公園にて
近所の公園に来た。
今日はリンが遊びに来ていたのだが、家に籠ってばっかりだと良くないからな。
公園に来るなど、何年ぶりだろうかって感じだが、ウタもまた何だか興味深そうにしていた。リンは時々遊びに来ているらしい。
まあ、戦争ばっかやってた向こうの世界に、こういう子供用の遊び場なんて存在していなかったので、興味を惹かれるのはわかる。
どこも、子供だけで遊ばせることが出来る程、平和じゃなかったし。
「リン、この、檻みたいな鉄の柵子は何じゃ?」
「……これは、ジャングルジム。登って遊ぶ」
「ほほう、なるほど! では……てっぺんまで、どちらが先に行けるか勝負じゃ!」
「……! ずるい!」
言うが早いが、ウタは一気にジャングルジムを登り始め、一歩遅れて、リンがワタワタしながら登っていく。
当然、先に着いたのは、ウタ。
「ふふーん、儂の勝ちじゃな!」
「……むぅ、ずる」
「甘い甘い、戦いとは突如として発生するものよ……お主もその心構えは持っておかんとの!」
良い笑顔でドヤ顔をするウタと、不服そうに頬を膨らませるリン。
こういう時、リンと一緒になって全力で遊ぶのが、ウタの良いところだろう。
大人げない訳ではなく、リンと同じ目線で遊んでやれるのだ。
なお、本人の精神年齢に関しては言及しないものとする。
「……わかった。それじゃあ、今度は下りる勝負!」
「ぬあっ!? ず、ずるい!」
「……ずるくない」
今度は先にリンが動き、一歩遅れて動き出すウタ。
やはり先に降りたのは、リン。
「……ん。凛の勝ち」
「……やるではないか! よし、第五十二代アルヴァスト魔国魔王の名において、お主を第五十三代魔王として任命しよう!」
「……おー。何だかよくわかんないけど、すごそう」
「うむうむ、魔王は凄いぞ? 皆が敬い、黙っていても勝手に飯が出て、そして昼寝もし放題じゃ! 勇者も跪く!」
そんな説明でいいのか、第五十二代魔王。あといつ俺が跪いた。
「どうじゃ、興味が湧いたか?」
「……んー。でも、そんなに恵まれてなくても、二人が一緒なら、それだけでとってもとっても楽しい、よ?」
「かか……そうか。これは一本取られたな。のう、ユウゴ!」
「おう、魔王よりも勇者よりも上の存在としてリンは君臨しているということだな」
天は人の上に人を造らず。お狐様を造ったのである。いやお狐様も人ではあるけど。
「ほれユウゴ! お主も見ておらんで、こっちに来んか!」
「……ん。お兄ちゃんも、一緒に、遊ぼ?」
「オーケーオーケー。それじゃあ、勇者と呼ばれた男の身体能力を、今見せてやるとしよう!」
そうして、十何年ぶりにジャングルジムを登ったり、シーソーをしたり。
特に二人は、シーソーが楽しかったようで、俺の反対側に二人が座って、地面を蹴る度にきゃっきゃと嬉しそうにしていた。
何だか、娘と遊ぶ休日の父親のような気分である。実際こんな感じなんだろう。
満足するまでピョンピョンした後、次にリンがやりたがったのは、公園の花形と言ってもいいだろう、ブランコ。
「……次は、靴飛ばし、しよ?」
「ほう、靴飛ばしとは?」
「ブランコに乗って、タイミング良く蹴って靴飛ばすんだ。その飛距離で勝負する遊びだな」
「なるほど……では、儂の隠されし魔王の黄金の右足の力、お主らには是非とも見せてやらねばな!」
お前の右足での蹴りが、怪獣みたいな威力をしてたことは、別に一切隠されてなかったけどな。
「よしリン、先頭バッターとして、力量を見せてやれ!」
「……ん!」
「ばたー?」
「バターじゃない、バッターだ。野球の打者のことで――」
「やきゅー?」
「日本で人気のスポーツで――ええい、あとで説明してやるから! さあ行け、リン!」
「……えい!」
精一杯、といった様子でブランコを漕ぎ、タイミング良くその小さな足を振り、すると彼女の雪駄が放物線を描いて飛んでいく。
やがて、ポフンと落ち、飛距離はなかなか。
「……んふー、会心の一撃」
「おぉ、やるな、リン! それじゃあ、次は俺の番だ! ――おらっ!」
俺は、思いっ切りブランコを漕ぐと、同じく思いっ切り足を――振り抜くと普通に公園の外までぶっ飛んで行ってしまいそうだったので、割と手加減して靴を飛ばす。
それでも、ぐぐーんと遠くまで飛んでいき、公園の敷地のギリギリのところで落ちる。敷地内から出そうでちょっとヒヤッとした。
「……おー! お兄ちゃん、すごい」
「なるほど、理解した。よし、最後は儂じゃな! ――そぉれ!」
ウタもまた、ブランコを思い切り漕いで、足を振り抜き――角度を誤ったことで、彼女が履いていたサンダルは頭上に飛んでいき、くるくると回転して後ろに落ちた。
「よしウタ、お前の負けだな」
「ま、待て! 今のは試しじゃ、試し。儂は初めてこれをやるのじゃし、はんでとして、もう一回やらせてもらってもいいと思います!」
「リン判定員、判定をどうぞ」
「……ん。何も見なかった」
「おぉ、何と慈悲深きお言葉……ウタ選手は感涙に咽び、心からの感謝をするように」
「いや何なんじゃ、お主は。……まあ良い! 今ので感覚は掴めた! お主らは驚愕にその表情を染めることになるじゃろう!」
そう言って、再びブランコを漕ぎ始めたウタの、細い足に高まる濃密な魔力。
それは、いつかコイツが、戦場の大地を半径数キロに亘って砕き割った時に見たものと、同じであり。
「待っ、おまっ――」
「おりゃあっ!」
俺が停止するよりも先に、ウタは足を振り抜き――そして、彼女のサンダルは飛んでいった。
まるでビームが如くの勢いで、公園の敷地を軽々と越え、公園の向こう側に連なる家屋も飛び越え、青空の遥か彼方に。
一秒もせぬ内に、視界から完全に消え去った。
「……あっ」
「あっ、じゃねぇ、このバカ! 靴飛ばしで魔力込める奴がいるか!?」
「……しょ、勝負は儂の勝ちじゃな!」
「言ってる場合か、アホ!」
幸い、ウタが飛ばした方向には数件の民家があるだけで、その先には山が広がっている。
まず間違いなく、ウタの靴はその山まで飛んでいったため、『怪奇!! 空から突如として降ってきたサンダル!!』とはならないだろうが、逆に言えばあのサンダルはもう、絶対に見つからないだろう。
というか、あの込められた魔力量だと、そもそも落ちてくる前に擦り切れて消滅しているかもしれない。
「ったく……そのサンダルだったから、まだマシだけどよ」
百均ではないが、スーパーとかで買えるような奴ではあったからな。
ウタが割と気に入っている、ちょっと高めのサンダルではなく、汚れることを見越して今日はそっちの安物を履いていたのだ。
「す、すまぬ」
「お前、一週間おやつ抜きな」
「うにゃあ!? そ、そこまでの量刑か!?」
「当たり前だ! 物は大事にしろ!」
「……ん。物は、大事にしよ?」
「ほら、リンにまで言われてるぞ」
「…………」
流石に反省したのか、ちょっとしょんぼりするウタである。
――ウタのサンダルが消滅してしまったので、公園での遊びはここまでにし、俺達は帰ることにした。
俺とリンは、飛ばした靴を履き直す。
「ユウゴぉ、肩車!」
「……お前な」
俺は一つため息を溢すと、その場にしゃがみ込む。
「ほら」
「うむ!」
子供のような無邪気な返事で、ウタは俺の首に跨る。
華奢だが、それでもしっかりと肉付きのある、熱を帯びた太ももの感触。
包まれる、ウタの匂い。
……否応なしに、己の体温が上昇するのを感じて、俺は誤魔化すように立ち上がった。
「かか、うむ、なかなか良い景色じゃ!」
「本当に反省してんのか、お前」
「もう二度と靴飛ばしで魔力を込めたりしません!」
「当たり前だっつーの」
お前の、こういう時にとりあえず魔力を込めるクセは、どうにかした方がいいな。確実に。
「……いいな」
と、こっちを見て、リンは何だか楽しそうな笑みを浮かべる。
「お主もあとでやってもらうと良いぞ、リン!」
「ごめんな、リン。このアホを家に帰したら、リンも肩車してやるから」
「……んーん。お兄ちゃん、怒ってたのに、お姉ちゃんのこと、ちゃんと肩車してあげてて。それが、なんだかいいなって」
彼女の言葉に、俺とウタは、上と下とで顔を見合わせる。
「……かか、此奴は何だかんだ儂に甘いからの! きっと菓子も、三日くらいで許してくれるはずじゃ!」
「落とすぞ」
「儂の脚力を舐めるでないわ! 絶対に落ちてやらんからの!」
キュッと太ももを締めてくるウタ。
……正直クソ心地良い感触だが、ここで鼻の下を伸ばすと舐められるので、俺は再びため息を吐いたのだった。
――そうして俺は、ウタを肩車し、リンと手を繋ぎ、家に帰った。
ちなみに、この後結局、リンのことも肩車した。
ぶんぶんと尻尾を振って喜んでいて、和んだ。




