白き、黒き者《2》
「……で、何だ。これを見せて、自分は正しいって俺に納得させたいのか?」
「いやいや、わかっておらんな。ここで答えを求めるのは三流詐欺師の手口よ。畳み掛けて頷かせるのも良いがの、ほんに洗脳したい場合は、結論を出させず、時間を掛けてジワジワと悩ませるべきよ。考える、という行為を相手が行っている時点で、こちらは大勝利であるからの」
「そうかい。詐欺師からのお言葉ありがとよ」
「まあテロリストも詐欺師も大して変わらぬであろ」
それは流石に変わるんじゃないか……? いや、知らんけどさ。
「さて、妾の用事はこれくらいだ。貴様という人間も大分知れたし、今日のところはこれで良しとしようかの。――あ、そうそう、近々シロの奴めからお主に連絡が行くと思う故、手伝うてやれ」
「……何する気だ?」
微妙に警戒しつつ尋ねると、ツクモは軽く話す。
「ちと、ちょっかいを出されそうでの。妾にとってもそれは面倒になる故、適切な対処を、な。あぁ、安心せよ。今回死人が出るとしても、それは関係者のみよ」
「死人が出るのか?」
「ヒトは死ぬ。特に人間は簡単に死ぬ。さらに、お互いしているのはこんな仕事ぞ。誰も死なぬ、などと言うのは欺瞞であろうよ」
「その言葉には同意するがな。テロリストで、さらに人を殺す側であるアンタに言われると引っ掛かるんだわ」
「くふふ、気持ちはわかるがの。今回ばかりは向いている方向が同じよ。死する者が出るとしても、その多数は敵となるよう努力はしよう。ま、貴様らの組織の能力次第ではあるがな」
「そうかい。言っておくが、俺はのっぴきならない事情が無い限り、基本的に人は斬らんぞ」
「聞いたぞ? 飛鳥井家のアホ息子を斬り殺そうとしたこと」
飛鳥井家と言うと……あぁ、旧本部で絡んできたアホか。
もうそんな知れ渡ってんのか、その話。
「あれはアイツが悪い。ああいうのは殺さないと後々害になるだろ。なまじ、権力は持ってるっぽいのが最悪だ」
「くふ、ま、そうであるな、それにはすこぶる同感よ。ただ、貴様には人間の相手はさせんつもり故、気にせんでよい」
「そこまで話すんだったら、もっと詳細を話せよ」
「シロがどう判断するかわからぬ故な、妾からはまだ何とも」
「……随分仲が良さそうじゃねぇか」
「八百年の付き合いぞ。腐れ縁もそこまでになれば、家族の縁といったいどちらが強いかの?」
……俺達では、決して理解出来ない世界だな。
「おっと、忘れるところであった。それと、もう一つ。西条が怒っておったぞ。娘を見守らせていた使い魔を斬りおって、とな。あと、娘に手を出したらぶっ殺すとも言っておったぞ」
西条?
……もしかして、レンカさんの親か?
「……その人、サキュバスか?」
「うむ、妾のメイドじゃ」
「メイドなのか……」
以前ちょっとレンカさんに話を聞いた際、親の話だけは微妙に濁していたが……なるほど、特級テロリストのメイドやってるなんて、とてもじゃないが人に言える話じゃないな。
俺達の異世界関連と同じくらい表に出せない話だろう。
というか、いつか斬った監視の使い魔は、親のだったのか。子供を見守ってたのを斬ったのなら、それは悪いことしたわ。
圧倒的少数であるサキュバスである以上、心配ごとは多いだろうし。
「まあじゃあ、申し訳ないって言っといてくれ。あと、娘さんはちゃんと守っとくって」
「良かろう。――さ、妾もそろそろ時間じゃ。また近い内に会おう、海凪 優護」
トン、と俺から一歩離れると、こちらを振り返り。
「それじゃあ、バイバイお兄ちゃん! またねー!」
そう言ってツクモは、にぱーっと笑って小さく手を振ると、人込みの中へと去って行った。
……あの態度を素でやれてそうな辺りに、何だか大妖怪としての格を感じるというものである。
やっぱり狐って人を化かすんだなと、無駄に納得してしまった。
◇ ◇ ◇
優護と別れた後。
ツクモはまた別の路地裏に出ると、そこで待っていたバンに乗り込む。
「出せ」
すぐに車を動かし始めたのは、メイド服を着た女性。
スラリとしたスリムな肢体だが、出るところはかなりしっかりと出ていて、非常に男受けするような体形の女性。
表情は乏しく、しかしその瞳は切れ長で鋭く、若々しい見た目ながら何でも手際良く熟せそうな、すでにメイドとして完成されているかのような風格を漂わせている。
そしてその髪色は、淡いピンク色であった。
「無事、会うて来たぞ、西条。貴様の娘のところで働いている男子にな。ちゃんと娘は守るとよ」
「……そうですか」
「いやはや、妾も怪物だの、化け物だのと言われることは多々あるがの。何のことはない、それは種族差によるもの。真なる怪物というものを、今日見た気分よ」
「ツクモ様がそこまで仰るのは珍しいですね。いつも、人間の実力者と会っても、つまらなそうな顔をされますが」
「貴様も直接会えばわかろう」
「結構です。私は私の手法で、娘に相応しいかじっくりと見極めるのみですので」
「くふふ、貴様も大概頑固であるな」
「母親とはそういうものです」
上機嫌に車に揺られながら、ツクモは考える。
――海凪 優護。
見ていればわかる。あの男は、こちらを脅威だとは思っていない。
あれだけ態度を変えず、当たり前のように話しているのだ。こちらを全く恐れていないことなど、誰だってわかるだろう。
そしてそれは、己の実力に最大限の自負があるからだ。
特級テロリストとして日ノ本で指名手配をされ、討伐に来る人間達を返り討ちにし続け、都市程度簡単に壊滅させられる魔物達を消滅させてきたこちら程度は、問題なく斬れると、そう思っているのだ。
ただ、まあ……それは、決して自惚れではないのだろう。
明華高校で見たあの刀と、それを十全に扱う技量。
そもそもあの刀自体、相当おかしな性能をしていた。大百足の外骨格を、一刀で斬り裂ける刀など、そうそう存在しない。日ノ本でも、両手の指で数えられる程ではなかろうか。
ツクモは、その所在をほぼ全て正確に知っているが、海凪 優護が使っていた刀がそのどれでもないことは明白だ。
あんな、まるでブラックホールかのように際限なく魔力を吸収する刀など、他にあってたまるかといった感じである。
あまりにも濃密な、己よりも数十倍は濃いであろう魔力をその刀身に貯め込んだ、原初の黒に染まった刀。
あれ程のものとなると、そもそも使用者も無事では済まないというか、一瞬で魔力を吸われ尽くして死んでもおかしくないだろうに、どういう訳か海凪 優護は握ってもピンピンしていた。
数多を見てきたツクモにとっても、訳がわからないというのが正直な感想である。
そして、その当人だ。
今までツクモが見たことのある、超一流と呼ばれる極限まで鍛え上げた人間を、軽く凌駕するであろう魔力量。
まあ、それでも人間に収まる範囲ではあったが……尋常でないのが、やはりその胆の据わり方だ。
あれは、ツクモも何度か見たことがある。死がすぐ隣に潜む、戦場で磨かれる感性だ。
気を抜けば死に、気を抜かずとも死に、だがそれを当たり前と受け入れ、恐れず、日常の一部とする感性。
いや、恐れる心自体はあっても、それで動じることはない。
死線の先にこそ生があり、怯えればそれだけで死が近付くことをよく知っているからこそ、一流の戦士は死の間際でも平静を保つのである。
だが、海凪 優護の経歴に、戦場へ行っていた、などというものはないのだ。そもそも剣道や剣術を習っていたという記録すら存在しない。
まあ、あの戦い方を見る限り、恐らく魔法も剣術も我流で覚えたのだろうが……いったいどこであの刀を手に入れ、どこで戦う技術を身に付けたのか。
全く、謎ばかりの男である。
実際に本気で戦ってみた場合、果たして己は、勝てるのか。
我知らず笑みを浮かべていたツクモは、流れる外の景色を眺めながら、言った。
「西条。役者は揃った。――仕掛けるぞ」
「畏まりました」
そしてバンは、街中に消えて行った。




