日本語教室《1》
パソコンを弄っていたウタが、言った。
「ユウゴー、これ買ってー」
「いいぞ」
「おっと、予想外の反応じゃ。てっきり駄目と言われると思うておったが」
「? いや、お前が欲しいって言うのなら、それは必要なものなんだろうって思うが。仮にそうじゃないものが欲しいんだとしても、お前別に無駄遣いとかしないし、それくらい買ってやる」
ウタは、王族だった割には、金銭感覚がすごいしっかりしている。今では、我が家の家計状況を正確に把握しているし、円という貨幣の価値を、すでに俺以上にちゃんと理解しているのだ。
いや、己で国を回していたからこそ、貨幣価値というものをしっかり理解しているのだろう。
なので、スーパーとか行った際に、「ユウゴ、こっちの品の方が良いのではないか?」とか、「ユウゴ、今日は特売じゃ、これは行かんと損じゃぞ!」とか言ってくれて、最近割とマジで主婦になってきている。
だから、ぶっちゃけ最近は、家計の管理をコイツに任せた方がいいかと思っていたりもする。
自由に財布は使わせているから、欲しいものがあったら別に俺の許可なんて聞かなくても買えるんだがな。律儀だから、毎回ちゃんとコイツは、こうやって聞いてくるのだ。
と、俺の返事に、ウタはニコッと微笑む。
「そうか、信頼してくれて嬉しいのぉ。では、これを買うてくりゃれ! ――超合金三段変形魔法少女アップルフィギュアロボを!」
「却下」
俺は即答した。
「ぶー、嘘吐き!」
「い、いや、テキトーに返事したのは悪かったが……というか、何だって?」
「超合金三段変形魔法少女アップルフィギュアロボ」
普段横文字は舌足らずなくせに、何故こういう時だけ流暢なのか。
……魔法少女アップルは、確かウタとリンが熱心に観ている、日朝の少女向け番組のアニメキャラだったな。
ちなみに、キャラ自体にロボ要素は何もない。いや、何か変身の際のアレコレで、ちょっとはあったか?
まあとにかく、女子向けの商品だろうに、それをロボにして、超合金にするのは、どうなんだ……? しかも三段変形。
男の子層を取り込みたいのか、女の子層を取り込みたいのか、謎な商品である。
「お前な、リンが欲しがるならまだしも、お前がそれを欲しがるのはどうなんだ?」
「ニホンじゃと、こういうふぃぎゅあなるものを大人が持っていても普通なのじゃろう? 他者の目を気にせず、好きなものを好きだと言える文化、なかなか良いものじゃと思うぞ。じゃから儂も、作品を愛するふぁんとして、一つくらいはこういうものを買うてもいいかと思うての」
「……まあ、そうか。そういう理由なら、一つくらいは買ってもいいが。幾らだ?」
「五万円!」
「却下」
俺は即答した。
「えー、駄目かの?」
「高過ぎだアホ。おもちゃに掛ける値段じゃねぇっての。一万円以内だったら、買ってやっても良かったが、五万はやり過ぎだ」
そう言うと、駄目と言ったのにもかかわらず、ウタは何故か嬉しそうに笑みを浮かべる。
「……何だよ」
「いや? 儂が欲しいと言うたら、一万円くらいなら出してくれるんじゃなと思うて。衣食住の全てを満たしてくれている上に、個人の娯楽のためにもそうしてお金を出してくれるんじゃな、お主は。一万円は、簡単に消えて行くが、それでも大きな金額じゃと思うぞ?」
「……うっせ、ニヤニヤすんな。そんくらいは俺の義務ってだけだ」
「かか、そうか。ま、流石に儂も、五万は高いと思うておった。ふぁんとして買うのは、また別のものにしよう」
「おう、そうしてくれ。確かに今は、割と金自体はあるが、それが無駄遣いしていい理由にはならねぇ」
「そう言う割には、儂とリンに対しては財布の紐が緩々になる辺り、儂は好きじゃぞ!」
「……おう」
心からのものだとわかる微笑みを向けてくるウタに、俺は何も言えなくなり、視線を逸らしながらそれだけを返す。
――と、ここまで会話を交わし、俺はようやく気付いた。
俺は、ウタを見る。
「? 何じゃ?」
「ウタ、お前……いつの間に日本語話せるようになったんだ?」
ウタは今、言語翻訳のイヤリングを着けていなかった。
普段俺とウタの会話は、向こうの世界で使われていた統一言語だ。ウタがイヤリングを着けている時のみ、日本語で会話をしていた。リンが来た時なども、ウタはいつもそれを着けていた。
だが今、普通に日本語で話していたコイツの耳に、それは着いていない。
ひらがな、カタカナは完全に覚え、漢字も大まかなものがわかるようになってきているのは知っていたが……。
「気付くのが遅いのー? そんなんでは女にもてぬぞ? まあ儂は、お主がどんなでも付いて行ってやるがの!」
「そりゃどうも。……てか、普通にすごいな。よくまあ、こんな短期間でそこまで普通に話せるもんだ」
「もうこちらに来て、ひと月以上も経っておるのじゃぞ? 漢字はまだまだわからぬものばかりじゃが、それだけあれば日常会話くらいは問題ないわ。日本語どりるも買うてもらったし」
「い、いや、それだけで話せるようになるもんでもないと思うんだが……」
……コイツって、やっぱ基本スペック自体はとんでもなく高いんだな。
「ふふん、見直したか、ユウゴ?」
「あぁ。正直かなり驚いた。俺は、向こうの世界の言語を覚えるのに半年は掛かったぞ。それでもまだ片言だったし」
ちなみに、学生時代に学んだ英語は今も全然話せない訳だが、向こうの世界の言語に関しては、それが話せないとそのまま死ぬ可能性があったため、死ぬ気で覚えた。
前進とか、後退とか、そういう単語を理解出来ていないと自分一人だけ敵地に残るハメになるからな。
ウタが付けていたイヤリングが最初からあったら楽だったのだが、あれを手に入れたのは異世界転移して四、五年くらい経った頃だったのだ。
「ま、儂に掛かればこんなものよ! ユウゴ、何かニホン語の問題でも出してみよ!」
「うさぎの数え方は?」
「一匹!」
満点の回答をありがとう。
というか、ある程度の物の数え方までちゃんと理解しているコイツが普通にすごい。俺の知らん内に、多分一人で勉強とかもしていたのだろう。テレビはよく見てるし、ネットもよく見てるし。辞書なんかもよく読んでるしな。
「……? 何じゃ、その顔。動物とかは『匹』か、あるいは『頭』を使うのではないのか?」
「そうなんだが、うさぎは特別で、一羽、二羽って数えんだ」
「ぬ、『羽』は鳥に使う単位ではないのか?」
「それも正解。まあ例外もあるってことだ。……よし、じゃあこの、豆腐の数え方は?」
「一個!」
「おう、いい不正解をありがとう。豆腐は一丁って数えるんだぜ」
「丁……? あの、住所とかで使っておる漢字か?」
「そうそう、それ」
「豆腐で何故、住所と同じ漢字を使う……?」
「まあ漢字ってそういうところあるから。最後、タンスの数え方は?」
「……い、一個!」
「残念。タンスは『一さお』って数え方だ」
「は? さお? 釣り竿とかの竿か?」
「さあ? 俺も知らん。漢字もわからん」
「……訳がわからんぞ、ニホン語!」
俺もそう思う。
作者もそう思う。




