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元勇者はのんびり過ごしたい~地球の路地裏で魔王拾った~  作者: 流優
我が家での日常

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シロ、来襲《1》


 Prr、と電話が鳴った。


 プライベートのスマホは、最近ずっとウタに持たせているので、着信は仕事用に支給されたスマホから。


 田中さんか、あるいはキョウからの連絡かと思った俺だったが……表示されているのは、知らない番号だった。


 とりあえず出てみるか。


「はい、もしもし、海凪です」


『こんにちは、海凪 優護』


 その声は、つい最近聞いた覚えのあるもの。


「……シロちゃんですか?」


『はい、シロちゃんです。最近の黒電話はすごいですね。こんなつるつるな板みたいなもので、色々可能とは。人間の発明は無限大です』


 シロちゃん、スマホを黒電話呼びは流石に無理があります。


 い、いや、もしかするとそのスマホの色が物理的に黒いのかもしれないが……。


「えーっと、どうしたんです? 突然。というか、俺の番号……は、局の支給スマホだからわかってもおかしくないか」


『はい、教えてもらいました。工藤 修司に』


「工藤……?」


 誰だ?


『工藤家の麒麟児、いや、今は子供ではありませんね。工藤家の天才です。あなたもお世話になっているはず――あ、間違えました。田中 健吾でした。第二防衛支部の支部長です』


 やっぱ偽名だったんかい、田中のおっさん。


 そうか、そんな本名だったのか。こんな形で知ることになるとは……。


「……今のは聞かなかったことにしておきます」


『助かります。私は今、何も言っていません。いいですね?』


「へい」


 この人、意外と抜けてるんだな……。


 ウタだと、こういう時『ポンコツ』という言葉が浮かぶが、シロちゃんだと『抜けてる』という言葉が浮かぶ辺り、印象って大事だな。


『おほん。それより、今、時間は大丈夫ですか?』


「はい、問題ないですが」


『では、海凪 優護。実はちょっと、ぴんちでして。私を、助けてくれませんか?』


「……先にそれを言ってください。今、どこにいるんです?」


『あなたの家の、最寄りの駅です』


「わかりました、すぐに向かいます」


 何故そんなところにいるのか、という疑問は当然頭に浮かんでいたが、シロちゃんがピンチと言うなら相当なのだろうと、すぐに向かうことにする。


 その割には声はのんびりしてたし、なんかどうでもいいこと喋ってたが。


「ウタ、悪い。呼び出しが掛かった。ちょっと様子見て来るわ」


「うむ、いってらっしゃーい」


 手をヒラヒラと振るウタに見送られ、俺は家を出た。



   ◇   ◇   ◇



「――あぁ、親族の方ですか。お待ちしておりました」


「……ご迷惑をお掛けして、申し訳ありません」


「いえ、お気になさらず。まあ、言ってしまえばこれも、我々の職務でありますから」


 俺は、駅員さんに促されるまま、幾つかの手続きを終えていく。


 そのすぐ横で、ニコニコしながらちょこんと椅子に座っている少女が一人。


「それでは、失礼します。シロちゃ――シロ、行くぞ」


「はい、お兄ちゃん。駅員さん達、ご迷惑をおかけしました」


 頭を下げる少女を見て、優しい駅員さんは笑いながら小さく手を振り、職務へと戻って行った。


 ――そうして、少女を伴って駅員室を出た俺は、言った。


「……あのですね」


「はい」


「現代に生きるなら、電車の乗り方くらいはちゃんと学んだ方がいいとか、そもそもあなたくらいの人なら、わざわざ電車に乗らないでも、専属の運転手とかいるだろうからそっちに頼めばいいのにとか、色々言いたいことはありますが……シロちゃん」


「はい」


「あなた、日本国土の防衛上で相当な重要人物でしょうに。何でこんなところにいるんです」


 駅で、迷子として保護されていたのは、シロちゃんだった。


 どうも俺を『兄』として呼んだらしく、あの電話は己を引き取ってほしいというためのものだったようだ。


 ピンチって、そういうピンチかよ。 


 ちなみに、ツクモの時と同じく、現在の彼女にも耳と尻尾はない。やっぱり狐はこういうの得意なのだろう。


「それは勿論、海凪 優護に用があったからです。電話で済ますのは、ちょっと」


「微妙に聞きたくない感じですが……聞きましょう」


「あ、待ってください。それより先に、飲み物を買ってあげます。お話をするんですから。……ところで海凪 優護。この四角い箱で、ぼたんを押すと飲み物が買えると聞いたことがあるのですが、どう使うのでしょうか?」


 自販機の前で首を捻るシロちゃん。


 なんか、動きがリンとあまり変わらない感じである。


「……わかりました、俺が買いますから。何が飲みたいんです?」


「いいえ、駄目です。私の方が、お姉さんなんですから。それに、ちゃんとお金もあります。――ほら、一分銀」


「残念ですが、一分銀に対応可能な自販機はこの世に存在しません、シロちゃん」


 シロちゃんががま口から取り出したのは、一分銀だった。初めて見たわ。


 この人、もしかして天然であらせられるのだろうか。


「おっと、間違えました。こっちですね、こっち。この硬貨をどう使うんです、海凪 優護」


「……ここです、ここ。ここにお金を入れたら、この中で欲しいものを選んで、ボタンを押してください。この辺りがお茶で、この辺りがコーヒーで、この辺りが甘いのですね」


「なるほど……では、お茶にしましょう。お茶は美味しいですから。こーひーは全然美味しくありません。何故人間の大人達は、あんなにこーひーを飲むのでしょうか」


「コーヒーもそうですが、大人になったらカフェイン飲料が欲しくなるんですよ」


「ふむ、そういうものですか」


 シロちゃんは精一杯背伸びして、お茶を二つ買うと、その一本を俺にくれる。


 ありがとうございますと礼を言うと、彼女は満足そうに薄く笑みを浮かべる。


 ……何と言うか、子供らしさと、成熟し切った大人らしさの、両方が混在してる人だな。


 その後、近くのベンチに座ったところで、ようやくシロちゃんは本題に入った。


「実は近々、とある場所の封印が破られる予定です」


 ……予定と来たか。


 これは、もしかしなくても、ツクモが言ってた話だろうな。


「何の封印です?」


「山食らいの大蛇――『四ツ大蛇(オロチ)』です」


 ……聞いたことのない名だな。


八岐大蛇(ヤマタノオロチ)みたいな名ですね」


「えぇ。恐らくですが、同種であると見ています。魔力を蓄えると首が増える特徴を持っていたため、そこからさらに成長すると、やがては八岐大蛇となるのでしょう。私達の尾と似たようなものですね。ですが、首が四つの時点で私達では退治し切れず、封印するに留まりました。今から二百年程前の、江戸末期から明治に入る頃の話です」


「確か……『特殊事象対策課』が組織されたのも、その頃でしたね?」


「えぇ、その通りです。当時、世界は激動の時代でした。そして、強大な魔物は決まってそういう時期に現れるのです。人の世が乱れ、世界が淀んだ魔力で覆われることが原因でしょう。第二次世界大戦の頃の混乱も、酷いものでしたね。戦には関わらないと決めていましたが……何度その誓いを破りそうになったことか」


 微妙に遠い目をして、そう語るシロちゃん。


 ――淀んだ魔力。


 向こうの世界において、『負の魔力』と呼ばれていたもの。


「……大変でしたね」


「過ぎたことです。少しずつですが、人間は成長をし続けていますから。私は、その歩みを守るのみ。ツクモなどは、それが焦れったいようですがね」


 俺は、シロちゃんを見る。


「……シロちゃん」


「はい?」


「いえ……日本を守ってきてくれて、ありがとうございました」


 俺の言葉に、彼女は小さく笑う。


「あなた達人間は面白く、可能性に溢れている。私は、それを見るのが好きでたまりません。これは、私の望みなのです。私は、私がしたいことをしている。だから、気にしないでいいのです」


 よしよしと、子供をあやすように俺の頭を撫でる。


 小さく、大きい、温かい手のひら。


「話を戻しましょうか。そういう訳で、四ツ大蛇を倒すための戦力として、海凪 優護に助けてほしいのです」


「その程度なら構いませんが、封印が解けるのがわかっているのなら、阻止出来るんじゃ?」


「それも考えました。ですが……この際ですから、解いちゃおうかなって」


「いやすっごい軽いノリで解こうとしてるじゃないですか」


「封印なんて、ない方がいいですから。万全の体制を敷いて、今度こそ討伐を完了させてしまおうかなと。以前と比べて、私の尾の数も増えましたし。あなたという、心強い戦力もいますし」


「……まあ、話はわかりました。魔物討伐なら協力しますよ」


「助かります。本当に」


 多分強いんだろうが……一つ言える確かなことは、ウタ程の生物ではないだろうということだ。


 ならば、倒せる。


 その程度の相手に負けては、魔王を殺した身として、アイツに面目が立たない。


「八岐大蛇と同種なら、弱点は酒ですかね」


「昔に試したのですが、有効でした」


「え、飲んで酔っ払ったんです?」


「いえ、どうも御神酒の類が苦手なようですね。皮膚に掛かると、肉体に纏っている魔力が薄くなりました。まあ、御神酒に免疫を持つ魔物なんて、そうそういたりはしないのですが、特に苦手なようです。今回も用意するつもりですね」


 へぇ……須佐之男命の神話の実態は、それだったのか。


「じゃあ、尻尾から草薙剣も出て来るんですかね」


「恐らく、尾の先端の素材が刀剣用に著しく優れているのだと推測しています。魔物は討伐すると基本消えますが、力ある部位だけが残ることは、ままありますから。無事に討伐出来たらあげましょうか」


 素材が落ちることがあるのか?


 具現化する程の魔力の集約によって、本体が消え去っても残る、って感じだろうか。


 魔石みたいなものなのかもしれない。


「いえ、大丈夫です。そりゃあ、欲しいか欲しくないかと言ったら欲しいですが、俺にはもう主武器があるので。となると、コレクションにしかなりませんから」


 そう言うと、シロちゃんはニコッと笑う。


「正直で良い子です。では、代わりの報酬を用意しましょう。何か希望があったりしますか? 無ければ通常通り、金銭での報酬となりますが」


「あ、実は今、狐の子と一緒に暮らしてるんですが、その子の戸籍がないので、用意してあげたいなと思ってまして。田中さんにも話してはいたんですが、それをお願いできますか?」


「ふむ、なるほど。あなたから感じていた、ツクモ以外の狐の気は、その子のですか。随分と懐かれているようです」


「? わかるんですか?」


「ふふ、女とはそういうものです。――わかりました、用意しましょう。それ以外に欲しいものがあったら言ってください。後日になりますが、用意しますので。これくしょんでもいいですよ。私、これでも色々持ってますので。四ツ大蛇討伐分はあげます」


 ……ぶっちゃけ、割と欲しい。刀剣類は普通に好きだし。


 が、流石に実用性のないものを報酬で貰ったら、ウタとかに怒られそうだな……。


「……か、考えておきます」


「ふふ、本当に正直な子ですね。詳しい作戦が決まりましたら、田中 健吾から連絡してもらいますので、そのつもりで」


「わかりました」


 ――神話に残る、怪物の同種ね。


 正直ちょっと、見てみるのが楽しみだ。

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― 新着の感想 ―
シロちゃん様カワイイヤッター
八岐大蛇って、正真正銘の神に、正面から戦ったら勝てないって判断させた相手なんだよな…改めて考えるとやばい
どうやって一人で外出したのか、の方に興味が尽きない 鬼の姐さんが発狂してないかな 首四つ程度で封印ギリギリだったなら神話が正確だったとするなら八岐大蛇ほどの大魔獣が日本のごく一地域で悪さしてただけと…
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