲が広いであろうシロちゃんもこんなのんびりしている以上、別に強大な魔物が出た、という訳でもないのだろう。
となると、単純に所在確認のための電話である可能性の方が高いか。
「あー……シロちゃん程の人の所在は、やっぱり気になるんでしょう。まあでも、確かに窮屈かもしれませんね。たまには息抜きに外に出ても問題ないんじゃないですか? のんびり、好きに生きるのが一番だと思います」
「……ふふ、そうですか。ではまた、こうして遊びに来てもいいですか?」
「えぇ、勿論です。遊びに来てもらっても構いませんし、俺の方からもまた、そちらにお邪魔させていただきますよ」
シロちゃんはニコリと笑みを浮かべると、ベンチから立ち上がる。
「さて、これ以上皆を心配させる訳にもいきませんし、私はこの辺りで帰るとしましょう。海凪 優護、今日はありがとうございました」
「いえ、こちらこそ。お茶、ありがとうございました」
彼女は綺麗に俺に頭を下げたかと思うと、次の瞬間、ふわりとその身体が浮き上がり、こちらに小さく手を振りながら、空の彼方に消えて行った。
……わざわざ電車に乗ってこっちにやって来たのは、本当にただ乗ってみたかっただけだったのか。
それから数日後、田中のおっさんから連絡が来る。
四ツ大蛇討伐に向けた、ブリーフィングに出るように、と。




