朝食
感想いつもありがとう!!
――旧本部に行ってから、また数日後のこと。
朝、何だか美味そうな匂いで、俺は目が覚めた。
「ん……」
「お、ユウゴ、おはよう」
俺が身動ぎした気配に気付いたらしいウタが、キッチンからこちらに声を掛けてくる。
「はよ……ふあ」
大あくびを溢すと、ウタはからからと笑う。
「かか、寝起きのお主は、いつもと違ってなかなか可愛いの?」
「うるせ……朝飯、作ってくれてたのか?」
ウタは、エプロンを着けて料理をしていた。
チン、とオーブンの音が鳴り、焼いた食パンを取り出す傍ら、フライパンを操作している。
焼いているのは、目玉焼きだろうか?
「……珍しいな、お前が料理って」
「流石に使い方は覚えたでな。いつもいつもお主に作らせておるばかりでは悪いからの。ほれ、お主は顔でも洗って、髪を整えてこい。頭がぱぁになっておるぞ」
「おう……頭がパァは若干悪口じゃないか?」
「いつもより反応が大分鈍いの。前もそうじゃったし、ユウゴ、実は朝が弱いんじゃな」
……そうかもしれない。
というか、ウタの動く気配に気付かず、そのまま寝続けたところからして、平和ボケした、ということかもしれない。
ウタが俺にとって、もう警戒する対象じゃないということもあるだろうが、だんだん精神が、日本準拠になってきたのかね。
それは果たして、良いことなのか、悪いことなのか。……良いことだと、思っておくとしよう。
彼女の言葉に甘え、俺は洗面所で顔を洗い、あんまり回っていない頭をシャキッとさせる。
冷水を浴びている内に、ぼんやりした思考がクリアになっていき――「あっ」
「……ウタ、今あんまり良くない感じの、『あっ』って声が聞こえてきたんだが、大丈夫だよな?」
「も、勿論じゃ! 気付いたらべーこんが焦げておったとか、そんな事実は一切ないぞ?」
「おう、一から十までの説明ありがとう」
「ま、まあ大丈夫じゃから、待っておれ! もう出来るからの!」
些か不安ではあったが、特に様子を見に行くこともせず、俺は朝の身支度を行い、数分程で洗面所を出る。
すると、ウタはもう料理を終えて座卓の方に皿を並べ終えており、インスタントのコーヒーを淹れてくれていた。
「おぉ、美味そう――あー、なるほど?」
「ど、どうかしたか?」
「いいや? 別に」
微妙に視線が泳ぐウタを見て苦笑を溢し、俺は彼女の対面に座る。
ウタが作ってくれた朝食は、とろとろのチーズが乗った焼いた食パンに、ベーコンエッグと、切ったブロッコリー。
簡素であっても、食欲のそそる美味そうなメニューである。ベーコンが大分黒くなっていなければ。
どうやら、火加減を間違えたらしい。上に乗った玉子のせいで、今どれくらい焼けているかが見えていなかったのだろう。
あと、玉子の方も黄身が崩れかけている。多分割る時に失敗したな、これ。
「それじゃあ、いただきます」
「い、いただきます」
俺の反応が気になるらしく、自分のには手を付けないでこちらの反応を注視しているウタの前で、俺はまずそのベーコンエッグを食べ――。
「お? 美味い」
「本当か!?」
「あぁ。焼き過ぎなのは間違いないだろうがな、カリカリで正直これはこれで美味い。味付けもちょうどいいし」
前は塩コショウの加減がわからなくて、大分塩辛い野菜炒めを作っていたウタだが、今回は完璧だ。
普通にかなり美味い。
「……! よしよし、ではこれからは、儂が朝食を作ろう! お主は朝、ゆっくりしておっていいからの!」
「おっと、大きく出たな? ……ま、無理はしないでいいぞ。今日作ってくれたので、俺は結構嬉しかったし」
「いや、お主と対等になるには、こういうところで頑張っていかんと! それに……お主には、もっと儂の料理を食べてほしいからの」
少し照れながらも、ウタはニコッと笑ってそう言った。
美しい、心からのものだとわかる笑み。
「――――」
その表情に、一瞬見惚れてしまった俺は、誤魔化すように視線を逸らすと、コーヒーを口に含む。
「……ウタ」
「うむ?」
「お前の心持ちはとても嬉しいが、それならコーヒーも淹れられるようになってもらわんとな」
「えっ」
ウタはすぐに自分の分のコーヒーを飲み、そして顔を顰める。
「……薄い」
「インスタントは、あの袋一つで一人分だぞ。どうやって淹れたんだ、お前」
「……い、いんすたんとなどと、こんなよくわからんものでなければ、ちゃんと淹れられたんじゃ! こーひーは生活の友じゃ、ならばもっと良いもん買わんか」
「えー、その主張もわかるけどよ。ぶっちゃけ俺、インスタントでも満足だしなぁ」
向こうの世界で、嗜好品として時折差し入れられていたコーヒーは、これは果たしてコーヒーの枠に入れていいのかどうかという、あるなら飲むけどわざわざ自分で淹れる程じゃない、というシロモノだった。
そもそも、厳密には代替コーヒーだったこともザラにあり、それと比べれば、という話だ。
「王だから良いもの飲んでたんだろうが、このインスタントが庶民の味だ。慣れるんだな」
「レンカの店のこーひーは美味かったではないか」
「そりゃお前、あの店喫茶店だぞ。それでコーヒーが不味かったら詐欺だろ」
「では、喫茶店の従業員であるお主が、いんすたんとばかりで、ちゃんとしたものを淹れられんのは良くないのではあるまいか?」
「……それは一理あるな」
コーヒーの注文は全部レンカさんが対応しているので、俺は基本的に楽なつまみとか、軽い料理とかを出すだけなのだが……まあ、ちゃんとしたコーヒーが淹れられるならそれに越したことはないだろう。
ただ、流石にコーヒーミルとかの使い方はわからないんだが……んー、今度レンカさんに教えてもらうか。
「まあ、考えとこう。で、お前は豆からならコーヒーが淹れられると?」
「勿論じゃ! 儂を何じゃと思うておる? 魔王は買い物も出来るし、朝ごはんも作れるし、こーひーも淹れられる究極生命体よ」
お前の基準だと、この世にはごまんと究極生命体がいることになるな。
「そうか。で、本当は?」
「全部めいどに淹れさせてたのでやったことありません!」
「ん。正直でよろしい。……今の話でふと思ったんだが、レンカさん今度ウチにでも呼ぶか? あの人相当ゲーム好きだし、お前との波長も合うようだったし」
「それは良いの! よし、今日誘え!」
「は? きょ、今日? お前、それはいくら何でも急過ぎるだろ」
「何を言う。こういうところで遠慮していては、人との関係とは発展せんぞ。どうこうを考えるのは、誘った後にすることよ。行動せねば先は無い」
急に魔王っぽいこと言ってくるじゃん。
「……まあ、確認するくらいならいいけどさ」
その日誘って遊ぶって、小学生じゃあるまいしと思う俺だったが、「いや、そう言えば今日喫茶店休みの日だな」と思い直して一応連絡してみると、数分もせずに「いいよ~」と返事が戻ってきた。
いいんだ。
「いいってよ」
「では、さっそく歓迎の準備をせねばな! 片付けは任せよ!」
そういうことで、レンカさんがウチに遊びに来ることになった。




