旧本部《6》
「――戻ったか、海凪君」
シロちゃんに見送られ、来た道を戻った先で待っていたのは、田中のおっさん。
「田中さん。待っててくれたんですか」
「綾姫殿は清水君を連れて訓練場に行ってしまったからな。君の出迎えをお願いされた。この屋敷はかなり広く、入り組んでいる故、一人は共にいないと迷ってしまうだろう」
「……田中さん、そこまでここでの自由が許されているなら、最初からあなたが案内してくれれば良かったんじゃ?」
「巫女様への案内以外であればな。あの庭園は、ごく一部の許可された者しか入れん。君が中に入れたのも、実は相当な特例なのだ。飛鳥井殿が過剰反応した理由も、そこにあるのだろう」
シロちゃんに会えるということは、ここではとんでもないステータスってか。恐らく彼女は、こっちの屋敷にあんまり来ず、あの居心地の良い庵だけで生活しているのだろう。
で、突然現れた馬の骨にそんな名誉がもたらされるのが、あのクソ程プライド高そうな奴は我慢出来なかったと。
……シロちゃんも大変そうだな。
「さて、ちょうど良い故、明華高校『異界化事変』の、報酬の話をしようか。まず、君のランクが『F』から『B』まで上昇した。これに伴い、基本給もまた上昇することになる」
「はぁ、そうですか」
「フッ、FからBなど、相当な出世なのだがな。やはりそれには興味がないか。それで、最終的な報酬額は、六千七百万だ。君の指定した口座にすでに振り込んである」
一瞬、俺の目ん玉が飛び出るところだったが、勇者と呼ばれた者の胆力を発揮して堪える。
危ない危ない、俺が元勇者じゃなかったら、二度と目が見えなくなるところだった。
「……すごい額ですね。何故、そんなに?」
「そもそも今回が『脅威度:Ⅳ』に相当する異変であった、という点と、君達が回収してきた魔石の量も質も良かった、という点が理由だな。特に、大百足の魔石が研究用に役立つため、非常に高額な買取となった。研究者達が喜んでいたぞ」
「あんなの倒して六千七百万なら、あと百匹くらい出て来てくれてもいいですね」
「そんな出て来られたら、日本の半分が壊滅するだろう。あと、恐らく魔石が値崩れして報酬も下がるぞ」
超冷静にツッコんでくる田中のおっさんである。
「オホン、それで、これで明華高校の処理は終わりですか」
「いや、もう一つある」
彼は、俺にA4サイズの封筒を渡す。
中を確認すると、入っていたのは――ウタの戸籍。
日本人として暮らすために、必要な書類一式。
「これは……」
「清水君に欲しがっていたと聞いた。君には、活躍の割にあまり報いられていない。これで幾らかその埋め合わせが出来るといいのだがな」
「十分過ぎますよ」
これでウタに、何かあった時「お前、もう戸籍あるんだから一人暮らししろよ」って言うことが……。
…………。
……い、いや、それはいいか。
と、とにかく、これで何かあった時でも問題なくなったな。今まで、完全に密入国状態だった訳だし。職質されたら一発アウトである。
……こうなってくると、リンの戸籍も欲しいな。
もうアイテムボックスもバレているので、遠慮せずこの場で開き、中に一式を突っ込む。
「……それにしても、便利な魔法を使っているものだ。それがあれば、いったいどれだけ楽になることか」
「俺は無理ですが、ウタなら教えられますよ。習得まで十年くらい掛かるかもしれませんが」
俺は、この魔法だけは無駄に適性があったのであっさり覚えられたが、実際のところ超高等魔法だったりする。
魔法は結構そういうところがある。かなり属人的で、人によって覚えられたり覚えられなかったりが多いのだ。
向こうの世界で、人間が一勢力を築いていたのはそこに一端があって、と言うのも属人的な魔法をかなり体系化して、出力は落ちたとしても万人が使えるように整備していたのだ。
勿論それでも使えないものは多々あったが、他種族よりも劣った魔法能力しかない故に、己達の規格に合うよう整備し、便利な道具として落とし込む能力は、他の種族にはないアドバンテージだっただろう。
「十年か……それならばその期間、武器の訓練を行った方が良さそうだな。残念だが。――話を戻そう。一つ注意事項がある。その書類は、当然ながら普通の役所では更新出来ん。手続きの際は、我々のところへ持ってきてくれ」
なるほど、これもまた首輪の一種か。
けど、こういう首輪なら全然いいわ。だってこっちのメリット特大だし。
飴と鞭が上手いじゃないか、田中のおっさん。
「わかりました、更新時期が来たらお願いします。ところで田中さん、またデカい仕事したら、もう一人分戸籍作ってくれませんかね」
「……ふむ、貢献度によって考えよう。今回のような規模の異変の解決、あるいは今回の異変と同程度と見なされる程、組織へと貢献した場合だ。何だ、まだ戸籍の無い者がいるのかね?」
「えぇ、まあ。実は近所に住んでたお狐様と仲良くなりまして。その子の分の戸籍も欲しいな、と」
「君は何か、そういうものを引き付ける魔力でも放っているのかね」
割と否定出来ないから困る。元勇者として、色々面倒ごとも解決してきたし。
「これで、明華高校に関する諸々は終わりだ。何か不明点などがあれば聞こう」
「いえ、特には。色々ありがとうございました。――そうだ、話は変わりますが、田中さん。さっきあなたの短剣斬っちゃったし、これあげますよ」
俺は、アイテムボックスから短剣を一本取り出し、田中のおっさんに放る。
「これは……?」
「軍用ナイフです。銘は『瞬閃』。刃に魔力を纏わせると、刀身の延長が行える能力を持ってます。俺がさっき斬った田中さんのナイフもそんな感じの能力だったと思うんで、感触は似てるかと。勿論、他の魔法を乗せることも出来ます」
俺が持っているナイフの中では、かなり良い部類の武器だ。刀身が短いと込められる魔力が物理的に減るため、通常の刀剣より能力が劣りがちなのだが、このナイフはそんなことがない。
よく斬れるし、よく魔力が乗る。
固有能力の『刀身延長』も、この人なら上手く使えるだろう。さっき緋月を受けた時も、似たような魔法を使ってたからな。
「……ふむ」
田中さんは、俺からナイフを受け取ると、軽く素振りを行う。
大した練度で、型らしきものを一通りやり、それから鞘にナイフを戻すと、スマホで何かしらを操作し、言った。
「一億五千万振り込んだ」
「えっ」
「足りなければ言ってくれたまえ。相応しいところに出せば、倍の値段が付いてもおかしくない品だ」
「い、いや、斬った分の埋め合わせのつもりだったんで、金は別に……」
「私は大人だ。こんなものをタダでポンと貰うことなど出来ん。それに、気にするな。この金は後程飛鳥井家から出させる。今回の分の迷惑料としてな。彼らも乗ってくるはずだ」
「……わ、わかりました。それならその額でいいです。別に金が欲しくて出した訳じゃありませんので」
「フッ、君は己のことでは無欲だな。戸籍等、他者のためには力を尽くすというのに」
一億五千万貰ってたら、全然無欲じゃないと思う。
「よしてください、そんな大層なものじゃありませんよ。俺は、今ですでに満たされているってだけです。これ以上は必要ありません」
金があった方が良いのは、間違いないだろう。金は大事だ、あればあるだけ楽になっていく。それだけで、人生の難易度もグッと変わるはずだ。
しかし、家に帰ればウタがいて、リンがいて。
軽く仕事をして、レンカさんが作ってくれる美味い料理を食べ、のんびりと過ごす。
これ以上、いったい何が必要だというのか。
というか、億とか貰っても普通に困る。あのボロアパートに何年住めるんだ、いったい。
「そうか。――君の強さは、何が大切なのか、理解しているところにあるのかもしれんな」
田中のおっさんは、男前な笑みを浮かべる。
微妙に照れくさくなり、何も言えずただ頬をポリポリと掻いていると、彼は言葉を続けた。
「さて、このままゆっくり、清水君を待っていても良いのだが……せっかくだ。見に行かんかね、彼女の訓練の様子を」
「いいですね、行きましょう」
◇ ◇ ◇
割と勝手知ったる様子で、内部を歩く田中さんに連れられた先は、旧本部の訓練場らしき場所。
「いいぞ! 基礎は十分に出来ているな。勝負勘もある。度胸もある。確かに君は、これから確実に強くなるだろう!」
「くっ……!!」
カツン、カツン、と木刀の打ち合わせる音。
キョウはいつもと同じ、通常サイズの木刀を使っているが、アヤさんが使っているのはやはり大太刀サイズだ。
一対一で長物など、結構な不利であるだろうが、アヤさんは全く重さを感じさせずに軽々と大太刀木刀を振り回し、キョウの隙を攻め立て続けている。
ちなみに魔力は今のところ感じられないので、彼女は素の身体能力のみであれを振り回しているようだ。
「そら、疲れで集中が切れてきたぞ。人はどうしても疲れる生き物だ。が、集中だけは切らすな。戦闘終了まで、相手を見続けることだ。君の実力なら、それが出来るはずだ。――おっと、隙が出たぞ」
キョウの動きが鈍った一瞬を的確に突き、アヤさんは足を引っかける。
体勢を崩す――かと思われたキョウであったが、今のは誘いであった。
シュン、と跳んで躱し、同時に木刀を振るう。
その攻撃自体は、簡単にアヤさんに防がれてしまったが、彼女の表情には驚きと笑みがあった。
「ほほーう、いいね。田中が目を掛ける訳だ。今のは見事に引っ掛かったよ、私」
「防がれ、ました、が?」
「当たり前さ、君と私とじゃあ、戦いに費やした年月が違う。でも、確かに今、一瞬引っ掛かったよ。誇っていい、君は強い」
「……みんな、そう言ってくれるんですがね。毎回こうやって、転がされてばかり、ですよ」
「あはは、確かに君の周りの二人、田中と、あと海凪君は相当やるだろうから、そこと比べちゃうと実力不足は感じるかもね。まあでも、焦って良いことは何もないよ。人は、一足飛びに強くなることは出来ない。着実に、一つずつ積み重ねていくしかないのさ」
「フー……ご指導、ありがとうございました」
「うん、頑張りな。――さて、という訳で訓練は終わりなんだけど。海凪君、せっかくだ。君の実力を見せてくれないか」
訓練場に入ってきた俺達の存在に気付いていたアヤさんは、突如こちらを見て、そう言った。
「……俺、もう帰る気満々だったんですが」
「まあまあ、そう言わないでさ。君の弟子を見てあげたんだ、だったら君も、私の相手をしてくれてもいいだろう?」
別に俺の弟子じゃないんだが。どちらかと言うと田中のおっさんの弟子だろうし。
……まあ、次期当主様をどうにかしてくれた恩はある、か。
「……一試合だけですよ」
「あぁ、それで構わない」
「キョウ、それ貸してくれ」
「ん」
彼女が使っていた木刀を受け取り、入れ替わるようにしてアヤさんの対面に立つ。
「安心してくれ、ちゃんと手加減はしてあげるよ」
「そうですか、そりゃ嬉しいですね」
俺は、木刀を構えた。




