旧本部《3》
不躾な視線。
瞳からありありと感じられる敵意。
……向こうの世界にもいたな、こういう奴。貴族とかに。
「痴れ者とは、言葉を撤回していただきたいですな。飛鳥井殿と言えど、失礼ではないかと。それに、情報が間違っております。確かにこの二人は活躍しましたが、別に二人だけで攻略したという訳では――」
「戯れ言を抜かすな。貴様が記録を改竄したことは知っている。本来ならば許されざる行為だが、本部に正確な情報を送ってきた点で、情状酌量の余地がある――と、認めてやっても良かった。が。そうして送って来た情報もまた、こちらを舐め腐っているとしか思えないものだろう?」
「……それを、どこで」
「さてな」
……一応、田中のおっさん俺のことを隠そうとはしてくれてたんだな。
ただ、例のツクモって九尾のことは流石に嘘吐けないので、関係者には本当の報告をし、で、どういう訳かこの男もそのことを知っている、って感じか。
「とにかく、お話でしたら、後程伺いましょう。すぐに案内の方がいらっしゃるはずですので、今は応対させていただく時間がありませぬ」
「案内は来ぬぞ。私が代わったからな」
田中のおっさんの表情に一瞬、面倒そうなものが混じる。
なるほど、案内の者を勝手に代えられるだけの地位にある男だと。
「……それで、何用ですかな、飛鳥井殿。我々は、巫女様にお呼びいただいているため、遅れる訳に行かぬのですが」
「そう、それよ。飛鳥井家の次期当主として、どこの者とも知れぬ馬の骨を、『シロ様』に会わせる訳にはいかん。全く、あのお方もどういうおつもりなのか。このような輩を本殿に招き入れるとは。嘆かわしい」
とりあえず巫女様は、シロって名前らしい。
「彼は――」
「黙ってろ、小娘。貴様のような腰巾着には、一番用がない」
「っ……」
俺を擁護しようとしたキョウの言葉を、一切聞かずにそう切り捨てる男。
……ハァ。
俺は、キョウを庇うように一歩前へ出ると、言った。
「で? どうしたいんです? 次期当主様は」
「失せろ、下郎――と、言いたいところだが、シロ様がお呼びである以上、そうもいかん。だから、貴様の使用している刀を提出しろ」
「は?」
「誤魔化すなよ、下郎。貴様が特異な空間系の呪術を利用し、常に武器を携帯していることはすでに調べが付いている。それを出せと言っている。シロ様の前に、武装した馬の骨を出す訳にはいかんからな」
……あぁ、そういう。
流石に数回戦えば、緋月の情報も外に出るか。
こういうアホの考えそうなことだな。
「馬鹿な。彼は我が支部の隊員です。隊員の武装は許可されているはず。わざわざ彼だけが武装の提出をする必要はないでしょう」
「何を頓珍漢なことを言っている? 私は、一時的に提出しろと言っただけだ。さも私が取り上げるかのように言うのはやめてもらおうか」
「では、我々の帰宅時に彼へ返していただけるという誓書をいただけますかな?」
「いいや、ダメだ」
「…………」
「聞けば、そこの馬の骨は、本当に素性の知れぬ者だというではないか。シロ様がお呼びになられた以上、追い返すことは出来ないが、素性が確かになるまで、武装を取り上げておくのは当然のことだろう? 全く、こんな怪し過ぎる者を懐に入れるとは、貴様がいったい何を考えているのか全くわからんな、田中」
「彼にはそれだけの能力があるということです。そも、我々の業界は著しい人手不足。一般の者でも、能力があるならば勧誘するのが方針でしょう」
「フン、詭弁だな。そんな者を勧誘したところで、どうせ肉盾にしかならんだろうが。術を知る名家こそが要よ」
「……魔法のほとんどを公開しないで秘匿し続けてるくせに、よく言うぜ」
ボソリと俺の少し後ろで溢すキョウ。
……なかなか、確執がありそうだな。
まあ、技術を秘匿するのは、正直なところ当たり前のことではある。
恐らくは、新本部の政府側の人間は「命懸けで戦っているというのに、協力もしないで技術を隠しやがって」という思いがあり、旧本部の陰陽大家側の人間は「我々が苦労して開発した技術を、何故わざわざ新参者に教えなきゃならないんだ」という思いがあるのだろう。
戦争で国が滅びかけていた向こうの世界でも、そういういざこざはあったくらいだからな。
陰陽大家側の人間が、みんなこんな奴だったら、確執が増えるのもむべなるかな、といった感じではあるが。
「まあ、そんな議論はどうでもいい。さあ、さっさと武器を渡せ、下郎」
「仮に、拒否した場合は?」
「当然、投獄だ。おっと、そう言えば貴様のところには、これまた素性の知れぬ女が住んでいるそうだな。貴様が犯罪者ということは、その者も関係者である可能性が高い。共に、獄中生活を送るがいい。退魔師の犯罪者には、通常よりも重い量刑が課されることになる。さて、いったいどうなることか」
――そうか。
コイツは、ウタのことまで脅してくる訳か。
「飛鳥井殿、やり口が悪辣に過ぎますぞ。この件は必ず抗議させていただく」
「ハッ、してみろ。私の言い分はどこも間違っていないはずだ」
「田中さん、大丈夫です」
珍しく険しい表情を浮かべ、あくまで俺を庇おうとしてくれている田中のおっさんを、そう言って止める。
ありがとうございます。胡散臭いとか思ってて申し訳ない。
俺は、アイテムボックスを開くと、誤魔化さずに中から緋月を取り出した。
「ほら、これだ。言っておくが、この刀は相当危険だぞ」
俺の忠告も聞かず、次期当主様がクイと顎を動かすと、傍らに控える一人が俺から刀を奪うように取り、そして主へと差し出した。
「おぉ、これが……これがあれば、私も……!」
恐らく、刀身を見ようとしたのだろう。
次期当主様は、片手で鞘を掴むと、もう片方の手で、柄を握った。
握って、しまった。
「……? ッ、あ、ガッ、あがアアぁあッ!?」
「誠人様!?」
「誠人様ッ! 貴様ッ、何をした!?」
次期当主様の肉体が、ブルブルと震える。
立っていられず、膝から崩れ落ちる。
どうにか緋月から手を離そうとしているようだが、離れない。
離れる訳がない。
緋月は、魔力を食らう。
際限なく、どこまでも、永遠に。
魔力が同化し、刀身の一部であると見なされている俺でなければ、誰も扱えないのが我が刀だ。そこに例外は存在しない。
「ど、ど、ど、どうにかしっ、どうにかしろッ、下郎!!」
「だから危険だって忠告したのに、どうにかって言われてもな。これは、アンタの選択だ。アンタが俺の刀を出せというから、俺は出した。あ、つまり、一回提出って形を守ったから、俺に返してくれるってことか?」
あまりにも急速に魔力を吸われた影響で、顔面を蒼白にし、大量の脂汗を流し、全身を痙攣させる次期当主様。
元々痩せていたが、その顔がさらにげっそりとし始めているのがわかる。
「い、い、いいからッ、とっととど、うに、どうに、どうにかしろッ!!」
「悪いが、滑舌悪過ぎて何言ってんのかわかんないわ。もうちょっとちゃんと喋ってくれるか?」
「ッ~~!! わかったッ、返すッ!!」
「言質取ったぞ」
俺は、ヒョイと次期当主様の手から緋月を取り上げる。
ここまでの危険物だと思っていなかったのか、俺が緋月に触れた瞬間キョウの息を呑む音が聞こえたが、彼女に大丈夫だと軽く手で示してから、次期当主様へと声を掛ける。
「これでアンタの用事は終わったな。じゃ、早くその、巫女様だかシロ様だかっていう人のところへ案内してくれ。俺はとっとと帰りたいんだ」
「何をしている、このボンクラどもッ!! さっさとこの下郎を捕らえよッ!!」
緋月に魔力を吸われ過ぎた影響で、身体に上手く力が入らないのだろう。上半身だけ起こしながらも、地べたに転がったままそう怒鳴り声をあげる次期当主様。
おう、そう来ると思ってたよ。
予想外のことが立て続けに起こったせいで、動きの鈍い護衛達だったが、流石に主の言葉で再起動を果たしたらしく、腰の刀を引き抜き、俺に向ける。
俺は、言った。
「――警告は一度だけだ」
次の瞬間、護衛達の握る刀が、粉々になる。
行動が、あまりにも遅過ぎる。俺はとっくに攻撃が放てる体勢に移行していたというのに、それに気付かず主の言葉でようやく武器を抜くとは。
護衛失格だろ、普通に。
こんなのを連れているとは、飛鳥井家とやらは人手不足なのか? そもそも、こんなのが本当に次期当主なのか?
これが当主になったら、遅かれ早かれ、飛鳥井家とやらは滅んでもおかしくないぞ。
「俺は、かなり優しい方なんだがな。それでも、敵には容赦しない。まして、身内を害そうなんて意思を持つ奴には。――選べ。バカな主人の命令に順じて死ぬか、俺の敵であることをやめるか」
護衛どもは、動かない。
彼我の力量差を感じ取り、動けない。
ツー、と冷や汗を掻き、固まっている。
それがわからないのは、頭に血が上っているバカな主だけ。
「きッ、貴様ッ、私にこんなことをしてどうなるかわかっているのかッ!? 飛鳥井家を敵に回す意味をッ!?」
「どうなるも何も、先に選択肢を突き付けて来たのはお前だろう。この状況を、こうなることを選んだのはお前だ。というか、そもそもお前の家とか知らんし」
「――ッ!! ならば、必ず報復してやるッ!! 必ずだッ!! 貴様のみならず、貴様が匿う小娘にもなッ!!」
……そうか。
わかった、それならしょうがない。
斬るか。
俺の一撃を受けたのは、田中のおっさんだった。
――へぇ。
まさか、防御されるとは。
スーツの裏に隠し持っていたらしい大型のナイフで、こちらの力に逆らわず押し流すようにして、次期当主様に向けて放った俺の一撃を完全にいなし切った。
その代償として、ナイフ自体は斬り裂かれたが、緋月の一刀を防いだという時点で驚異的な技量である。
ナイフ自体、結構な業物のようだったが、緋月に触れたら当然こうなる。……ちょっと悪いことしたな。
「やりますね」
「何を言う。君が寸前で手を抜いてくれていなければ、今頃私は真っ二つだろう」
……そこまでわかるのか。
すごいな、本当に精鋭だ。
恐らくだが、こうして己が攻撃を受ければ、俺が途中で力を抜くというところまで見抜いての行動なのだ。
「言っておきますが、正当防衛ですよ」
「そうだな。私もそう思う」
この状況でも冷静に、フッと笑いながらそう言う田中のおっさん。
「わかっている、飛鳥井殿の横暴は、必ず私が追及しよう。だから、一旦落ち着いてくれたまえ。この状況は、少々君によろしくない」
いつの間にか、周囲には十数人程が集まっていた。全員魔力が感じられるので、退魔師か。
いや、人が集まって来ていること自体は気付いていたが、正直これくらいなら全員が敵に回ろうが関係ないので、気にしてなかった。
俺を危険と見たのか、各々が武器を手にしており、その表情は酷く険しい。
「優護……」
心配そうな声音で、俺の片腕を掴むキョウ。ただ一人だけ、ずっと俺のことを案じ続けてくれている。
……お前のその表情はズルいな。
俺は、緋月を鞘に戻すと、アイテムボックスの中に放り込んだ。
「そ、そうだッ!! そのまま大人しくしていろ、貴様には必ず相応しい罰をくれてやるッ!! ――今のを見ていたな、この男は私に攻撃を加えようとしたッ!! やれッ、とっととこの下郎を捕えよッ!!」
俺が武器をしまったのを見て、周囲を半包囲していた退魔師達がじりじりと近付き始め、次期当主様が勝ち誇ったような表情で周囲へと喚き散らす。
田中のおっさんもまた、周囲に対し何事かを言おうとしていたが、それよりも先に放たれた、さらに外部からの声によって、この状況は一変した。
「飛鳥井誠人、貴様、いったい何をしている?」
キョウに暴言を吐く→1ピキりポイント。
ウタを出して脅す→2ピキりポイント。
ウタを出してさらに脅す→3ピキりポイント。
Fatality……。




